第4話

「自殺なのか、事故なのか。いずれにせよ、トラックの運転手は気の毒だったねぇ。事実がどうあれ、女子高生を轢いたとあっては、世間の目も厳しくなるだろうから。いやはや、まだまだ働き盛りの若者だったのに、残酷な話だ。いっそ、彼の方こそ自殺してしまうんじゃないだろうか」

 私は何も応えられなかった。実を言えば、その運転手に申し訳ないと感じる余裕さえなかった。胸の中には、誰よりも可哀想なのは私自身だという想いばかりが渦巻いていた。

 しばらくの間、私は震えて泣く以外、何も出来なかった。泣けば全てが許されるなんて、そんな都合の良い展開を期待していたつもりは無かったけれど、心の一番底にあるだろう本音の部分では一体どうだったのだろうか。正直、私自身にも分からなかった。ただ、今も眼前に立ってこちらを見下ろしているだろう男にならば、お見通しなのかも知れなかった。

「さて、じゃあそろそろ本題に入ろうか」

 再び耳へと届いてきた男の声は、やはり何処か軽薄そうなものだった。

「……本題って、何よ」

 身の毛立つ映像から解放されたからか、それとも男の態度が緊張感を削ぐものだったせいか、はたまた単に泣き疲れてきただけなのか。自分でも完璧には理解せぬままに、気付けば私はふらふらとした感じながらも立ち上がっていた。

「私にはね、君をいたぶろうなんてつもりは毛頭無いんだよ」

 男はそんな事をうそぶくと、不信感と嫌悪感で一杯の私に対して、気安い口調で「審査を始めようか」

「……審査?」

「審査だよ。君が完全に死ぬかどうかを決める為のね」

「何よ、それ」

「最初に話しただろう、ここは『境目』だと。ちなみに、君の肉体は今、病院の手術台の上にある。とは言え、このままでは時間の問題だろうがね」

 最初、何を告げられているのか、脳みその理解が追いついていなかった。だからきっと、私は馬鹿みたいに口をぽかんと開いたまま、抉った空間に磨りガラスをはめ込んだような男の顔を凝視していたはずだ。

 ようやく我に返ったのは、男があからさまに呆れていると言う感じで溜息を吐いた時だった。

 私は意識するよりも先に口走っていた。「私、生き返れるの?」

 男の返答は、やはりと言うべきか、つまらなさそうな「さぁね」

「さぁって……」

「私は審査をするだけだからね。君のその後の成り行きは、結果を見てみないと」

 あまりにも関心の薄そうな態度に、自分の存在そのものを全否定されている気がして、束の間の喜びも刹那で霧散した。それに、相手の言葉が偽りでないと保証してくれる要素も無かった。むしろ、傍観者を装った小狡い悪魔が、成仏出来ずに彷徨っている魂を言葉巧みに騙して喰らおうとしていると考えた方が、まだ真実味がありそうだった。

「審査と言っても、簡単な内容だよ。要するに、君の過去と、ここに来るに至った経緯を検証しつつ、後は幾つかの質問に答えて貰うだけだから」

「…………質問って、どんなのよ」

「それはまぁ、おいおい尋ねていくとして。それよりも何よりも、まずはこちらの話を聞いて貰えるかな」

「……分かったわ」

「ありがとう。とは言え、単純な話さ。詰まる所、審査の目的は、君の価値を判断する事」

「私の、価値?」

「あぁ。君が、わざわざ生き返らせるに値する人間なのかどうなのか、その価値を見極めるんだよ。だって、考えてもみたまえ。生きるに値しない人間など、このまま死なせた方が良いじゃないか、世界にとっても、本人にとってもね」

 そして男は「そうだろ」と、こちらの反応を窺う風に聞いてくる。

 私は、喉を詰まらせながらも「そんなの、そんなのどうやって決めるのよ」 心の中では、たかが十七年ちょっとしか生きていない上に、ろくに成績だって良くない自分に、そんな大層な価値があるだなんて到底信じられない現実に怯えていた。

「だから言っているじゃないか、審査をして決めるんだと」

「ふざけないでよ偉そうに。って言うか、私の価値を、あんた達が勝手に決めるんじゃないわよ」

「そんなに強がって不安を誤魔化す必要は無いよ」

「そんなんじゃ」

「あのね、君。良いかい? 今さら君が大声を出した所でね、結果に差が出るわけも無いんだよ」

 丁寧な口調で、けれど有無を言わせぬ迫力を持って告げられて、途端に私はもう何も返せなくなってしまった。

 すると男は、大人しくなったこちらに満足したのか、「それにね、君が考えている『価値』と、こちらが言う『価値』は、根本的に異なるからね」と、ともすれば慰めにも聞こえそうな事を言ってきた。だからといって、実際に心が軽くなったりなんてしなかったけれど。

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