異世界鑑定団

ふだはる

異世界鑑定団

 とある地下深い迷宮の中で魔王と最終決戦をしているパーティがあった。


 ドワーフの戦士が投げた戦斧が魔王の胸にヒットする。

 魔法使いの女性が呪文を唱えると雷撃が戦斧を伝って魔王にダメージを与えた。

 エルフの女性が弓を放つと魔王の目に刺さる。

 そして呪文を唱え終えた勇者の剣が最強無比の攻撃魔法を帯びたまま魔王を二つに切り裂いた。


 かくて異世界に平和は訪れた。


 そして勇者は自分の世界へと帰還する。

 財宝を手にしながら……。


 *


「番組を御覧の皆様こんばんは。異世界鑑定団のお時間がやってまいりました。今日の依頼者はこの御方です」

「……あ、はい、すみません。異世界で魔王討伐をしてきたカムリと言います」

「カムリさんは異世界の魔王の中でも討伐は難しいとされていた魔王ニュルブルクを倒されたそうですね?」

「あ、はい……」

「何か苦労された点は、ございましたか?」

「いえ、特に……苦労という程の事は……」

「素晴らしい! 功績に甘んじる事無く謙遜を忘れない。あなたの様な人格者を依頼主に迎えられて当番組スタッフも望外の喜びに満ちあふれています!」

「……はあ……」

「それで今回は、かの魔王の所有していた財宝の鑑定を御依頼との事ですが?」

「ええ、ちょっと家計が苦しいので生活費の足し……じゃなかった、伝説級の魔王の財宝が如何ほどの価値があるのかを知りたくて……」

「分かりました! それでは鑑定結果を続けて発表いたしますので、客席にて御観覧しながらお待ち下さい!」


 *


「今回が初めてじゃないってのに何緊張しちゃってんのよ?」

 エルフの女性レイミーアが客席へと戻ってきたカムリに声を掛ける。

「うるさいな。……どうにも苦手なんだよ、あの人……顔が笑っているのに心が笑ってないって言うか……」

 カムリは後頭部を掻きながらぼやいた。

「別にあいつが鑑定するわけじゃないでしょうに……」

 魔法使いのシンクレアが少しだけ理解不能な表情しながら言った。

「ま、テレビのタレントなぞ腹の底では何を考えているのか分からんのは同意するがの?」

 ドワーフのマークツが周囲に聞こえない小声でカムリに伝えながら目を閉じて頷いた。


「それに何なの? 生活費の足しとか……関東ローカルとは言え、私達東京に住んでいるのよ? 番組を見た近所の人達とかに合わせる顔が無くなっちゃうじゃない」

「事実なんだからしょうがないだろ……悪かったよ、つい本音が出ちゃって……」

 カムリとレイミーアは結婚して東京のとある街のアパートに二人で暮らしている。

 それも、もう何年も昔からだ。

 カムリは今、二十九歳になる。


 ここは我々の住む世界の日本とは少し異なる日本。


 この日本での東京湾に異世界へのゲートが至る所に開いたのは割と昔の事だった。

 どの異世界にも魔王が存在していたが、幸いにして異世界を征服しようとしている途中だったので東京に危害が及ぶ事は無かった。

 そして、調査の結果ゲートを潜って異世界に降り立った者達は魔王を倒すチート能力を例外なく得る事が判明した。

 最初の勇者が魔王を討ち取って財宝を持ち帰ると彼は億万長者になった。

 以降、お宝目当てに我も我もと異世界のゲートを潜る者が続出し、勇者は自営業的な職業になってしまった。


 カムリも一攫千金を夢見て、そんな勇者を生業としている一人だった。


 カムリは高校を卒業すると直ぐに異世界へと旅立つ。

 その最初の魔王討伐で出会ったのがレイミーアだった。

 二人は、その旅の途中で互いに惹かれあい、愛し合い、結婚をする事になる。

 レイミーアは故郷の村を出てカムリの住む東京で暮らす事になったのだが、生活は苦しかった。


 それと言うのも、二人が異世界から持ち帰る財宝の価値がカムリの世界では低かったからだ。


「今度こそ、この異世界鑑定団で高額な鑑定結果の出た財宝を売り飛ばして、安心して子供を育てられる養育費と、狭いアパートを出て一戸建てに住む資金を得るんだから、しっかりしてよ」


 レイミーアは両の拳を握って鼻息荒く脇を締めると、そう言った。

 二人には、まだ子供がいない。

 安定した収入が得られていないので中々家族計画に踏み切れていなかったのだ。


 異世界鑑定団。


 東京都公認の都内ローカルテレビ局で放送されている人気番組である。


 この番組が生まれた経緯は、何人目かの勇者が東京に帰還した際に大規模な詐欺にあって希少価値の高い財宝を奪われてしまった事に端を発する。

 異世界では勇者でも東京に戻ればただの人である彼らは、魔物よりも厄介な都会の犯罪者達の格好の餌食となり被害が続出した。


 そこで都議会は異世界財宝専門の鑑定チームを組織。

 異世界から帰還した勇者の持ち込んだ財宝で換金を希望する品物を預かり、それを鑑定する模様を撮影して勇者が財宝の所有者である証拠とし、放送して広告収入を得る事によって下請け運営スタッフの賃金を賄う事にした。


 異世界から持ち込まれた財宝を勝手に売買する事は現在のこの世界では、法的に禁止されている。

 違反者、特に買い取る側には重罪が課せられる事になっていた。

 財宝は必ず番組を通して鑑定する必要があり、発行された証明書を付けて売買する事が義務づけられている。

 しかし、異世界において先に財宝を分配する場合においては、この限りでは無かった。


「でも悪いわね。財宝の大部分を私達に分けて貰っちゃって……」

 台詞と違って大して申し訳なさそうも無い感じでシンクレアがカムリに言った。

「いや、一緒に討伐した仲間への当然の報酬だよ。それに今回はレイミーアが、どうしても鑑定して貰いたいって物品が巨大で重かったからね。運搬に掛かる費用も売るまで仕舞っておく倉庫の費用も馬鹿にならないから仕方ないよ」

「あれは私の見立てでは、きっと高値が付く筈だわ」

 カムリの返事にレイミーアが乗っかる。

「……だと、いいがの」

 マークツがステージに運ばれてきた鑑定品を見ながら言った。

「僕も、あれはかなりの値段になると思うよ。僕ですら名前の聞いた事のある有名な人の作品だもの」

 カムリがマークツと同じ方向に視線を向けて言った。


 鑑定品には大きな布が被せられていた。

「それでは最初の鑑定品をオープン!」

 MCの貼り付いたカメラ目線の笑顔と大きな掛け声と共に布が取り払われる。

 現れたのは巨大なキャンバスに描かれた絵画だった。

 鑑定人の一人が席を立ち絵画の側へと近付く。

 彼の背丈の倍近くある高さの絵画を前に鑑定人は真剣な表情で、それを見詰め続けた。


 絵画は、とても美しい風景画だった。

 既に魔王が討伐された異世界で今は観光地化されている場所の景色を描いた物だった。

 雪に覆われた山脈を陽光が照らし、その姿を手前の広い湖面に映している様子が丁寧に細かく描かれていた。


 しかし、その程度で高値が付くとはカムリもレイミーアも思わない。

 重要なのは、その絵の右下の片隅に書かれてあるサインだった。


 それはゲッホという名の異世界出身の芸術家のサインだった。

 ゲッホの世界の魔王が討伐されてから彼の描いた絵画が東京に持ち込まれ、それらは多くの画商に全て高く評価され高額で取引されている。

 この異世界鑑定団ができる前の海外のオークションで花が描かれた小さな絵に日本円に換算して数億円をいう値段が付いたのが話題になった事もあった。


「あんな小さな絵一枚で数億円だもの。あんだけ大きかったら、どんな値段が付くか分かったもんじゃないわ……」

 レイミーアは両腕でしっかりと自分自身を抱き締めながら震える声で目を爛々と輝かせながら呟いた。

「芸術の価値は大きさで決まるもんでもないがの……」

 マークツが、そんなエルフを呆れながら見て感想を漏らす。

(昔は、こんな娘じゃなかったんだけどなあ……)

 極貧生活が親友を変えてしまった事をシンクレアは心の中で嘆いた。


 やがて鑑定人の視線は周辺の額縁へと移される。

 絵を飾る為に用いられる額縁も、とても立派な物だった。


「あれも込みの鑑定額になるのかな?」

 カムリがレイミーアに尋ねる。

「多分そうよ。名画を収めている額縁だもの。あれもきっと相当な価値がある筈よ?」

 レイミーアの返事には興奮が抑えられない様子が現れていた。


 鑑定人が静かに絵画から離れた。

「どうやら鑑定が終了したようです」

 作り笑いから打って変わって真顔でカメラを見詰めるMC。

「それでは、鑑定結果の発表に移っていただいて宜しいでしょうか?」

 MCの問いに鑑定人は大きく頷くと席へと戻った。

 MCはカメラに向かって指を差すと叫ぶ。

「注目の鑑定結果は、この後すぐ!」


 *


「それでは鑑定結果を発表していただきましょう! 鑑定結果の評価額オープン!」

 CM明けのMCの元気っぽい掛け声と共に鑑定人の席の後ろ上方にある電光掲示板の数字が瞬く。

 やがて、それは下一桁からゼロを、ゆっくりと表示していった。


 手を合わせて祈るように電光掲示板を睨むレイミーア。

 自信があった彼女も、やはり不安は拭えなかった。

 なにしろ、これ以外の大物財宝を全部削って、これに賭けたのだ。

 もし高値が付かなければ残りの中くらいの美術品一つと、後一つどうしようもない品の計二つしか今回の鑑定には出品していない。


 これが外れだったら事実上、今回のチャレンジは彼女の中で終わってしまうのだった。


 電光掲示板の数字が五桁までゼロで埋め尽くされた。


「良かった……十万は超えたみたいだ……」

 カムリが、ほっと溜め息を付いた。


 しかし、その瞬間に電光掲示板は1を表示して止まってしまう。


 評価額は十万円。


 レイミーアは顔面が真っ青になった。

 ゆっくりとカムリの方を見る。

「……なに、余計なフラグを立てちゃったの?」

「ええっ!? 僕のせい!?」

 鬼嫁エルフの殺意のこもった視線を受けて、冤罪の勇者はたじろいだ。


 MCも表面上は驚いた顔をしていた。

「一体どういう事なんでしょうか? ゲッホの絵が、こんなに安いなんて!?」

 MCは鑑定人に尋ねた。

「そ、そうよ! 説明しなさいよっ!」

 堪らずにレイミーアも叫んでしまう。

 鑑定人は席を立って、もう一度あらためて絵に近付くとマイクを握った。


「この絵を私は見た事はありません。しかし書かれているサインの筆跡の形は間違いなくゲッホの物でした」

 鑑定人はレイミーアの方を見て静かに、しかし気迫のこもった返事をした。

 この道のプロの一言に勇者一行の一人であるはずのエルフの女性は気合いで圧倒されてしまった。

「そ、それなら、なぜ?」

 レイミーアは、その疑問を訴えるだけで精一杯だった。

 鑑定人は、今一度絵画に視線を移すと仰々しく俯いて首を横に振った。

「おそらく世紀の大発見。番組史上初の億単位の値段が付いたに違いありません。しかし、それは本物だったらの話です」

「え?」

 残りの勇者パーティ三人の視線全てがレイミーアに集まる。

「これは印刷された物ですね」


 これは印刷された物ですね……。

 これは印刷された……。

 これは印刷……。


 レイミーアの頭の中で鑑定人の言葉が木霊する。


 そ、そんな馬鹿な!

 そんな代物が、どうして絵描きとは別の世界の魔王の部屋に飾られていたのよ!?

 いや、考えてみれば本物が飾られていても変だけどっ!


 レイミーアがカムリに尋ねる。

「どうして、アレが印刷だって気が付かなかったの?」


 ええっ!? 僕のせい!?


 そう思いつつも自分も高値が付くと言ってしまった手前、責任を多少は感じていた勇者は弁解を始める。


「い、いや……だって、手袋はめて触った時は、ポスターみたいなツルツルな感触じゃなくてザラザラとした感触だったし、見た目じゃ素人の僕には分からなかったし……」

「キャンバス地だけはゲッホが用いていた物と同じですね。非常に無駄な部分に凝った印刷物ですよ。しかし当然ですが絵の具が塗られているのなら、こんなに均一にざらざらした感触は得られません。……残念ながら、この絵画本体の価値はゼロです」

「そ、それじゃあ……」

「十万円は額縁の値段です」


 鑑定人が優しく微笑んで言ったフォローは、しかし勇者の寿命を縮めただけの様だった。

 レイミーアの表情が険しくなる。

 こんなに怒った彼女の表情を見たのは、村の子供達を魔物達に人質の取られた最初の冒険以来のカムリだった。


 じわあっ……。


 やがてレイミーアの目尻に涙が滲んできた。

 彼女は、すっと着席すると顔を両手で覆って、しくしくと泣き始めた。

 ごめんなさい……ごめんなさい……と、か細い声で繰り返す。

 カムリは丸まった彼女の背中を優しく擦った。


「だ、大丈夫だよ? まだ二品目残っているんだし……きっと高額の鑑定結果が出てくれるよ?」

「でも、でも、残っているのは、そんなに大きくも無い壺と、アレじゃないの……」

 慰める勇者の声はエルフ嫁の心には届かなかった。

「だから芸術品の価値は大きさで決まらないと言うに」

 マークツが溜め息をついた。

「あんたらさあ? もう東京で暮らすの諦めて異世界の村にあるレイミーアの実家で暮らしなさいよ? お金も掛からないし今は平和だし言う事ないじゃない?」

 シンクレアが二人に提案をする。

「ええっ!? イヤよ、レンジも冷蔵庫も無い世界なんて戻りたくないわ」

「そうだよ。ネットもエロゲも無い世界なんて老後じゃあるまいし……」

「ちょっと! 私という妻がありながら、エロゲって、どういう事よ!」

「あ……いや、だって原画が○○さんだし、音楽が××さんなんだよ?」

「……それホント?」

「おまけにメインヒロインの声優が△△さんで……」

「……うそ……あの人深夜アニメでも有名な人じゃない」

「もちろん、表名義じゃないけれど……」


(すっかり染まっているなあ……)

 勇者夫婦のオタク談義に付いていけない魔法使いだった。


 *


「それでは二品目に行ってみましょう!」

 MCの掛け声と共に赤い布で装飾された台車の上に乗せられて壺が登場してきた。

 白い壺には青と赤の紋様が綺麗に浮かび上がっている。

「ほう?」

 マークツが片眉を吊り上げて壺を見詰めて唸る。

「なに? どうしたの?」

 藁にも縋る思いでレイミーアがマークツに食いつく。

「……いや……だが、あれは良い物だから、かなり良い所まで行くんじゃないか?」


 あれは良い物?

 それ、フラグじゃ……?


 カムリは、そう考えると顔を覆って天を仰いだ。


「良いところって、一千万円くらい?」

「……おぬしは本当に変わってしまったなあ……」


 ドワーフは先程の泣き顔が消え失せたエルフを静かに生暖かい目で見詰めた。

 マークツとレイミーアのやり取りを聞いていたシンクレアは再び深い溜め息をついてしまう。


「それでは鑑定人の方……どうぞ!」


 先程の鑑定人とは別の鑑定人が壺へと近付く。

 白い手袋をはめた彼は、人が持つには少し大きいサイズの壺を、しっかりと持って回しながら眺めた。


「これは仕事が素晴らしいですねえ」

 彼は決め台詞を漏らす。

 途端にレイミーアのエルフ耳がピクリと跳ねた。

 この鑑定人が、この台詞を呟く時には高額の鑑定結果が出る事が多かったからだ。

 急にソワソワし始める勇者一行という言う名の極貧オタク夫婦。

「そんなに素晴らしい物なんですか?」

 MCも、やや興奮気味に感じる様な質問を鑑定人に投げ掛ける。

「いや、仕事としては本当に素晴らしいですよ?」

 鑑定人は、そう答えると壺を大事そうに丁寧に元の場所へと置き直した。

 エルフ嫁の顔が期待に満ちあふれ輝きだす。


 MCがカメラに向かって叫ぶ。

「驚きの鑑定結果はCMの後!」


 *


 鑑定人が席に戻ってMCの掛け声と共に電光掲示板が点滅しだす。

 固唾を呑んで見守る勇者とエルフ嫁。

 果たして、その結果は……。


「百万円です!」

 電光掲示板が止まってMCが大きな声で叫んだ。


「見てみてレイミーア! 百万円だって!」

 素直に喜ぶカムリ。

「はああああああああああああああああああああ~っ……」

 しかしレイミーアは大きな溜め息をつくだけだった。

 ここに家計を預かる者と、そうでない者の差があった。

 エルフ嫁は脳天気な亭主を睨む。

「だからなに? 新車の一台も買えないじゃない……」

「……中古車なら何とか……」

「物の例えよ! そういう事を言ってるんじゃないわよっ!」

 レイミーアは激昂する。

「半年よ!? 半年の冒険の成果が、たったの百万って!? 今日日バイト学生だって、もうちょっと稼ぐわよっ!?」

「た、足りない分は、また東京で仕事を探して稼ぐから……」

「学歴が高卒止まりで資格も職能も無いアラサーの自営業を雇い直してくれる様な、マトモな会社がある訳ないでしょっ!?」

「ファンタジー世界の住人が学歴だの資格だのなんて夢のない事を言うなよ……」

「夢で食えたら、世話ないわよっ!」


 レイミーアは親指の爪を、がじがじがじがじ噛み始める。


「またパートして穴埋めしないと……今度こそは子供が産めると思ったのに……子供欲しい……子供欲しい……子供欲しい……」


 エルフ嫁は眉間に皺を寄せながら周囲に聞こえない様に小声で呪詛の様に呻くと鑑定人を睨み付ける。

 少しだけ怯える鑑定人に屈託の無い貼り付いた笑顔とマイクを向けながらMCは質問をした。


「今回の評価額になった理由を聞かせて貰えませんか?」

「いや~本物だったら一千万クラスの品物だったのですが……」


 レイミーアの耳が再びピクリと動く。


「と申しますと?」

「残念ながら、これは贋作ですね」


 また……偽物? ……。


 レイミーアは自分達の見る目の無さ、引きの悪さ、運の無さを呪った。


 もしかして、あの魔王も偽物で、本物の財宝は本物の魔王と共に今もあの異世界に眠っているのでは無いか?


 そういう夢想すらしてしまう。


 鑑定人は評価の説明を続けた。

「しかし素晴らしい仕事振りで、無名の贋作家の手による物ですが、歴史的価値がある為に今回の評価額となりました。ゲートが出現以前のこちらの世界の美術品の贋作が異世界に存在していた事を示す上でも非常に貴重な……」


 カムリは目を輝かせながら鑑定人の説明を聞いていた。


 レイミーアの耳には、もう説明の内容は届いていない。


 シンクレアは彼女に小声で尋ねる。


「ねえ、あと一つ残っている依頼品って、そんなに期待できない代物なの? 一体なによ?」


 レイミーアは溜め息をついて答えた。


「エロ本よ……」


 *


「嘘……」


 レイミーアは電光掲示板に現れたエロ本の評価額を見て頬をつねった。

 それは1の横にゼロが七つ付いていた。


 一千万円。


 それが、そのエロ本の評価額だった。

 絵と壺以外に運べそうな物が、それしか見つからなかったので運んだオマケみたいな財宝だった。


「いや~! すごいですね! これが何故異世界の魔王が所有していたのかは全く分かりませんがっ!」


 鑑定人である、ゲストの古書店チェーンほんだらけの社長が興奮気味にMCに説明をしている。

 MCにしては珍しく若干の苦笑いだった。


「これはね! 既に三大メジャー少年誌の一角で活躍している□□先生がですね! デビューする前に描いた今とは別のメジャー誌の作品のパロディ漫画で数部だけ関係者に配られましてね! そこでデビューが決まってしまってですね! これを即売会で売るのは流石にマズいという事になりましてね! 頒布されなかった伝説の同人誌なんですよ!」


 漫画家の名前はレイミーアも聞いた事がある。

 ……というか、知らない人がいない程の有名人だ。

 エロ同人誌の方ではペンネームが別名義だったので分からなかった。

 そう言えば、絵柄がパロディ元に合わせてあるせいか気が付かなかったが、面影が残っている様な気がしてきた。


「この様な薄い本に何と、それだけの価値がっ!?」

 MCは調子を取り戻しながら社長に尋ねる。

「いやいや! これは! 公式オークションでの落札価格は、もっと上を狙えるかもしれませんよ? これを手に入れたいマニアは、とても多いでしょうからねっ!」


 一千万円以上?


 レイミーアは隣のカムリの肩を揺する。

 勇者は気絶していた。


 *


 勇者が気絶しても番組は中断されなかった。

 なぜなら生放送だったからだ。

 レイミーアは気絶しているカムリをタクシーに乗せて運んで、先に宿泊先のホテルへと一緒に戻って行った。

 後を託されたマークツと……シンクレアは苦笑いをしながらエロ本を持ちつつ、番組MCとのツーショットでエンディングの生放送に臨んでいた。

「どうでしたか? 今回の鑑定結果は?」

「どうって……いやまあ、取り敢えず友人達が貧乏脱出できそうなのは喜ばしい事ですが……」

 貼り付いた笑顔のMCに愛想笑いをする魔法使い。

「そうですね。私もカムリさん達の事は、とても心配していたんですよ? 実は。いつも低い額の鑑定結果でガッカリなされて帰って行かれたので、今回の結果は本当に良かったです!」


 案外こいつ、良い奴なのかな?


 シンクレアは社交辞令と理解しつつも何となく、そう思った。


「それにしても、これが一千万円以上ねえ?」

 白い手袋をはめたシンクレアが、ゆっくりとページをめくった。

 まごうことなきエロ漫画の本だった。

 そのページの間から何やら黒い糸の様な物が床へと落ちる。


「なんだ?」


 シンクレアは手袋をはめた状態とはいえ、それを拾ってしまった。


 それは、とても太くて長い……縮れ毛だった。


「うわっ! 魔王の、ちん毛じゃねーかっ!」


 シンクレアは、それを生放送中のカメラに向かって投げつけてしまった。


 その後のオークションでのエロ同人誌の落札価格は、三百万円にまで下がってしまったそうな。


 *


 そうとは知らないカムリとレイミーアの二人は、ホテルに戻って気絶から勇者が回復した直後に生でしてしまう。


 やがて、背中に小さな男の子を背負った勇者と、背中に小さな女の子を背負ったエルフの女性の伝説が始まるのだった。


 - 完 -

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異世界鑑定団 ふだはる @hudaharu

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