最終話
「知ってるー!あそこのパンケーキでしょ?ガっちゃんも食べたの?凄い美味しいよね!」
「でもめっちゃ並んだよー、大変だった」
「そうなのよね。これはやっぱり、世界滅ぼすしかないわね」
「まあ、滅ぼしたら食べれないけどねー」
「それよね、世界を滅ぼすことの唯一の欠点は、美味しい食べ物も滅ぶことよね」
「けど、その時は私たちも死ぬし、良いんじゃない?」
「そうなんだけどね。でもほら、建物とかはそのままで人だけ消えるってのも滅びとしては美しいし、理想としてはそれかなって」
「ああ、良いわね。生活の匂いが残る滅びは退廃的な美しさあるわよね」
半年もたつと、私たちの間ではすっかり滅びの美学みたいなものに対する共通認識が出来あがっていたし、それをもはや会話のネタとして消費するレベルにまで来ていた。
今となっては世界を滅ぼす方法を探すことが目的なのか、二人で誰にも邪魔されずに一緒にいられる時間が大事なのか、よく解らなくなっていたほどだ。
結局私たちは、友達が欲しかったのかもしれない。
世間に馴染めず、自分を虐げる世界を憎んでいた。
それでも、理解しあえる友達がいれば、こんな世界も少しはマシなのだ。
こんな時間がずっと続くなら、それでも良いのかもしれない―――――そんな風に思い始めたその時に、それはやってきた。
「――――ねえ、この異世界の滅び方って、なんか不思議ね」
「ん?」
彼女に言われて目を向けると、苦しんでいる人と何事も無いように生活している人が混在している。
「えーと、この世界は…?」
私は手元の資料に目を通す。
行く先々の異世界の情報が書いてある資料だ。先人たちの知の遺産とでも言おうか、私より前の担当者たちが代々書き続けてくれてたノート。これによって、滅亡直前までは比較的平和な世界を観光地に選ぶことができる。
もちろん、観光に向かない世界も有る、たとえば―――
「あ、この世界は遅効性ウィルスね、発症までに少し時間かかるのよ」
こういう世界はもちろん観光向きではない。感染してウィルスをこっちの世界に持ち込まれたらおしまい――――――――――――あ……気付いた、気付いてしまった。
これだ、これなら確実に――――
「……どうしたの?」
私の様子がおかしい事に気づいて、彼女が声をかけてくる。
私は、大きく息を吸い、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「ねえ……まだ、世界を滅ぼしたい?」
「何言ってんの、それが目的でしょ?」
当然じゃない、と彼女は笑った。
「………違うの、真剣に答えて」
―――私の真意を掴みかねているのか、一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐにあの真っ直ぐな目で、私の大好きな、真っ直ぐな眼差しで、ハッキリと答えてくれた。
「当然よ、私の気持ちは変わらないわ」
―――私は今、どんな顔をしているだろう。
自分の存在が彼女の絶望を救えていなかったと解って悲しいのか、それとも、変わらず世界を真っ直ぐ憎める彼女の純粋さが嬉しいのか、自分でもよく解らない。
けれど―――――それなら、私のすべきことは一つだけだ。
「じゃあ、行こうか」
座っている彼女に、手を差し出した。
「……どういうこと?」
「この世界のウィルスはね、空気感染でとても感染力が強く、致死率もほぼ100%なの。しかも、感染してから発症するまでに約一週間かかる」
その言葉に、彼女の表情が変わった。
「―――理解したわ」
私の手を取り立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるね」
外へ出る扉へと向かう彼女の手を、私は掴んだまま離さない。
「……今更邪魔する気?」
「―――まさか、私も一緒に行く、それだけよ」
「……良いの?ここであのガスマスクつけてれば、あなたは感染から逃れられるし、なんならこの世界が滅んでも別の異世界で生きていけるんじゃない?」
「ううん、良いの。一緒に行こう」
手を繋ぐ。強く強く、手を。
ウイルスに感染した私たちが、発症するまでにいくつもの空港や港などに立ち寄る。それだけで、私たちから感染した人たちが世界中にウイルスをばら撒いてくれる。
一週間もの潜伏期間は、さぞや幅広くウィルスを拡散させることだろう。
これで完全に世界が滅ぶのかはわからないけど、少なくとも世界の有り方は大きく変わるだろう。
世界に根付けなかった私たちが、世界を滅ぼすウィルスを根付かせるのだ。
なんとも痛快な話じゃないか。
ドアの前に立ち、二人で大きく深呼吸をした。
そして、ドアに手をかけた瞬間、彼女が口を開いた。
「さっき、気持ちは変わらないって言ったけど―――本当は少しだけ、変わったわ」
「え?」
「アタシは世界を滅ぼしたいと思ってた、でも今は―――――ガっちゃんと二人で一緒に……」
一緒に……?
「二人で一緒に、世界を滅ぼしたい。世界を滅ぼすなら、あなたと一緒が良い」
そう言って、泣きながら笑った。
「――――私も、あなたと一緒が良い」
二人で抱き合って、声を出して泣いた。
私たちを結びつけたのは滅びだった。
滅びによって出会った私たちは、滅びによって別れるべきなのだ。
二人で見つめ合い、互いに頷き―――ドアをゆっくりと開く。
風が、頬を撫でる。
私たちを死に導く風、そして、世界を滅ぼす風。
その風はとても爽やかで心地良かった。
今の私たちの心のように、澄んでいた。
―――大人になれば解ると思っていた。
この醜い世界の美しさが。
でも違った。
今ならハッキリわかる。
この世界に美しいものが有るとすればそれは―――――彼女のもたらす、滅びだけだ。
彼女だけが、私の世界だ。
「さあ、行こう。世界を滅ぼしに」
「―――うん」
――――翌日。
「あ、ごめん…資料ちゃんと読んだら……あのウィルス、あの世界の人にしか効かないんだって」
「はぁぁ!?」
「てへぺろ!」
どうやら、世界を滅ぼす私たちの旅は、もう少し続きそうだ。
おしまい。
滅亡観光社は残業手当が付きません。 猫寝 @byousin
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