第3話
「はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~」
ほぼうめき声のような深いため息が出た。
毎日毎日子供たちにトラウマを植え付け、吐瀉物を処理する。
こんなものが仕事と言えるのだろうか。
……いや、仕事だ。むしろ仕事でなくてなんだ。仕事以外でやってられますかこんなもの。
自分を無理やり納得させながら、仕事終わりに夜道を歩いていると、突然顔に強い衝撃が走った。
「えっ?はっ?なになになになになに??」
顔を何かで覆われて、その上から強い力で押されそのまま壁に背中が当たる。
「なにこれ何ドン?顔面を押されて壁ドン、顔面ドン?顔面ドンなの?」
「……それなら顔ドンで良いと思うのだけど…?」
「いや顔ドンだとなんか響きの面白さが無い……って、え?誰?」
聞こえてた声の可愛らしさに、緊張感が薄れる。顔に何かを押しつけられて視界が遮られてるので見ることはできないが、これは女の子の声、しかもまだ若い子の声だ。
しかし声の主は、私の問い掛けには答えず、逆に疑問を投げかけてくる。
「……あなた、この前修学旅行でガイドしてた人よね?」
「え?えーと……この前って?」
「この前はこの前よ、9月12日」
確かにその日もガイドはした。確かどこかの中学だ。相手が女子中学生で有ることが判明したので、恐怖心はだいぶ薄れた。
「どうでしょう……イマイチ記憶が…」
けど、とりあえずとぼける。
異世界のことをペラペラと公言するわけにはいかないのだ。
「良いの、あなたが認めなくてもアタシが覚えてるから、このガスマスク越しの顔、間違いないわ」
「あ、ガスマスクなの!?今私の顔に押しつけられてるこれ、ガスマスクなの!?」
よく見ると、目のちょっと上辺りに街灯の光が見えた。どうやらちょっとズレてる。ガスが来ても防げないねこれ。
「って、ガスマスク越しの顔って……顔見えないでしょ…?そもそもずっとガイドしてたし、普通に顔見た方が解るんじゃない?」
ガスマスクをするのは催眠ガスで眠らせる時だ。
「普段の顔なんて見て無かったわよ興味無いもの。眠らされる直前に見たガスマスク越しの顔だけが強く印象に残ってただけで」
眠らされる直前に……?
その瞬間、顔を覆っていたガスマスクが外された。
そこで初めて、女の子の顔が見えた。
「―――――あ」
思わず声が出た。
「あ、って言ったわね。覚えてるのね?アタシのこと」
……確かに見覚えがある。他の生徒たちが混乱している中、一人だけ妙な視線で滅亡の様子を眺めつつ、ガスで眠る直前に私を強く睨んだあの子だ。
不思議な空気感と綺麗な顔で印象に残ってる。
「―――もちろん覚えてますよ?大事なお客様の一人ですから」
ごまかそうかと思ったけど、なんだかわざとらしくなる気がしてやめた。ここで嘘をついても意味が無い。
「そうなら話が早いわ、アタシをもう一度異世界に連れてってちょうだい」
うわぁ、一番面倒な要望だ。
「異世界……何の事です?夢でもご覧になられたのでは?」
「そーゆーのいいから。そこらのバカな学生ならともかく、アタシは夢と現実を間違えたりしない。確かにあの場でアタシは、一つの世界の滅びを見たのよ、あの―――美しい滅びを」
見る間に頬が紅潮し、瞳が妖しく潤む。
ああ、あの時の視線だ。滅ぶ世界を見ている時も、この子はこんな目をしていた。
なぜ、こんな目で滅びを語るのだろう。
「……もう一度行って、どうするつもりなの?」
私の質問は、本来なら明確なルール違反だ。
会社からも厳しく秘密厳守を言い渡されているのだけど……自分の中に生まれた興味に蓋をする事が出来なかった。
私のその問いかけに、十代半ばとは思えない程の妖艶な瞳と笑みを浮かべて、彼女は口を開いた。
「決まってるじゃない。世界が滅びるまでのプロセスを知りたいの」
「滅びの……プロセス?」
「そうアタシはね――――この世界を滅ぼすの」
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