第2話
命の授業、というのが昔話題になった。
豚を育てさせ、その豚を最後に食べるかどうか議論するというアレだ。
賛否両論あったようだけど、命について考えると言う意味では効果はあるのだろう。
んで……それが巡り巡って、一部の教育者の間で、新しい命の授業として取り入れられたのが、この滅亡観光だ。
ウチの旅行会社には昔から幾つもの異世界の好きな時間にワープ(?)できる部屋が有るのだけど、色々な異世界を見て回るうちに、滅亡する世界というのが想像以上にたくさんある事に気付いたのだそうな。
考えてみたらまあ、全ての世界が永遠に続くなんて、そんなハズもない。私たちのいるこの世界だって、過去に滅亡の危機は何度もあったのだし。
その話がどう伝わったのか、とある名門の学校が、世界の滅亡を見せることで子供たちに命の大切さを教えたいと言い出した。
実にクレイジーなことだ。
命の大切さを知るには、それが失われる経験をすることが大事だと、本気で考えているらしい。
まあ理屈は解らなくもない。家族やペットの死を経験することは、命について考える大きなきっかけにはなるだろう。
だからと言って、教育の為に殺す……なんてことは出来る筈が無い。
―――ただ、滅びの決まっている世界ならどうだろうか。
元々滅ぶことが解っている世界に、滅ぶ前日に行って、触れ合いからの死を見せる。
こちらが何か手を下さずに、子供たちが死に接する機会を作れるのだ。
もう一度言おう、クレイジーだ。どうかしてる。
だが、この授業に効果が有ると信じている教育者は意外と多いらしく、今では全国から十数校がこの滅亡観光を希望していて、毎年の恒例になっている。
―――とは言え、人道的に問題が無いかと言われたら、有るに決まってる。有り有りだ。
なので――――最低限のケアというか、軽いごまかしを最後に入れる事になっている。
滅ぶ世界と、、それを見る生徒たちの阿鼻叫喚が混じり合い、高らかなレクイエムとして響き始めた頃、私は時計を確認し、ガスマスクを装着する。
するとすぐに、壁から大量の煙が発射され、部屋中を包み始めた。
睡眠ガスだ。
触れた子供たちがどんどん眠りに落ちていく。
この出来事を夢だと思いこませる作戦なんだとさ。
単純ではあるが、こんな出来事は夢だと思いたい気持ちも強いし、寝ていたという自覚が有れば、「こんなことが有った」と周囲に訴えても、「夢でも見たんじゃない?」と言われたらそれを強く否定はできないだろう。
そう考えると、まあそれなりに効果的なのかもしれない。
もちろん寝てる間にスマホの写真などは消去する。デジタルだと証拠隠滅も楽だ。
たとえ夢だと思いこんだとしても、目の前で大量の命が奪われるこの光景は確実に心に爪痕を残すので、授業の効果が失われる事は無い。
この経験により、暴力や他人の悲しみに過敏に反応するようになることで、数字としてはイジメが減るとか何とか。
それが良いのか悪いのか、私は考える立場にない。
ただひたすら、仕事をこなす。それだけだ。
淡々と淡々と、この後は、あとから来る他の社員さんと、眠った子供達をバスに乗せて、寝ていたと言う証拠を写真に収めて本日の仕事は終了だ。
―――――と、その時……一人の女の子が目に入った。
他の子供たちが眠りに落ちていく中、その子は背筋を伸ばし、真っ直ぐ立った姿勢で、じっと外を見ていた。
真ん中で分けられておでこを出した長い黒髪が薄いカーテンのように顔にわずかな影を落としているが、そんなものは何の障害にもならないほどに、一目見てわかるくらいとても美しい顔立ちで、横顔のラインがとても綺麗な子だった。
滅亡を眺めるその目は澄んでいるようで、ほんの少し―――恍惚と羨望……?そんな印象を受ける目線だった。
それでも次第にガスにまみれて、膝をつき、目を閉じる。
―――目を閉じる直前、私に何か強い視線を向けたように感じた。
……まあ、恨まれても仕方ない。それくらいのことをしているのだ私は。
人の事は言えないな……私も大概、クレイジーだ。
それを理解しつつも、私は今日も、そしてこれからも、子供たちにトラウマを与え続けるのだ。
自分の、生活の為に―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます