19.相楽の仕事は増える
視線が書類に落ちた事に気付いたのか、冷静さを取り戻した彼女が再び無機質な声で書類の説明を始める。
「そちらの書類に関しましては、ミソギさんがサインをして印を押せば異動出来る書類の一式となっております。ただ、異動からの異動は二度と出来ないのでご注意ください」
「一度内監になったら、抜けられないって事ですか?」
「仰る通りでございます。内監の仕組みを一度知ってしまわれますと、口外した場合に重度のペナルティ、そして二度とただの除霊師には戻れなくなります」
「いやでも、私、今結構重要な事を色々知っちゃいましたよ……」
「貴方が我々の事を知った。その事実を私が確かに見届けておりますので問題ございません」
――それはつまり、何かあった時に真っ先に情報の出所として疑われるって事か。
ニュアンスでそう読み取ったミソギは神妙な顔で頷く。何より、主任が三舟。下手な事を外にバラそうものならすぐ特定されるに違いない。馬鹿な真似はしないようにしなければ。
「何というか、内監ってあまり仕事してないのかと思ってました。三舟さん、主任かあ……」
「内監とは組織の内部を監査する為のものです。私のような表の事情を担う人材と、主任のような見えない部分をカバーする人材とが存在しております」
「ですよね。誰が内監なのか分かっていたら、仕事になりませんし」
最早、三舟が自分に声を掛けて来た理由はこの上無い程に明確だ。
――とにかく内監であるとバレ辛い存在。
身近な人間で例えると、南雲が急に内監である事なんかが判明したら耳と目を疑うレベルであり得無さを感じるだろう。そして恐らくそれは自分も。
そもそも、内監が裏でこそこそと何かしている事を知っている機関員はかなり少数派。相楽でさえ、その存在を知らないような顔をしていた程だ。隠蔽率がかなり高い。そこに加われと言うのか。
「私って、内監になった場合、あなたみたいな仕事をするんですか? それとも、三舟さん側のお仕事?」
「言うまでも無く、ミソギさんは主任側で働く事になるかと。後々、内監内部で異動の可能性はありますが。それに……どうやら三舟は貴方の事をいたく気に入っておられるようですので」
「そうですか……あ。そういえば、テディの件は……?」
「主任が揉み消しました。現場にいた敷島とも口裏を合わせたので、問題無いかと」
正直、問題しか無いが黙っておいた。助けられている身分、文句や疑問など言えるはずもない。
そして同時に、この事実を相楽に話せる事が無いという事実も瞬時に理解した。彼は自分と内監の間に繋がりがある、あった事をまるで知らない。
「えっと、それで内監の方々は私に何をやらせたいんでしょうか?」
「そちらに関しましては、異動が終わった後にしかご説明出来ない事になっております。ですので、サインを頂けないという事でしたら、そのまま忘れて頂く事になります」
「あそっか。サインしなかったら、私は内監じゃないもんね」
具体的な理由と目的はサインの後。
――どうしよっかな……。
正直、サインしようがしまいが、どちらでもいい。ただ機関の内部で疑いを掛けられているという事実だけが重く胃にのしかかる。これは解消しておいた方が良い問題なのだろうか。
何より、この書類を送り付けてきた三舟の考えもよく分からない。
「あのー、三舟さんともう一度会った後で考えて良いですか?」
「かしこまりました。それでは、そのように主任には伝えておきます」
「ありがとうございます」
「次、主任と会った時にそちらの書類は直接手渡しして頂いて問題ございませんので」
***
内監の彼女と別れ、一度相楽に報告すべく隣の部屋へ戻る。貰った書類はちゃんと鞄の中に隠しておいた。改められたら一発アウトだからだ。
戻って来た自分を見て、相楽が弾かれたように立ち上がる。呼び出しが相当不安だったのだろう。悪い事をした。
「おう、ミソギ。それでどうだった? 何の用事だったんだ」
「あっ、いや……。あの、例の……ペナルティ免除の件で。相楽さんにはお話出来ないらしいんですけど、当事者の私には教えてくれました」
十割嘘ではないが、7割くらいは嘘。そんな言葉をしどろもどろに吐き出した。
それを動揺と受け取ったのか、支部長は眉根を寄せる。
「ああ、おじさんには話せないが、本人になら……って事か」
「はい、あの、これを人に話しちゃうとそっちの方面でのペナルティが私に着くらしいので、えーっと具体的には話せないです」
「うわ、マジか。あー、じゃあやっぱりおっさんが独自で調べるしか無いわけか……」
妙に納得したのか、それ以降、相楽は密室での会話について突いて来なくなった。要らん仕事を増やしてしまって本当に申し訳無い。
「――まあ仕方ねぇ。ミソギ、お前明日は朝だろ? 疲れてるだろうし、もう今日は帰って良いぞ」
「はい。お疲れ様です」
「はいはい、お疲れ」
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