胎動する夢

1話 夢のはじまり

01.久しぶりの車内会話

 人っ子一人いない道のりを人が運転する車でぐんぐんと進んでいく。時間は深夜2時、つまりは仕事帰りである。


「やーっとミソギさんの解析課生活、終わりましたねっ!」


 真夜中だと言うのにテンション高くそう言ったのは巫女のミコだ。青い札が、彼女が背伸びをした瞬間にしゃらりと揺れるのが見える。仕事帰りの気怠さに、ミソギは目を細めた。


「解析課でお仕事してた間は定時で帰れてたから、こんな夜遅くになるの久しぶりかも」

「あれ? ミソギ先輩、テディベアの時は結構遅くなかったっけ?」

「……そうだった」


 南雲がケラケラと笑う。鬱陶しそうに運転席のトキが舌打ちした。そこで、初めてこの光景の違和感に気付く。


「あれ? 南雲って次は解析課じゃなかったっけ。何で私達と仕事してるの?」

「何か、俺じゃ不安ってんで相楽さんが、代わりに浅日? とかって奴を起用したんすよ。まあ、俺は一人で仕事したくねぇから別に良いけど」

「そうなんだ……」


 うふふ、とミコが楽しげに笑う。


「相楽おじさまは、ずっと南雲さんが次だって言って嘆いていましたよっ! 胃に穴が開きそうな勢いでした!」

「そうだね。相楽さんはずっと不安がってたね」


 あの慌てっぷりと言ったらなかった。彼は白札にして支部長、機関の支部はあちこちにあるが白札且つ支部長であるのは彼一人だけ。白札はその性質上、使い捨ての駒、現場での実験台などとまことしやかに囁かれている存在達。

 勿論、赤札である自分の視点からすれば数々のサポートに噂の収集と、無くてはならない存在だ。ただ、現場で働く赤札と高い椅子にふんぞり返っている上司達にとってはそうではない。

 つまり、相楽はそういった環境を生き抜いた年長者。小さなトラブルさえも起こさないよう常に気を張り、なるべく犠牲者が出ないように振る舞う。

 そんな相楽支部長殿が先月はトラブルが起きまくった解析課へ、ビビりの南雲を寄越す訳がない。浅日は長く勤務している赤札。交代するのは順当とも言える。


 不意に車窓から外を見る。移り変わっていく景色はいつの間にか見覚えのあるものへと変わっていた。そろそろ自宅が近い。というか――


「な、何かトキ、運転上手くなった?」

「そうだな。お前がいない間、私が一人で南雲の面倒を見ていたが、こいつはおよそ一切車の運転が出来ない」

「うん? 運転免許、取ってないっけ?」

「俺は取ってないっすね。来年、相楽さんが時間取ってくれるって言ってましたけど」

「あ、来年かあ」


 ――南雲は運転なんか、得意な気がする。

 最初の頃は覚束ない運転だろうが、間違いなく上達するタイプだ。見た目こそチャラチャラしているが、ちゃんとバス通勤、警察のお世話になった事も無い。職質はされたらしいが。


「そういえばさあ、ミソギ先輩」

「何、南雲?」

「なんか、氷雨さんが先輩の事捜してたみたいっすけど、会えました?」

「え? 氷雨さん? ……いや、会ってない気がする」


 あまり興味が無いのでいつどこで会ったという記憶が上手く思い出せない。しかし、捜す程のお話をされた記憶も無いので多分会ってないのだと思う。


「ミソギさんっ、早く氷雨さんと会ってあげて下さいね! あの人が人捜しなんて、らしくないですしっ!」

「確かに……。えー、何の用なんだろ。伝言とかしあうような仲じゃないのに。誰か何の用事か聞いてない? 聞いたら分かるかも」

「いえ、聞いてないっすね。ミコちゃんは?」

「わたしも知りませんっ!」


 ――マジで何の用なんだろ……。

 氷雨に声を掛けられる理由が一個も思い浮かばない。


「お前と生活圏が被らない事を嘆いていたぞ」

「うわあ、そりゃそうだわ。解析課だったし、先週まで」


 トキでさえ記憶しているという事は割とかなり捜していた説ある。どうにか後で捜し出して、用事を聞いてみよう。あのコミュニケーションが苦手そうな彼が、まさに人を捜しているのだ。何か大事な用があるに違いない。

 考え込んでいると、隣に座っているミコが不意に話題を変更した。


「そういえば……夢って体験したり、想像した事があるものしか反映されないそうですね」

「ミコちゃん、どうしたの急に?」

「いいえ、何だか急にこの間テレビでやってた明晰夢の話を思い出しまして。全く見覚えの無いものの夢――それは、或いは夢ではないのかもれませんね」

「こっ、怖い話始めるの止めてよ!」


 そう言った丁度そのタイミングで車が停まった。ぎょっとして外を見れば、深夜であるにも関わらず煌々と光を放っている支部の建物が見える。目的地にいつの間にか到着していたようだ。

 シートベルトを外したトキが淡々と呟く。


「相楽さんに報告してくる。家まで送って欲しいなら、そのまま車で待っていろ」

「え、ホント? ありがとう!」


 舌打ちで応じたトキは運転席から降りると、淀みの無い足取りで支部へと入って行った。更にミコも立ち上がる。


「ミコちゃん?」

「わたし、今日はお兄ちゃんが迎えに来ているので、行きますねっ! お疲れ様でした!」

「あ、お疲れ! また明日ね!」

「はい! ミソギさんもお気を付けて下さいねっ!」


 そう言うと、ミコは足取りも軽く降りていった。

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