18.別件の内容
全く辞退する気配の無い内監の彼女。対して先に折れたのは相楽の方だった。半ば諦めたように頭を掻きながら、分かったよと自棄気味にそう言う。
「このまま突っ立っていられる訳にもいかねぇ。悪いな、ミソギ。その話ってやつを聞いて来てやってくれ」
「それは良いですけど……。え、本当に私への用事で間違ってませんよね?」
「ええ」
――長話で無い事を祈るしかないようだ。
彼女の目は真剣そのもの。自分を末端だとそう言うあたり、上司の命令には逆らえない立ち位置なのだろう。たかだか話を聞くだけだ、仕事の妨害をするのも可哀相だし用件だけでも聞こう。
謎の使命感に駆られながら、隣の部屋を指さす。うちの支部は空き部屋が多いので密談をするのに適した部屋など星の数ほどもある。
「相楽さん、隣の部屋を借りていいですか」
「おう。じゃあ、おじさんはここで待ってるから。終わったら一度顔出してくれや」
「了解です」
内監の彼女を手招きして現在の部屋から出る。そのまま間髪を入れず隣の部屋へ足を踏み入れた。
掃除だけされて基本あまり使われていない部屋の空気は淀んでいる。空気の入れ換えなど、掃除の業者が来た時にくらいしかしないからだ。
「な、何だか埃っぽいですよね、はは……」
散らかり放題の自室を見られた時のような気分に襲われ、せめて窓を開けようと足を踏み出した。
「いえ、窓は開けずにお話をした方がよろしいかと。どこで、誰が聞いているか分かりません」
「えっ、そういうレベルで大事な話……?」
「失礼致します」
何を失礼するつもりなのか。じっと彼女を監察していると、不意にスマートフォンを取り出した。これを弄くる失礼を許せと言ったのだろうか。
彼女はスマホを何度かタップするとそれを部屋のあらゆる場所に翳し始めた。まるで家宅捜索をする警察官だ。じっくり1分くらいその行動を繰り返した彼女は深く頷く。
「お待たせ致しました。それでは、私の持って来た用件についてご説明します。ミソギさん、私になど遠慮せず座って下さい。それなりに長い用事となります」
「あ、はい。えーと、あなたも座ってお話されては?」
「ええ。失礼致します」
ここで初めて彼女は持っていた鞄の中を漁り、A4サイズの封筒を取り出した。茶封筒ではなく、厳重に封をされた豪奢な封筒だ。
一体何の話を始めると言うのか。
とはいえ、少し冷静になってみると何か後ろ指さされそうな事などたった一つ――三舟の件のみだ。彼が機関にとってどういう存在なのかは知らないが、他でもない本人が『不仲』とそう称した。彼自身も十二分に犯罪者臭に満ち溢れているし、個別でお話など彼の話題以外にはあり得ないだろう。
そんなミソギの予想は半分当たりだった。
「先程は強引にして、すみませんでした。ではまず、この封筒は貴方に」
「これは……開けちゃっていいですか?」
「ええ。お願い致します」
極力、封筒に傷を付けないように開け、中身を取り出す。それは数枚の書類とホッチキスで留められたセット書類だった。
「――え」
が、そんな事はどうでもいい。
飛び込んで来た書類の責任者名。まさか機関所属の人間が持ってきた書類に書かれているとは思わなかったその名前。
「え、え? 三舟さんからの書類?」
「ええ。これは三舟からの書類です」
「ちょっと、説明をお願いしたいんですけど」
「はい。以前から我々のお手伝いをして下さっていたでしょう? ただ、最近、あまりにも貴方を動かし過ぎたせいで周囲から疑惑の目を向けられています。具体的に何の疑惑なのかは現状お話出来かねますが、とにかく不要な疑惑を掛けられかけている状態にあります」
「えっとそれは、私が?」
「さようでございます。そこで、もういっその事、貴方も『内監だった』という事で事態を終息させる、それが最善であると私共の主任が考えました」
「三舟さんが? というか、三舟さん内監!?」
「はい」
――話が急すぎて頭が追い付かない。
というか、三舟が内監であるという事はその仕事仲間らしい敷島も内監という事だろうか。彼等はどちらもプレートを提げていなかった記憶があるのだが。
「……ちょーっと待ってくださいよ。私は確かに三舟さんの手伝いをしてましたけど、え? じゃああれ、誓約書! あれは……」
「大変お伝え辛い事なのですが……。あれは、本物……ですね」
「冗談じゃ無いわ……。え、私、約束を破ったら本当に死んでたって事ですか? 最悪、三舟さんも巻き込み事故りますけど」
流石に三舟の考えている事にまでホイホイと「はい」、とは言えなかったのか内監の彼女は歯切れが悪い顔をして目をそらした。そりゃそうだ。三舟の考えなど、彼本人にしか理解し得ないだろう。
ここで初めて薄いペラ紙に視線を落とす。内監への異動書類だった。
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