2話 アメノミヤ奇譚・中
01.そのぎ公園
車が安全に停車した事を確認し、南雲は後部座席から外へ出る。すぐに人によっては傘を差さないであろう細い雨が顔に当たった。そういえば、以前高校の友人が「眼鏡に水滴が付くから雨は普通に降ってくれた方がマシ」、とそう言っていた気がする。
「いつ来ても思うけど、マジで視界悪いっすよね」
大自然を取り入れた形の公園。怪異騒動がある前まではバーベキューだとか、ランニングコースだとかで親しまれていた「そのぎ公園」はしかし、木々が鬱蒼と生い茂っている。
もっと言えば。恐らく日が暮れてからこの公園に一人で来るのは犯罪遭遇率的な観点から推測して危険だと思われる。あの茂みに連れ込まれたら、誰かに何かをされても、助けは期待出来ないだろう。
南雲の呟きに対し、肩を竦めたトキが呟く。
「5年程前に誘拐事件が起きている。怪異とは――恐らく、関係の無い事件がな」
「5年前、つったら俺まだ学校に通ってた頃じゃねえすか」
公園の入り口付近から、ふらりと相楽が姿を現した。彼と一緒に乗っていたミコもいる。
「おーう、お前等遅かったな。警備員には話し付けといたぜ。ちなみに、誰もここを通って公園の中に入って行った奴はいねぇとさ。おら、これ見ながら移動しろよ」
「何すか、これ」
「3年前まで観光案内所に置かれてたパンフレット。ミニマップが一番後ろに載ってるから有効に使え」
小さめ、細長いパンフレット。確かに裏面には簡易地図が描かれている。公園の構造そのものは複雑ではない為、この地図だけでも十分に公園の全容が分かった。
「イベント広場……」
「昔は歌手なんかを招いて、大規模なイベントを年に2、3回行っていたんですよっ! 私もたまに観に行っていましたっ!」
「へぇ、マジで急に発生したんだな。怪異」
まるで普通のイベント会場に嘆息する。他にもレジャー関係の区画や、それをぐるりと巡るように配置されたランニングコース、とにかく見れば見る程充実した多機能的な公園、それが「そのぎ公園」だ。
素直に感心していると、氷雨がその感心を遮るようにボソリと呟く。
「元は何があった場所なのかも定かじゃないのに、よく人が集まるような公園を作ったな……。俺なんかには指図されたくないだろうが、正気の沙汰とは思えない」
「うおっ!? すんません、存在がかなり薄いんで何か意見する前に前置き入れて貰っていいすか?」
「……悪い」
そんな事をどこで調べて来たんだ、と十束が首を傾げた。対し、氷雨はどこか皮肉げに肩を竦める。
「妹に聞いた」
「妹?」
「霊障センターに入院している。隣の病室の見舞客の話を聞いたそうだ……まあ、ようは盗み聞きした訳だが」
「そ、そういう言い方は……」
霊障センター――それは、ツバキ組組合内にあるそれなのか、或いは異動前の組合の霊障センターで聞いたのか。疑問を覚えはしたが、この話題はこれ以上広げられないようだったので口を噤んだ。
何せ、霊障センターの入院理由は様々だ。トキやミソギの雨宮問題のように他人が訊ねるのを憚られるようなヘビィ級の話から、検査入院という軽度な理由まで、本当に様々。
そして、理由を自ら話したがらない場合は大抵前者の重すぎる理由が付随している可能性が高い。よって、霊障センターの話題を部外者から振るのはかなりハードルの高い行為なのだ。
「まあ、それは良いが――経験者は語る、ってんで取り敢えずは奇譚組に注意でも聞いておくか。偶然か必然か、今日は雨が降ってる」
空模様を見上げて確認した相楽の視線が、トキと十束を捉える。腕を組んでいたトキがゆるりと顔を上げ、氷雨と会話していた十束がその話を切り上げた。
「注意って言うと、怪異の事についてですか?」
「それもあるが、今日いる赤札のほとんどはそのぎ公園に入った事の無い奴等ばかりだ。土地勘はほぼゼロ。行き止まりで逃げ場のねぇ場所なんかも前以て言っておいてくれると助かる」
確かに。南雲自身もそのぎ公園へ足を運んだのは記憶しているだけでも1度か2度。外でのイベントに参加するより、友達とゲーセン行った方が楽しいと考えるタイプだからかもしれないが。
十束は一瞬だけ困った顔をしたが、すぐに相楽の問いに答えるべく口を開いた。
「まあ、今更言うような事じゃないが……見通しが悪い。怪異の方は見通しとか関係無く俺達を追跡してくるからな。視覚だけでなく、耳を澄ますなりして周囲に警戒しておいてくれ」
「追って来る怪異は全て人型だったぞ。古めかしい格好をしていた」
「トキ……お前も割と古めかしい感じあるぞ」
「は?」
話が脱線しかけたのを感じたのか、半ば強引に相楽が割って入る。流石は上司、年の功と言った所で相楽の割り込むタイミングは常に完璧だ。
「どんな怪異だ?」
「俺が出会ったのは2種類ですね。片方は群れて出て来る事が多いようでした。似たような怪異の集合体だったので、ミソギと雨宮は奴等をコモンズだ何だと言っていたような……」
「ああ、レアじゃないってな。お前等の年代って独特のネーミングセンスあるよなあ。おっさん、着いて行けねぇわ」
「それでもう一体なんですが、これは完全に単体。とはいえ、例のコモンズよりずっと強い怪異だという印象がありました。俺は1回しか出会いませんでしたが、水溜まりの中から出現したので一定量の水がある場所ならどこへでも移動出来るのかもしれません」
相楽が顔をしかめる。
「それは厄介だな。雨が降ってるし、何より『そのぎ公園』にはランニングコースと同じくらい水の流れが引いてある」
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