09.勘違い

「繋がらないな。ところで、話は変わるが――」

「おい、何の話に変わるつもりだ」


 助手席に座っているトキが段々と苛々しているのが分かる。勿体振った話し方を嫌うせいだろうが、好きで勿体付けている訳では無い事を察して欲しい。見えてはいないだろうが肩を竦めた十束は、霊障センターで蛍火に聞いた情報を共有する事にした。


「蛍火さんから聞いたが、雨宮の霊障は怪異がまだいるから消えないのであって、公園を攻略出来れば良くなるかもしれないそうだ」

「それは聞いた」

「聞いた? だがお前、センターに一人で行くのは嫌だといつだったか言っていなかったか? 蛍火さんはミソギにその話をするのを嫌っていたし」


 ――「何だか少しだけ危うい感じあるんだよね、彼女。除霊師って決して暇な職業じゃないのに週に1回とか2回とか見舞いに来るし。アホな事が起きないようにする為にも内密に頼むよ」、いつだったか蛍火が言っていた言葉だ。かなりせがんで雨宮の経過を聞いた時、溜息混じりに教えてくれた。

 そしてその話を聞いた時に、トキはいなかったはずだ。というか、自分と彼が一緒に雨宮の見舞いへ行った事は一度たりともない。

 そういった事情をさらっと無視したトキはこちらの疑問を懇切丁寧に説明する訳もなく、むしろ逆に訊ねて来た。


「で、何故いきなりそんな話をした」

「いや、今回の仕事はそのぎ公園だろう? あわよくば――出来れば、あの怪異を消滅させたいじゃないか」

「そんなものは相楽さん次第だ。私達がどうこう出来る問題ではない。勝手な行動は慎めよ、余計な犠牲者を出さない為にもな」


 そう、今回は雨宮のような犠牲者を出さないように立ち回る必要がある。脳裏を過ぎるのは、先日の『供花の館』だ。自分達が啀み合うばかりに相楽、ひいてはミソギの手を煩わせてしまった。

 今日の仕事にそういうミスは許されない。ここにいる怪異は『キョウカさん』よりも手強いのだから、仲間内のいざこざに手を焼いている暇は無いのだ。


「それなんだが、今回は俺達も啀み合わない方向で行こう。場所が場所だし、忘れろという方が無理だが雨宮の件は一旦脇に置いておいてくれないか? 奇譚の件で俺達が揉めると周囲に迷惑だ」

「はあ? 雨宮の件で私が揉めた事は一度も無い」

「え? いやいやいや! 3年前のあの日、雨宮を放置して行った俺の事を未だに赦せないんじゃないのか?」


 とうとうトキが振り返った。キレ顔を拝めるかと思ったが、予想に反して「何を言っているんだこいつは……」、という困惑の表情である。


「終わった事をいつまでも突いたところで時間の無駄だ。あの場にいなかった私が、貴様等の判断をいちいち咎めてられるか、馬鹿馬鹿しい」

「ええー……。いや、お前、奇譚以降、俺に態度悪いじゃないか」

「? 私の態度が悪いのではなく、ミソギの態度が悪いだろ。お前あれに何かしたのか? お前がいる時だけ本当に落ち着きが無い。あと、私がお前に対して苛立っているのは別の理由だッ!!」


 ――全く記憶に無い。

 というか、雨宮の件以外に思い当たる節が無い。確かに、そう言われてみればトキその人は仕事さえ絡まなければいつも通り、のような気もする。


 ちょっと良いすか、と完全に車内の空気と化していた南雲が口を開いた。この狭い車内で身内同士の話を聞かされて辟易していたのかもしれない。悪い事をした。


「先輩、結局あんた、十束さんの何が気に障るんすか? そこまで腹を割って話したのなら、そのへんも解決しといた方が良いっすよ。今日は共同の仕事な訳だし」


 ミソギの挙動に対して流れそうだった話を見事に軌道修正してくれる。心中で彼に合掌しつつ、トキの言葉を待った。


「ふん、死にたがりの面倒など見られるかという話だ。貴様の自殺志願かと思うような最近の動きは癪に障る」

「いや、俺にそんなつもりは……」

「救援はッ! もっと早くに上げろ!! お前は放っておけばいつの間にか死んでいそうで見ていられない。死にたがりは余所でやれよ、愚図!」

「そ、そこまで言う必要は無くないか?」


 だから文句を言う時に雨宮を引き合いに出すのか。そういえば、あの時は確かに生存意欲的なものが今以上にあった気がする。

 トキの言葉数が少ないのと、自分の思い込みが致命的な勘違いを生んでいたようだ。更に、トキ曰くミソギの挙動。これも勘違いに拍車を掛けていたのだろう。しかし、ミソギは何故――


「なあ、もうそろそろ着くんだが……」


 申し訳無さそうに差し込まれた氷雨の声で我に返る。かなり言い辛そうに話題を切り出したので、随分前から上記の台詞を言うタイミングを考えていたのかもしれない。何でこんなに内気なのだろうか、彼は。


「そういえば、そのぎ公園のルームID送られてるんすよね。今のうちに、部屋覗いてみます」


 アプリを軽く操作した南雲が素早くスマホの画面をスワイプする。手慣れた動きだ。


「どうだ?」

「どうもこうも、迷い込んだ赤札さんはまだ生存してるな。転々と移動してる、みたいな事が書かれてる。何かに追われてんのか?」

「まあ、そのぎ公園で、しかも雨だ。怪異に追われているだろうな」

「へぇ……。つか、まさかこの赤札がミソギ先輩とかじゃないよな?」


 返事に窮した。確証が無い以上、絶対に違うとは言い切れないからだ。

 車の速度が落ちる、見れば、そのぎ公園脇に車が停車したようだった。

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