02.時刻

 考えがあるんだけど、と不意に申し出たのはアカリだった。隠し事に向かないトキの表情が目に見えて険しくなる。彼女の存在を疑っている、と言わんばかりだが隠し事が上手な大人である紫門は優しげな笑みを浮かべて問い掛けた。


「どうかしたのかい?」

「えーっと、あたしはずっと学校にいるから分からないけれど、今って本当は4時じゃないんでしょ?」

「そうだね。少なくともボクはそう思うけれど」

「学校の時計は、4階の大時計と同じ時間に合わせられるんだよ」

「へぇ……」


 その一言で何事かを察したらしい紫門が考え込むように黙る。その間、何の事だか分からなかった南雲は傍らに立っているトキに訊ねた。


「先輩、時計が合わせられてたら何かあるんすか?」

「お前は吃驚する程頭が悪いな。いいか、学校にある時計がその大時計とやらと連動しているのならば、その大時計の時間を強制的にでも変えてしまえば――少なくとも校内の時計はその時間に合わせられる」

「ああ! ……え。でも実際の時刻はそのまま変わらないんすよね?」

「馬鹿! ここは最早異界。外から来た私達の持ち込んだ時刻を示すスマホやら何やらまで時刻が上書きされている状態だ。つまり、校舎内にいる以上その時刻を決定付けるのはあくまで『学校』という訳だ」


 つまり、校舎内にある時計の時刻を4時44分以外に設定できるのならば、大鏡の七不思議は時間外という訳で活動を停止する、という事らしい。あまりにも突飛な話で理解が追い付かないが、ベテランであるトキと紫門の間では共通理解となっているようだ。


「それにしても、俺なんて説明されたって全然、意味不明なのによくアカリちゃんってばそんな事思い付きましたよね」

「ふん。思い付いたのではなく、知っていたのかもしれないな」

「……ああ、そういう感じ」


 確認しておきたい事があるのだけれど、とアカリと会話していた紫門が全員に向かってそう言った。


「七不思議について、今のうちにおさらいしておこうか。あと触ってないのはどことどこ?」


 アカリが指折り数えて思案する。


「1つ目、『飛ぶ生首』。2つ目、『勝手に鳴るピアノ』。3つ目、『十三階段』。4つ目、『体育館のボール』。5つ目『4時44分の大鏡』。6つ目『開かずの間』だね!」

「うえっ、もう6個出会ってんのか、俺等」

「アカリ、7つ目の七不思議は何だ?」


 首を捻ったアカリは、ややあってトキの問いに答えた。


「分からないや! 聞いた気もするんだけど……何だったかな」

「おい、本当に覚えていないのか?」

「記憶に無い――あれ? ミソギさんは?」

「……何?」


 思い掛けない言葉に、驚き目を見開いたトキが周囲を見回す。それに倣って南雲もまた今居る人数を数えてみたが、明らかに3人しかいないしミソギの姿も無い。そういえば少し前から何か静か過ぎるような気がしていた。

 空気が凍り付き、言い難い沈黙が満ちる。

 しかし、そのお陰で遠ざかって行く足音を確かに聞いた。トーン、トーン、と階段を下りて行く靴の音。


「開かずの間かッ! 待て、行くな!!」


 血相を変えた様子のトキが身を翻し、異様な俊足で階段を駆け下りて行く。その光景とカミツレが鏡の中へ消えて行った光景が重なった。

 止める暇も無く、一瞬で視界から消えて行ったトキを尻目に茫然と立ち尽くす。


「え、えー……。ま、待ってくださいセンパーイ! 俺も一緒に行き――」

「待つんだ、南雲くん。ボクを一人放置してどこへ行くつもりだい? まさか、君みたいな純情そうな子犬ちゃんが放置プレイ!? いいねぇ、ギャップ萌えってやつかあ……」

「いや、ちげぇし! 待って! マジで俺の事置いていかないでよ、センパーイ!!」


 あまりにも悲惨な状況に目の奥がツン、と痛くなってくる。カミツレの時に同じ目に遭ったはずなのに繰り返される惨劇。行方不明者は1人から2人に増えるし、面倒事も同時に倍増する始末。

 がっくりと肩を落としていると、紫門からその肩をがっちりと掴まれた。


「ひぃっ!?」

「失礼じゃないか、その反応! どうせなら恥を捨ててボクに向かって来なきゃ。具体的に言うと、罵詈雑言を浴びせて欲しい」

「ひっ……!? い、いやいやそれどころじゃ無いっしょ! トキ先輩達、追わなきゃ!」

「いやいいよ。今は鏡が先だ。大時計へ行こう、ボク達に有利なフィールドを取り戻しに、ね」

「う……。仕方無い、か。分かりました。先にそっち行きます」

「良い子なんだけどねえ。毒が足りないよ、君には。実は優しい子なのかい? ボクには優しくしないで欲しいのだけれど」

「もう黙ってろよアンタ! ……あ、いや、黙り込まれても嫌だし、適度に喋ってろオラアッ!」


 クツクツと笑った紫門がしっかりした足取りで進み始める。ここへは来た事もないはずなのに、実にたゆみ無い足取りだ。アカリに案内して貰った方が早いのでは――


「あれ!? アカリちゃん、いねぇじゃん!」

「いなくなってしまったね。ボク達が騒いでいる間に。まあ、恐らく仕込みでもしているんだろう。大時計を処理してしまったらまた現れるさ」

「仕込み? というか、場所分かるんすか、紫門さん」

「分かるよ。アカリちゃんが4階だと言っていただろう?」

「4階のどこなのかも分からねぇじゃん……」

「ふふ。この学校は外から見える大きな時計がある箇所だけが他のフロアより高い。つまり、実質大時計がある所にしか4階というフロアは存在しないのさ。そして、4階へ辿り着けるのは恐らくこの踊り場から真っ直ぐ上がって行く階段だ」

「へぇ。変態じみた事ばっか考えてる訳じゃないんすね」

「何を言っているんだか。仕事をした上でああいう発言をしなければ、ボクはすぐ警察に突き出されてしまうよ!」


 ――だろうな……。コイツ使えなかったら、即通報されそうな言動だし。

 ポテンシャルが高い。それだけで彼には価値があるが、自らの価値を暴落させるような発言は如何なものか。人とはよく分からない生き物である。

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