第22話 呪詛と呼ばれる限定式

 呪い、呪詛、と呼ばれるものは現存する。そして、その多くは潜伏しておらず、既に発動しているものばかりだ。

 呪術式と呼ばれるものもあるが、呪詛はこれに該当しない。むしろ、魔術の領分である。


 死の間際に呪いをかけた。

 よくある話だが、よくあるのだからそれは、現実に存在する。


 もちろんそれは悪いイメージであるし、黒い感情を前面に出して呪うことは多いが、魔術の中では学問として、それを呪詛ではなく限定式と呼称することもある。


 原理は、魔術と同じだ。

 たとえば死の間際、敵対した相手に呪詛をかける場合、そのほとんどが相手の血液への施術となる。これは持続性を高めるためだが、しかし。

 そもそも――。

 呪詛と呼ばれるものは、己の身を削る。


 牛の刻参りと聞けば、知っている人も多いのではないだろうか。

 正式な手順こそあれど、藁人形と五寸釘のイメージは浮かびやすく、また、知名度が高いのは、やり方がそれほど難しくないのも一つの要因だろう。

 だが、表に出ていない部分も含めて、かなりの数が行われていると、あまりにも結果が伴ってはいない。


 ――何故か。

 足りないからだ。


 対価と代償である。


 第15話でも触れたが、何も失わずに何かを得ることは、ない。

 あくまでも、たとえの話であって、現実的だと思わないで欲しいが――たとえば、藁人形ならば。

 人形は自分と相手の中間地点となる。

 簡単に言おう。

 呪う人と呪われる人は、対等である。

 呪おうと思った経緯など、関係がない。呪詛をかける時点で、対等だ。

 ゆえに、相手の命を奪うなら、自分の命をささげる必要がある。


 死の間際の呪詛は、その典型だ。

 そもそも命なんてものは、世界であってもその価値を定義できていない。ただ、よほど重要であることを知っているだけ。

 間際であっても、命は命。

 生きているか、死んでいるか、この二つが結果であるのならば、死の間際であっても命は賭けられる――と。

 理屈ではそうだが、厳密に考えれば、命を代価として魔力不足を補い、自身を壊してでも術式の発現が何度可能か、なんて考察をしたのならば、回数という明確な数値と共に、死にかけか万全か、なんて比較もできてしまうのだが。


 魔術の中には条件付けを行うものが多い。いわゆる範囲指定などがそうだが、呪詛の場合は限定式と呼ぶ。

 特に、特にこの術式は、対象を極端に絞る。

 相手がそこに居るのだ、そして内容も極端でいい。

 強い感情をぶつければ、それだけで刻まれる。

 複雑な式など必要ない。己の命を削り、相手の命たりうるものを削るだけだ。


 では何故、血への施術になるのか。

 生きている限り、血液は心臓に直結するからだ。


 内容がどうであれ。

 それが一番効果的であり、心臓そのものよりも、循環する血液に標的が行く。


 しかし、容易いものではない。

 複雑ではないにせよ、やはり式は必要であるし、自分を壊すほどの負の感情をぶつけるのは、それこそ死の間際でないと難しいだろう。


 持続性も、あるにはある。

 多くの場合において、呪いは遺伝する。血液への施術だから、解除が非常に困難であり、子の代に継がれてしまう。

 ――では、発動条件は?

 呪われた本人ならば、呪われた時点で自覚するだろうが、実はのちの世代の場合は、そこに条件がある。


 知ることだ。

 どういう呪いなのかを、知ること。


 知った時点でそれは発動する。知らなければ、発動はしない。

 ただし気をつける問題があり、それは、気をつけたら終わりという、矛盾を孕む。つまり――呪いなんてものは、発動するよう仕込まれているもので、予兆にも似た因子が、必ず存在するのだ。

 だから、気付かないよう気をつける。気をつけて気付いたら終わり。


 呪いの度合いは世代を重ねるごとに薄くなるが、先祖返りと呼ばれるものは必ず存在し、それと共に呪いも戻るので、ほぼ永代に渡って続けられる。

 解除の方法は、ある。

 次の世代を作らないか、――呪い返しを成立させるか。この二つだ。

 ただ、大半の呪いは対象である当人だけに意識が向くので、次世代には引き継がない場合が多い。子供は両親の血混じりであり、その時点で雑味を異物と捉えて解除されるのである。

 そのあたりは、精密な魔術構造と似たようなものか。


 いずれにせよ、呪うことも呪われることも、避けるべきだ。

 何もかもを除外させて、対象と効果をほぼ単一になるまで限定した術式ほど、効果的でかつ、恐ろしいものはない。


 ちなみに。

 魔術的に考察したのならば、人間が事実を、呪いであると表現する場合もある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る