第20話 魔力回復薬が一般化されない理由

 集積陣の話で先述したものと、重なる部分があることはご容赦願いたい。


 魔力容量と、魔力保持量の話をしよう。液体そのものと、それを入れる器の話だ。

 容器に対して、人間が不具合なく保てるのは、せりぜい八割の量である。いわゆるこれが適量であり、以上を求めることは可能だが、躰を壊す。


 では、最低量はどこにあるだろうか。


 最大量が100でないよう、最小値も0ではない。これは人に寄るが――おおよそ、魔力が枯渇したと魔術師が口にした場合、容器の一割、つまり10残った状態を指す。

 第7話にておおよそは説明しているが、0になった時点で人は生きられない。魔力の自然回復そのものにも、自分の魔力が必要だからだ。


 唐突だが、こんな談話がある。

 術式を扱うきっかけはさまざまだが、自分が使えることを自覚した者は、より高みを目指そうと、先人の魔術師に教えを請う。

 そこで彼は、火の玉を六つ、軽く発生させて見せた。

 どうだ、もっと数を増やしてみたい。威力も高めたい。


 ――返答はこうだ。

「オイルボールにマッチを擦って遊んでろ」


 数を増やしても、威力を高めても、比例して魔力消費量が上がり、維持できる時間は下り坂だ。

 オイルボールに糸をつけて、操る技術を学んだ方が、はるかに有用であると、揶揄した話である。事実、魔術師は術式の構成を研究する反面、常に意識しているのは魔力消費量を僅かでも提げる方法だ。

 研究者ではなく、現場の魔術師において、これが最大の必須条件とも言えよう。


 だからこそ、魔力の回復を求めたがる。


 では効率の話だ。


 魔力浸透率の高い、最高級の宝石、つまり魔術素材がここにあったとしよう。果てしなく金額が高いので、物品の明言は避けておこう。世の魔術師が欲しがるといけない。私も過去、二度ほど手に入れたこともあるが、贅沢だろう。

 現実の話だ。

 この宝石には100の魔力を入れても、余りがある。つまり、100の魔力を使った術式を一緒に組み込んでおけば、起動用の僅かな魔力で稼働する魔術品となるわけだが――では。

 これを、魔力回復のための宝石、魔力回復薬にしてみよう。

 では取り急ぎ100の魔力を内部に入れて、さて結果は?

 溜まるのはせいぜい、30くらいなものだ。ただ、宝石の内部に魔力を入れる術式を作って、言うなれば水を送るための水路を作る程度の簡単な術式なのに、宝石という一つの壁を隔てただけで、それだけの損失ロスが発生する。

 仕方ない、自分の魔力回復の時間を待って、同じことを何度か繰り返す。しかし、大半の魔術師は、二度目に同じことをやると、20も入らない現実にほかの手段を選択するだろう。

 それでもなんとか100の魔力を入れた頃には、軽く三年ほどは経過しているはずだが、ともかく。

 実際にその宝石を、魔力回復のために、口の中に入れて砕いてみれば、支払った金額の味と共に、50ほど回復できた現実が訪れて、目の前が真っ暗になるはずだ。


 魔力と呼ばれるものは、それほど効率が悪いのだ。


 他人の魔力と、自分の魔力は違う。もちろん自然界の魔力も違うものだ。

 なんであれ、一番の近道は、魔力を使わないこと、そこに尽きる。


 つまり、魔力回復薬など、幻想にすぎないと思った方が良い。術式における魔力運用の効率化を求めろと、そういう先人を見習うべきだ。

 しかし、試してみるのは悪くない。

 懐にあるはずの金が、消えてなくならないくらいなら。

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