第15話 代償と対価、制約と条件
世の中のあらゆることに、対価は存在する。
食料を買うには、金がいる。金を得るためには労力がいる。労力を得るために食事をとる――これは、
しかし、ここに等価交換の原則は、該当しないことを念頭にして欲しい。
理想を言えば、等価交換であるべきなのだろうけれど、現実においても魔術的においても、等価交換の場面の方が珍しい。
何故かというと、そもそも、それが〝等価〟であると断じられるだけの要素が、非常に少ないからだ。
たとえば、店によって同じ野菜であっても金額は変わる。欲しいものならば、欲しいという欲求ぶんの〝上乗せ〟をするだろうし、逆も然り。その状況、その場面、物理的なものから精神的なもので、そのバランスを見極めることができたのならば、もうその時点で、魔術師としては超一流の領域に至るだろう。
ただ、総合して、対価と呼ばれるものが〝少ない〟ことは稀だ。大抵の場合は多く、けれど、それが〝損〟ではないことを、前提にして欲しい。ぎりぎりまで見極めて、その量をだいぶ多いから、ちょっと多いくらいにするのが、経験でもある。
術式だとて、少ない魔力では発動しない。均等か、少し多いくらいが丁度良かったりもするし――多すぎれば、暴走を招くものだ。
本来ならば対価を支払って得るものを、先に得た場合において、後に支払うものが――代償、そう呼ばれるものである。
魔術の世界では、対価として期待できないものへの支払い、という意味合いが強い。
過ぎた欲求を願えば、それが叶った時に必ず、何かを奪われる。
だがそれでもと、先を求めれば、先そのものが代償になる。こちらから選べない、ただ、奪われるだけ――先に得ることとは、それだけの危険性を孕む。
目を失った人の、こんな話は、聞いたことがあるだろうか。
視力を失ったその人は、そのぶん聴覚を発達させ、時には手を叩き合わせるよう音を出して、周囲の立体を把握したそうだ。
これは対価でなく、代償である。
つまり、言っては悪いが、視力を失った代償として、そのぶん聴覚を更に得た。
これが、とても危険な考えであることを、まず伝えておく。
そして多くの魔術師が勘違いをして、犠牲になった事実もあると、覚えておいて欲しい。
――視力を失ったその人は、ただ、幸運だっただけだ。
視力を失えば必ず聴覚が発達する、これは〝対価〟だ。代償の場合は、かもしれない、と付け加えなくてはならない。
だから、代償を先に支払えば何かを得られるはずだ、と考えるのは間違いだ。
ただ、胸の中にぽっかりと空いた穴のようなものを、得ることだってある。
対価と代償に関しては、実は、術式の中にはよく出てくる問題の一つだ。利便性というものの壁としては、有名である。
それこそ――対価の大小を考察するのならば、火の術式を使うより、ライターを買った方がよっぽど、小さい対価で済む。
さて、術式に関連しては魔力を対価にしているわけだが、構成そのものが〝現実的〟かどうかも、問題になる。そこで制約と条件を加えるのだが、それ自体が対価でもあるのだから、魔術というのは厄介だ。
先述した自動人形の話で、範囲の設定があったと思うが、これが制約と条件に含まれる。
なんでもできる、というのは幅が広すぎるため、枠組みを作るのだが、それ自体が制約だ。そして
まあなんだ、似ているようで違うもの。状況に応じて言い方と使い方が変わるのだ。
火系術式には、そもそも、最初から制限が設けられている。いや、それはどんな術式でも同じだ。その制限を突破できるか、あるいは、するかどうかは、魔術師の考え次第である。
制限がなければどうなるか?
そこにあるのは、黒焦げの屍体だろう。
威力の制御――あるいは、制限。仮に術者が火への対策をしていたところで、制限がなければ、それこそ世界中の〝火〟と呼ばれる属性を一ヶ所に集めることになる。
何もないところから火が生まれないのと同様に、生まれた火は際限なくそれを火として定義される。
つまり制限とは、身の丈に合った、使いやすくするために必要なものであり、条件とは、状況に対して扱うものが多くなる。
制限、あるいは束縛。
自由なんてのは、ルールの中にしか作られない。そう〝定義〟されているし、それこそが束縛なのだけれど、人はその〝外〟に出られない。出たら出たで、無法と呼ばれるルールがあるだけのこと。
対価を合わせる、なんて表現もある。
何事においても、自分が支払える限界はあるのだから、それ以上を求めないのが〝現状〟での賢い選択だ。
それを良しとしないのも、魔術師としては、ありふれた思考でもあるが。
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