第13話 形而上の存在と仮定の構想

 魔術的な思考をする場合、現存するものでもそうだが、何より、現存しないものへの考察をする必要が出てくる。あるいは、存在はするだろうけれど、認識が非常に難しいものへの理解だ。

 この場合、必ず前提として〝仮定〟を組み込む必要がある。

 感覚的に捉えることが難しい、いわゆる形而上けいじじょうのものを、仮定によってわかりやすい形にして捉えるわけだ。


 たとえば、過去と現在の境界線はどこにある? 現在と未来の境界線は? 内側と外側の区切りの中心は? 人と繋がった縁の行く先と、切り方は?


 あるいは、これを、答えの出ない問題とするのかもしれない。


 魔術の中には、個人を〝個人〟と確定させるために、存在律レゾンという言葉を使う。つまり他人とは違う、唯一のものと定義するわけだ。

 何故これが必要なのかと問われれば、自身と同一のものが存在することが、世界法則ルールオブワールドの内部に設定されていないからだ。

 自分と同じものは、どう足掻いても作れない。だが逆に、かなり精密な自分と同じものが造れてしまった場合に、自身の消滅を招く可能性を否定できなくなる。


 この存在律こそ、自己への埋没の〝先〟にある真理の一つだ。

 これは世界樹構想にも影響を与えている。


 世界という器そのものを、大きな樹木として仮定した発想は、古くから存在する。魔術的な思考をするならば、樹木のサイズを規定しないところから始める。

 大きなものから小さなものではなく、まず、小さなものから想定を始める。多くの魔術師はこう言うだろう――枝の先、そこについた葉こそが、個人と呼ばれる人間だと。

 葉が人間の数だけあるのならば、枝の総数も多くなることは想定できるが、だからといってその幹のサイズまでは確定するのが難しく、それが一本なのか、枝分かれした片方なのか、そこのあたりは〝想像〟の領域になってしまう。

 実は、この世界樹において世界を当てはめるのは、魔術師としては初歩の話になる。

 枝が折れて多くの葉が落ちてしまうならば、それは自然災害。陽光を浴びて果実を育てるのならば、果実そのものは枝や葉の負担になる、人間の天敵の存在。時には枯れそうな枝を、小さな村や集落に当てはめることもある。


 葉は、触れ合うことはあっても、それが同一になることはない――が、枝という存在で繋がっている。

 これが、人と人とを繋ぐ〝縁〟だ。

 誰にも影響を与えず、あるいは貰わず、ただ一人で孤独に生きられる人間は、、いない。いや、いないと断言はしないにせよ、困難だ。だって、どのような生活をしていたって、誰かの生活の残滓、あるいは気配を感じることがある。

 部屋に閉じこもっていたって、外に行けば〝誰か〟がいると、知っているはずだから。


 無数に走る枝が、ある種のネットワークを構築することから、縁の電子ネットなんて比喩もある。

 であるのならば、その枝を把握できるか? ――これは、難しい。何故ならば、幹と枝との境界線が曖昧である以上、全体図の把握ならば高高度の位置に存在すれば――世界の管理者の位置だ――可能かもしれないが、現実味を帯びない。


 だが、枝の中を流れる水ならば?


 その流れを見渡せる場所が、存在する。人と人が織りなすネットワークを俯瞰できるそこを、形而界けいじかいと呼ぶ。

 そこで暮らせる存在は、ほぼゼロと思って構わない。人はその上部構造にアクセスはできないし、触れることもない――ただ、存在を確認できるだけ。

 ゆえに、暮らせているモノは、もう、人間ではないだろう。


 仮定の構想から現実へと結びつけ、情報を得る。

 これもまた魔術師にとって、発想の飛躍と共に、必要な過程だ。


 ――世界の解明が、魔術の探求と、同一だからだ。


 勘違いしないで欲しい。

 そこに、意味など、ない。

 理由など必要もない。


 自分の存在する理由も、意味も、そんなものはどれほど探しても、どこにも落ちていない。人なんてのは根源的に歯車だ。英雄にもなれないし、特別にもなれない。


 ――それがどうした。


 魔術師のほとんどは、あっさりと、ともすれば疑問を抱くよう首を傾げながら、そんなことを言う。

 そんなものが、探求しない理由になるのかと、まるで特別視していないような、当たり前の顔で、口にする。

 それが良いとも悪いとも言わない。

 ただ、探求者としては、ありふれた態度だろう。



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