第11話 支配領域の存在

 現実に浸食可能な領域の段階を、支配領域ドメインと呼ぶ。

 これは体験することで、強く実感することであるが、求めるものではないことを覚えておいて欲しい。

 ただ、魔術師の力量そのものであることも、確かだ。


 マトリョーシカをイメージすると、少しわかりやすいかもしれない。大きいものの中には、似たような小さいものが入っている。その大小こそが、支配領域ドメインの違いだ。


 自分が把握している範囲があったとしよう。

 この中ならば充分な理解を得られたと思って、ふと外に出たのならば、それは部屋の中にある箱でしかなかった。

 部屋から出れば、それは家の一部だとわかる。家を出たら、都市の一部であることにも気付くはずだ。

 これが、魔術における支配領域の差になるのだが、これを実感する時には、一緒に絶望までついてくることが多い。


 掌握、把握という言葉を、支配と呼んでいる。


 部屋にいる魔術師は、箱そのものを掌握しており、家にいる者は部屋を把握している――つまり、下位のものを、支配している。

 現実に――。

 部屋の魔術師が、家の魔術師と対峙した場合、部屋の使う術式の全てが、家にとっては遊びでしかない。隔絶、そう、隔たれたその領域の差は如実に現れ、手も足も出ないどころか、術式の発動さえ困難になる。


 掌握、把握、そして支配――それは、魔術師にとって術式が〝使える〟ことが始まりに過ぎず、きちんと〝扱える〟ことが前提になるのと同様に。

 支配とは、その術式の領域において、対応の仕方まで熟知しており、術式の解除などもその視野に入れている。

 レベルが違う――というのも、似ているが本質ではなく。

 単純な大小でもなく。


 ある種の拡大解釈をすれば、人間が世界を変えられないのと、同じだ。


 もちろんその差が、絶対的とは言わないが、対応が不可能に近いのは確かだろう。

 部屋にいる者が、態勢を崩して思わず箱を踏んでしまうように、箱の中の者はそれを棲家が急に崩れだしたと勘違いするしか、ないのだから。


 そして最大の問題は、日常的に魔術の研究をしていたところで、今ここにいる自分が、箱の中か、部屋の中か、家の中か、そのいずれも、わからないことだ。

 わかるのは、対峙した相手が存在すること。

 ――しかも、下にせよ、上にせよ、別格と呼ばれるほどの実力差があってこそ、支配領域の差を痛感する。


 だが、単純に露見するものもある。


 それが、魔力を意図的に展開した自己領域の差である。


 この戦闘において、術式の発動に際してタイムラグを限りなく小さくするため、錬度の高い魔術師は最初から自分の魔力を周囲に展開しておき、構成を展開した時点で即発動可能な領域を作り上げる。

 ――大げさなものになれば、相手を含めた戦闘範囲に、地水火風天冥雷の全属性を通常の三倍ほどに強化するような、まあ、私だが、そうすることで自分の術式に周囲を適応させると、戦闘はやりやすい。

 この時、では、私の魔力が充満している領域の中で、どうやって自分を保つかといえば、もちろん、自分の魔力を展開して領域そのものを押し返せば良い。

 言うほど単純ではなく、差があれば押し返す前に飲まれて何もできなくなる。


 普段はわからないとはいえ、それを経験するかどうかは、魔術師としての成長に一役買う。逆に言えば、どれほどの魔術研究をしたところで、自分がどの程度の錬度なのかは、いくら自己に埋没してもわからず、他者との比較が必要である。


 支配領域ドメインは存在するが、それを求めるのは間違いであると、改めて伝えておく。

 あくまでもそれは、今まで積み重ねた〝結果〟であり――支配領域は作るものではなく、ただ、そこに差として存在するだけのものでしかない。



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