魔術の知識編

第7話 暴走の危険性と安全装置

 術式の暴走、その約八割の原因は、魔力多寡たかにある。

 まず、知っておいて欲しいのは、魔力が〝枯渇こかつ〟した時点で、人はもう生きられない。食料がなければ三週間、水がなければ三日しか、人が生きられないのと同様に、魔力を全て使い尽くした先にあるのは、死そのものである。

 仮に――。

 その際、自分の魔力に順応可能な魔力を与えられる高位魔術師であり、かつ、医療に精通した、いわば医師が存在したのならば、生還の〝可能性だけ〟は、生まれるだろう。


 魔力とは、あふれ出る水では、ない。


 私はよく、湯船に例えることが多い。

 蛇口があり、湯船があり、栓がある。しかし、この三つについての〝サイズ〟は、人によってばらばらであるし、全てが大きい者もいれば、栓だけが小さかったり、蛇口だけ小さかったりと、ある意味では理不尽だ。

 ただし、熟練したのならば、ある程度はコントロールできるものだと覚えておいて欲しい。あくまでも、ある程度、ではあるが。

 蛇口から出ている水を魔力だと仮定し、これはずっと流れ続けている。つまり、常に湯船を満たそうとしているわけだ。そして術式を使う時には栓が外れ、魔力が魔術回路へと流れ込んでいく。


 わかるだろうか。

 どれほど大規模な術式を使おうにも、栓が小さければ時間がかかる。湯船がいくら大きくて、蛇口から大量の水が出ていても、だ。

 逆に蛇口が小さいと、使った魔力の回復が遅い。大きければ一日で済むところ、小さければ四日かかる――なんて状況を想定したのならば、魔力の枯渇に、誰かの助けがあっても、小さい者の方が危険性が高いことはうかがえる。

 長所、短所はそれぞれあるし、個人が合わせるしかないものだ。


 魔力は常に、回復し続ける。湯船からあふれた魔力は、自然界への還元されているし、普段から自然界の魔力を内側に蓄えている――これが、基本だ。

 まあ、それ以外の〝真理〟に至ることもあって、確実に〝そう〟だと断言はしないが、基本であることは間違いない。

 ではどうして、枯渇すると危険なのか? ――それは、栓を〝閉じる〟ためにも、魔力が必要になるからだ。そして、その必要魔力は、蛇口から出てくる水では、足りないことがほとんどである。

 いかんせん――それがわかっていても、枯渇する危険とは、つまり、栓が閉じられなくなる場合がほとんどだ。


 術式の完成と同時に、制御を失って暴走を始める――それを避けることはもちろん、避けられなかった場合のことは考えておくべきだろう。


 そこで、魔術師の多くは安全装置セイフティを作る。


 魔力量の低下に伴う、強制的な安全弁もそうだが、実は術式それ自体に組み込む場合がほとんどである。

 単純な火系術式であっても、連続使用や同時使用における環境への影響などを考察したのならば、安全装置は作っておかなければ、自身の存在が危うくなる。自分が生み出した火だとて、それは火だ。己を焼くことだってある。

 複雑な術式になってもそれは、同様だ。魔術構成を組む際には、どこかに安全装置を組み込むようにして欲しい。それが落ちたのならば、必ず、強制終了するのが、安全装置の役目だ。

 であればこその、安全にするための装置なのだから。


 ――戒めとして、以下を記しておく。


 仮に、魔力が完全枯渇したところで、すぐに死に至るわけでは、ない。

 そしてまた、同時に、その状態であっても、術式を使うことは――可能だ。

 だが覚えておいて欲しい、これからその方法を記すが、可能であるというだけで、現実にできるかどうかは別物であることの、一つの証明なのだから。


 魔力がないなら、命を〝対価〟にする。


 心臓を主軸に据え、鼓動と共に流れる血液を魔術回路と同調シンクロさせると、展開した構成は具現可能である。

 だが、完成する可能性は一割に満たない。

 そして完成してもしなくとも、血が一気に逆流するような感覚と共に、全身が四散するような激痛で何もかもを塗りつぶされ、五感の全てが〝痛み〟に置き換わる。

 可能性は一割に満たない。

 この激痛に耐えられる者は、それ以下だ。

 命を対価にするというのは、寿命を削るのではなく、今鼓動している心臓を含む、生きている己を使うのだということを、刻んで欲しい。


 やるな、とは言わない。

 だが、やるべきではないと、伝えておく。



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