第7話

 9月も終わると言うのに、昼間は相変らずの蒸し暑さに包まれたここ松山空港に降り立ったのは、雅彦の会社TSO(the syllabary order)の重役達。

日本国内の、たかが県との契約に重役がゾロゾロ出張る事は殆ど無い。社長の会田(あいだ)、もう一人の副社長 江田(えだ)、弁護士資格の有る織部(おりべ)、雅彦を含む四人の名字を切り取って並べると『あいうえお』になるのは全くの偶然だが……それはさておき、県とTSOの交渉が順調に進み、新たな観光キャラクターの作成も終了した今日は記者会見が有る。そのために彼らはやって来たのだ。


 ……と、それは建前で、じつは雅彦と薫の披露宴に出席&温泉を満喫するためにやって来たと言うのが本音だった。

 

 それと、未だ会わせてもらえない雅彦の愛妻をやっと拝めるのだ。この機会を逃してなるものか!(←実はここ一番重要な案件)と、三人は楽しみで仕方が無い。

 あの、愛想が無くて無口で、でも仕事には真摯で、女に冷たく容赦ない雅彦がどうも妻にメロメロらしいと言うではないか。

 まずは、挨拶して、手でも握って、話をしない事には収まらない(←何が?)

と三人は思っている。


 県との交渉を任せた営業からの報告では『海野副社長の奥さん、マジ天使』との事なので、期待はしている。

「でも、天使って……なぁ?」

 と会田はタクシーで県庁に向いながら言う、営業のセリフに疑心暗鬼なのだ。


 県庁に着いた三人は、受付嬢に声を掛け迎えを待った。


 今日の会見に雅彦は欠席だ。どうも華々しい席が苦手で、しかも私生活をなるべく仕事に持ち込みたくない薫が、絶対来ないで! と言うので出席は無しにした。別にイラストレーターが出席しなくても社長が出張ればそれで良いだろうと、会田を含め全員が思っていた。


 さて、そろいもそろって30代前半のまぁまぁイケてる男達、それも成功者がスーツを着てロビーに立っている様は、否が応でも人目を引く。ロビーを横切る女性達がチラチラと横目で眺めても彼らの視線は微動だにしない。

 やがて……視線の先のエレベーターがゆっくりと開いた。そこから現れたのは、淡いグレーの柔らかなワンピースに軽いジャケットを羽織って、職員証をぶら下げた小柄な女性、薫だ。


「おぉっ」


 まず、会田が声を上げた。脳内では『ロリ姫来た――――――っ!!!』と叫んでいたのだが。

 他の二人は声を忘れていた。何故なら、海野が描く理想が三次元で実在していたからだ。

「ロリ姫降臨」

 やっと江田が呟いた。未だ織部は言葉を失っている、喋るが仕事の弁護士のくせに。


 三次元のロリ姫は、ポカンと口を空けている男達三人に真面目な表情で向き直ると、まず会田に名刺を差し出して挨拶をした。

「はじめまして海野です、本日はお越し下さってありがとうございます。時間まで控え室にご案内致します」

「いぃ……」

 やっと織部が呟いた。完全に仕事を忘れている。

「はい?」

  声をかけられたのかと振りむいた薫に、慌てて手を振った三人は、大人しくエレベーターに乗り込んだ……


 エレベーターの中でも会田は薫をチラ見して上機嫌だ。今夜海野とは酒を呑みかわす約束が有る。さてさて、姫とのなりそめからこれまでを、どうやって寡黙なアイツに吐かそうか? 理系の天才で人たらしと言う稀有な存在の会田は、それが楽しみで楽しみで仕方がなかった。


 個人的な楽しみと仕事はイコールである会田にとって、雅彦から面白そうな話を引き出して、それを商品にする構想が早くも浮かんでいた。思わず頬が緩んでニヤリとしてしまう。

 会田が黒い構想を練っていたその時、薫の背に暑くも無いのに汗が一滴したたり落ちた。何となく嫌な予感がする。一見愛想良さそうだが、眼が笑っていない合田からは『立ち入り禁止、危険人物』の匂いしかしない……いや、気の所為だ。明日は結婚式だし、そうよきっとマリッジブルーとかいうヤツだわ。

 と、薫は安易な発想に逃げ込んだのだ。

 会田の脳内で、『ロリ姫とヤンデレ王子』と言うエロいゲームの発想がムクムクと浮かんでいようとは、薫には知る由もないのであった。


◇◆◇


「なぁ、ロリ姫ちゃん可愛かったな。俺、夕べも結婚式のビデオ観かえしちゃったよ」

「おま……会田、殺されるぞ海野(だんな)に。なんだってそんなに薫(かおる)さんに執着するわけ?」


 ここは㈱TSOの副社長室、この部屋の住人である江田(えだ)は、異常なスピードで入力(ブラインドタッチ)をしているが、顔はPCでは無く社長の会田に向けており、天才で変人の友人を嗜めている最中だ。


 海野の妻、薫に会ってから、会田はちょっとオカシイ(まぁ元々変な男ではあるが)なにせ、薫に対する執着が激しいのだ。

 だが、それは男性としての執着では無いようなので、江田は本気で叱る気は無い。しかし、海野が新婚旅行から戻ってきたら厄介な事になる。


「お前さぁ――どうしたい訳?」

 PCから手を離し、江田が椅子ごと会田に向き直った。

「う――ん」

 上等な椅子をクルクル回して遊んでいた会田は、ピタッと江田の正面で静止すると、手にしていたIpad proを起動させた。


「これ、カッコイイ題名に変えてくんない?」


 膨大な絵コンテと意味の分からない文字を羅列した画面の上部に書かれている題名、そこには……

「ロリ姫とヤンデレ王子だとぉ?! おまっ、これ海野に瞬殺された企画じゃん!」


 遡る事2週間前、ロリ姫の三次元物体である海野の妻、薫に初めて出会った会田は、翌日の結婚式、控室で新郎にこっぴどく叱られたのだ。その理由と言うのが……


「なぁ――海野ぉ、ロリ姫を主役にしたゲーム作りたいんだけど」

「どうせエロッエロのヤツだろ? 却下」

「そう言うなよ、俺夕べ、すっごい色々浮んじゃってさぁ。絶対ヒットするから、やらせて!」

「……ちなみにどんなのか言ってみろよ」

「うんっ♪ まずロリ姫の卵を10体ほど用意する、その中から自分のお気にいりを選ぶんだ。で、それを孵化させて成長させるわけ、オプションとかは、頭使う遊びでゲットするとか、手っ取り早く課金とかにさ――で、レベルを上げる毎に、ロリ姫がメチャセクシー&最強戦士になって、お楽しみのヤ……」

「……却下」


「えっ、何で?」

「お楽しみにヤンデレ王子が出るんだな、結局はエロだろ?」


 白いタキシードを着て、仁王立ちした海野はまさに怒れる王子だ。

 普段物静かだから、よけいにコワイ。こういう場面を何度も見てきた江田や織部だが、今日の海野の『オレサマモード』は最高潮だ。

 まぁ、今日の主役だけに当然ともいえる。

 静かに怒りを増幅させる、天才絵師海野と、ヘラヘラしている様に見えて、自分の望みはすべて叶える事が可能な天才プログラマーの睨み合いが続く。ハレの日だと言うのに、この険悪な空気は何????


「お前、ロリ姫が俺にとって何だか分かってるのか?」

「うん、薫ちゃんだろ? じゃあさ、ロリ姫二号を作ってくんない❤それで俺作るから」

「会田、それ以上喋ると、その滑らかな口をボンドでくっ付けるぞ」


 江田と織部の恐怖は最高潮に達した。当の会田はヘラヘラしているのが、はた目にはイタイ。この二人を止めるテクニックを持ち合わせて居ない江田と織部は既にお手上げた。

 いつもは大体、会田と江田の攻防を止めるのが海野の役目なのに、これはイカン! 焦った江田が部屋を出て助けを呼ぼうとしたその時……


「失礼します」


 甘い香りを漂わせて、薫が新郎の控室に入ってきた。


「雅彦さん、来ちゃった(笑)、本当は来ちゃいけないですって……でも……あ、あれ、どうしたの?」


 薫の姿を目にした男どもは、喧嘩を忘れて、と言うか、息をするのを忘れて見とれていた。


「「「「かっ、可愛い――――――っ!!!!」」」」

「……えっ、ほ。ほんとう? やだっ、恥かしい」


 白くて華奢な肩を露出させ、ジュエリーは大粒の真珠のチョーカーのみ、絞ったウエストからふんわりと落ちるスカートはパニエで膨らみ、上質なシルクが揺れている。まさにお姫様だ。口を空けて凝視する男どもの視線に、恥かしがってモジモジする薫は、ますます可愛い。


「お前ら見るな」

 突然我に返った海野が、薫の前に移動して視線から隠した。見るなって……これから式だっつ――のに、無理な話だ。


「薫、控室に戻りなさい」

「え、あっはい。皆さま失礼いたしました」


 ちょこんと頭を下げて、ロリ姫じゃなく、薫は新郎控室から出て行った。その後を追う海野。二人を見送った会田は、またホクホク顔だ。きっと良からぬ事を考えているに違いない。そう確信した江田には、悪い予感しかしなかった。


 ……とまぁ、これが結婚式の顛末だ。

 新婚旅行に発つ前、スカイプで会田と話をした時も、海野は釘を刺すのを忘れていなかったと言うのに……

 とは言うものの、会田のアイディアは何時も斬新で心惹かれる。だからこそこの会社は急成長し続けている訳で、画像をめくりながら、江田はいつしか会田の世界に見入っていた。


『男は全てヘンタイの要素を持っている。俺はそういう男どもに喜びを与えたい、ヘンタイ万歳!』が、ヘンタイ大魔王・会田のモットーだ。

 ヘンタイ要素を恥ずかしいと思いつつ、それを昇華させて芸術的なビジュアルを作り上げる海野とは正反対。と言うか、合わせ鏡の様な二人。はてさて……この企画は日の目を見るのだろうか? 素晴らしく、売れるに違いない企画だからこそ、江田は大きなため息を付いた。


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