3◆必殺技の行方

 短時間にいろんな事があったせいで、頭が混乱しそうだ。

 今後のためにも一端情報を整理しておくか。


 俺はVRシステムで創作した異世界にやってきて早々、巨大な植物型モンスターの罠にハマってその消化器官らしき場所に落とされた。


 抜け出そうと努力したものの能力が及ばず困っていると、さらに天井から可愛い美尻の女の子が降ってくる。


 エロリンという蒼髪の子はエロエロなビキニアーマーで誘惑しつつも、俺がコボルトであることから自分をこの場に誘い込んだ犯人なのではないかと疑った。


 だが、知性あふれる説得の末、信頼を勝ち得た俺は、ようやくこの薄暗い場所から脱出する目処を立てた。


 ……こんなところだろうか。 



 とにかく、こんな陰気な場所からはさっさと抜け出してしまおう。

 そしてエロリンとラブラブな夜の冒険に挑むんだ。


 そんなことをすれば、出版規制がかけられるおそれがあるが、その時はその時。

 愛より優先すべきものが世界のどこに存在しよう?


「と、言うわけで先生、お願いするでヤンス」


「なにが『と言うわけ』よ。一応言っておくけど、自分が抜け出すためであって、別にあんたの為ってわけじゃないんだからね」

 そんな『念押しテンプレ』を口にしながらも、エロリンは自分の身の丈ほどもある巨大な剣を水平に構える。


 鏡のような刀身を持つ聖剣は、鎧とセットで聖霊から与えられたもの。

 その性能は折り紙付きである。


 それに加え高スペック設定されたエロリンの力が加わるのだ。

 中ボスくらいまでは脳筋プレイでも楽に突破できるハズだ。

 ましてや物語冒頭で出くわした引き立て役を倒せないなんてあるハズがない。


 することのない俺は、気楽にエロリンの攻撃動作モーションを観察している。


 彼女が瞼を閉じて精神を集中させると、身体全体がボンヤリと光りはじめた。


 魔力の放出量があまりに多いため、魔法を使えないコボルトにも可視できるようだ。

 すさまじい魔力である。

 さすがは俺のヒロイン。


 だが、それを隙と見たのか壁の一部に突起物が現れ、そこから水鉄砲のように粘液が放出された。


 それは自ら視界を閉じていたエロリンの顔面を直撃する。

 彼女は口に入った粘液をペッペッと嫌そうに吐き出すと壁をにらみつけ構えを直した。


 見た感じには直接的な被害はないみたいだけど、相当な屈辱だったようで、魔力だけでなく怒りまでもが可視化されはじめた。


 彼女は身体に粘液を滴らせながらも、不安定な足場に思い切り踏み込む。

 そしてバットのごとくスイングさせると剣先を走らせた。


 きらめく聖剣は壁を見事に引き裂いた……が、その傷は脱出口となるほど大きくはなく、さらにはすぐに再生をはじめてしまう。


「「えっ?」」

 俺とエロリンの驚きが重なる。


「そんな嘘よ」

 信じられないのは俺も同じだった。


 先ほどエロリンが放ったのは、彼女の必殺技である『エロリカリバー』である。


 エロリカリバーには対星兵器とかいう馬鹿ギャグみたいな威力を設定してあるのだ。

 それは空から月が落ちてきても粉砕して問題解決できるレベルである。


 物語序盤で威力がセーブされているとしても、魔物一匹しとめられないハズがない。


 にもかかわらずこの結果はなんだ?


 エロリンはもう一度聖剣を構え、魔力を込める。

 すると先ほどとはちがう方向から突起物が現れ、粘液を吹きかけられた。


 魔力の集中に気を取られていた彼女はまたも回避できず、今度はむき出しの腹を汚された。


 だが、こんどはそれで挙動を止めたりはしない。


「このいい加減にしなさい、このエロモンスター!」

 正真正銘フルパワーの一撃を容赦なく放つ。


 しかしそれでもなお、紫味を帯びた壁を貫通することはできずに終わった。


「なんなのよいったい、こいつは!」

 エロリンはヤケになって聖剣で直に斬りつける。


 それを幾度となく繰り返すうちに傷はドンドンと広がっていった。


 しかしそれも、どこからともなく噴出された粘液を彼女が浴びると止められてしまう。

 ついに彼女はヌメりを帯びた聖剣を足下に落としてしまった。


 そして本人までもが顔を赤らめ崩れ落ちそうになる。


「あぶないでヤンス」

 とっさに崩れる彼女を抱えるように支える。


 巨大な剣を軽々振り回していた少女の身体は想像以上に軽く、そして冷たかった。


「ひょっとしてあの粘液、何か特殊な効果があるでヤンスか?」

 エロリンに効いて俺に効かないのは種族差だろうか?


 そういえば、俺には嫌な臭いをエロリンは『甘くて美味しそうな匂い』と言っていた。


 ということは、このモンスターにとってコボルトは補食の対象外なんだろう。故に噴出される粘液の対象にされない。


 あるいはふつうの人間も対象外で、エロリンのような特別枠の人間を誘い込み養分としているのかも。


 ふと彼女の身体についていた粘液が、無色から金色の光を帯びて落下していくのがみえた。

 そして目にみえて壁の再生速度が速まった。


「まさか?」

 エロリンの身体に傷はない。

 動けないのは単なる疲労だと思っていたが、この消耗は尋常ではない。


 そして、最弱のコボルトに影響がなく最強のエロリンにのみ疲労効果があるというのならソレはおそらく……、


「魔力吸収でヤンスか」

 吸われた魔力を利用しているのなら、この驚異の再生力にも納得できる。


 俺は解決の糸口を見つけると、必要なことを頭にまとめすぐさま行動に移す。

 脱力したエロリンからマントを剥ぎ、それで彼女の身体を拭って粘液を除去する。


 彼女は「なにすんのよ」と俺の行動を勘違いし拳を振るう。

 それは俺の頬に命中したが、ふつうの女の子程度の腕力しかなかった。


 それでも痛いことにはかわらず、思わず粘液に黄ばんだマントを足下に落とした。

 するとマントは徐々に純白を取り戻していく。


 やはりこのモンスターは魔力の強い標的に粘液を射出し、それを底から吸収して魔力を得る構造になっているのだ。


 コボルトに影響ないのは、もともと魔力がゼロに等しいからだろう。


 とにかく、これ以上彼女から魔力を吸わせるわけにはいかない。


 粘液がなくとも足場から魔力が吸われるかもしれない。

 そう考えた俺は、なけなしの力を振り絞ると、貧弱な身体で自分よりも背丈のある少女を持ち上げた。


 足場が柔らかいせいでふんばりにくい。

 でも、ここで彼女を落として、魔力を吸われ続ければ生死に関わるかもしれない。


 食料だって持ち込めてないのに、迂闊に消耗するわけにはいかない。


「はなしなさいっ、この痴漢犬っ!」

「駄目でヤンス。この粘液がアネさんから魔力を吸ってるでヤンス」


「でも、あたしがなんとかしないと……」

 彼女はそれが自分の義務であると主張するが、俺はそれを一蹴した。


「だったらなおさらでヤンス。まずは休んで魔力を回復させるでヤンス。アネさんの魔力が回復しないかぎり、ここから抜け出す方法はないでヤンスから」

 と強がってはみたものの、やはり最弱種族の称号は伊達ではなかった。


 早くも手足がプルプルと震え出す。

 だが、それでも彼女を底に落とすわけにはいかない。


 根性という名の根拠なき魔法で自らを奮い立たせる。


「ワン太……大丈夫?」

「平気でヤンス」

 弱々しくたずねるエロリンに口端をあげてみせる。


 すると空元気がバレたのであろう、身体が密着するにもかかわらず腕にギュッと力が込められた。

 固定されたおかげで彼女を抱えるのがずいぶんと楽になる。


 このまま時間が経過すれば、再びエロリンの魔力は回復する。

 魔力さえ十分なら、どんなモンスターだって彼女なら退治できる。


 だが、ただ支えているだけがいまの俺にとっては苦難だった。

 目に汗が入ると、エロリンが拭ってくれる。


 ここで俺が失敗すれば道づれになるからな。

 少しは優しさも見せてくれるらしい。

 怪我の功名というヤツだ。


 不意にエロリンが「あぶない」と声をあげた。

 反射的に身体をひねると、背中に粘液が命中する。

 水鉄砲くらいの威力しかないが、ヌメリとした感触が服越しに伝わってきた。


 幸いエロリンへの直撃は防げたものの、それでも粘液は彼女の身体を侵食しはじめていた。

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