2◆甘い罠に罠

 それは傷ひとつない柔らかな白い桃……ではなく尻だった。


 吸いつくような肌触りで、いつまでも触れていたくなる。そんな中毒性の高い魅力的キケンな尻だ。


 だが、尻は「きゃっ!」とまるで俺から逃げるように離れていってしまう。


 それを逃がさないよう、あわてて手を伸ばすとハンマーで殴りつけられたような衝撃が顔面を襲った。


 痛みに苦しみながらも見上げると、そこには片足をあげたままの美少女が俺を見下ろしている。


 彼女の名前はエロリン・エロリアーナ。

 通称『エロリン』だ。


 彼女が産まれる直前に下された信託によりそう命名されたのだが、本人はその名前を卑猥な意味を含んでいると思い込んで人前で呼ばれるのを好まない。

 だがしかし、公式の場ではさすがにそれを拒めず、『エロリン』『エロリン』と呼ばれて顔をうつむかせる恥ずかしがり屋さん……という設定を俺が作った。


 幻想的な蒼い髪は肩のあたりまで伸ばされ、おしゃれな感じにアレンジされている。同色の瞳が大きいせいで、いささか童女的な可愛らしさが目立つが、凛々しさもしっかり同居させていた。


 肌は透けるように白く、さきほど確認したしり触りは最高級のシルクにすら勝っている。


 そしてなにより素晴らしいのは、その美肌をまざまざと見せつけるような聖なる鎧ビキニアーマーだ。


 聖霊と呼ばれる神様的存在から授けられたこの鎧は、文字通りビキニな部分しか彼女の肢体を守ってはいない。


 しかしこの鎧ならば、俊敏な動きを妨げることはなく、彼女の活躍に多大なる助力になること間違いなしである。


 うん、我ながらものすごく実用的な鎧を採用した。


 何故か彼女のすぐ脇には姿見のような大きな鏡が刺さっていて彼女の背を映しているが、羽織ったマントに隠されており白桃の現状を確認することはできない。


 それにしても、まさかエロリンの外見が、ここまで見事に俺の心を虜にしようとは。うれしい誤算だ。


 設定で好みの属性や外見を選ぶことは可能で、創作者自らが細部にいたるまで作り込むこともできる。


 だがしかし、それを頻繁に行うとあっさりとヒロインがマンネリ化してしまうのだ。

 あるいは既存のヒロインとモロ被りになったり、単なる劣化バージョンに陥ってしまったりするパターンも多い。


 それを回避するために運頼りのランダム設定を多くしたのだが……まさかの極レアを引き当てられた。

 俺はいまこの瞬間だけ、神とその加護が俺に名作を産み出せと命じていることを信じる。


 いささか胸のボリュームが不足しているが、そこは愛嬌というものだろう。

 このの胸は俺たちのラブストーリーとともに育てていけばいいさ。


 その課程を想像すると魂が燃え上がる気分だが……その熱は長くは続かなかった。

 何故ならば、さっきまで鏡だと思っていたものが片手で引き抜かれ、巨大なきょうきとして眼前につきつけられたからだ。


 疑問を言葉にしたのは彼女が先だった。


「あんた何者? いきなりこんな場所にあたしを連れ込んで」

 なるほど、確かにエロリンにしてみればそう勘違いしても仕方のない状況だ。


 たぶん俺とおなじで植物型モンスターに捕まっただけなんだろうが、俺という先人がいたせいで判断を誤ったのだろう。


「まさか、人気のない場所に誘い込んで、エッチなことするつもり!?」

 顔を赤らめ唾をとばす。


 俺がそんなダイレクトなことをするように見えるのだろうか。失敬な。


「そんなことしないでヤンス。

 むしろ、アッシはエロリンと同じでここに捕らわれたでヤンス」


「信じられないわ」

「信じて欲しいでヤンス」

 即座に否定されたが、その程度でめげたりはしない。


 それに明確な根拠などなくとも繰り返していれば、人間なんだかんだと受け入れるものだ。

 無料クーポンに釣られて入った店で『安くも美味くもない』なんて思っても、一度利用したことで敷居がさがりその後も通うようになるのとおなじ戦略だ。

 俺って賢い。


「だいたい、なんであたしの名前を知ってるのよ!

 初対面よね?」

 エロリンは不審を視線にのせ剣先と一緒に突きつける。


 しまった、創作者としての知識を安易に物語内に持ち込んでしまうとは。


 それ自体の可否はケースバイケースなのだが、今回は通常知るハズのない情報を口にしたことで、相手に警戒心を抱かせてしまった。

 なんたる不覚。

 俺、賢くないじゃん。


「それは、その……」

 俺が言いよどんでいると、エロリンは畳みかけるように続ける。


「この甘くて美味しそうな匂いだって、あたしを誘い込むためにあんたが用意したんでしょ!」


「これって良い匂いでヤンスか?」

 臭いの感じ方は個人差だろうか?


 嗅覚がおばちゃんと同じなヒロインってなんかヤダな。


「だいたい、あんたみたいなモンスターの言うこと、信じられるハズないじゃない!」


 …………………………………………………………………………………………はい?


 高圧的に放たれたエロリンの言葉に俺は思考を停止させかけた。


 確かに低い視線は小柄な種族特有のものだろう。

 よくみれば毛深い手の内側に肉球らしきものがついている。

 さらに、突きつけられた鏡のように磨かれた刀身に映る顔はまごうなき犬ヅラだった。


 ……これってコボルトか?

 俺ってマジでコボルトになってるのか!?


 コボルトって言ったらアレだぞ。

 ファンタジーゲームでゴブリンより格下に扱われるくらい最弱を極めた種族だぞ。

 いくら弱主人公だってコボルトで冒険に出るとかとか無理ゲーすぎるだろ。


 いや、まて。冷静になるんだ俺。

 こんなことくらいで簡単にあきらめていたのでは、トップブイライターの夢など叶うハズもない。


 むしろ逆に考えるんだ。『ここで無理ゲーを素敵に華麗に煌びやかに乗り切ればその分俺の評価はあがるにちがいない』と。


 それに上手く彼女をまるめ込めば、彼女の痴態……もとい勇姿がコミカライズ、さらにはアニメで見られる可能性が拓けるのだ。なにより好み直撃な彼女エロリンと一緒にラブラブ冒険を体験したい!


 俺の中の野心がムクムクと膨らみはじめる。


「ちがうでヤンス、これはその……」

 野望達成のため、脳内をフル回転させる。


 だが、思いつくのは、エロリンとキャッキャッ、ウフフッなやりとりをする場面ばかり。そこに至るまでの道筋は一切思いつかない。


 そもそも意外性を求めたせいで、物語のあらすじはシステムがランダムに組でいる。現時点ではどんな物語が想定されているのかすら俺は知らない。


 それでいてエロリンの脳内にすでに刻み込まれているのだ。それと矛盾しないようにするにはどうすればいい?


「アッシの名前は『ワン太』。

 こう見えて某国の王子でヤンス!」

 相手が知らないことなら矛盾は生じない。

 そう考え、俺はまず自分の設定をデッチあげた。


 するとエロリンは冷たい視線を向けつつ「某国ってどこ?」と素っ気なくたずねた。

 そんなん俺が知るか!


「悪い魔女に呪いをかけられてこんな姿にされちまったでヤンス。

 呪いを解く方法を探してあちこち旅をしているでヤンスが……エロリン様のことはその最中に耳にしたでヤンス。蒼髪の類まれなる美少女戦士がいると……」


 質問を無視して、ひたすらこちらの情報を一方的に相手に流し込む。

 上手くエロリンから思考する気力を奪えれば、あとはナアナアで乗り切れるハズ。彼女の知性はちょっと低めお馬鹿に設定してあるしな。


「それにアッシごときが、エロリン様の……」

 と言い掛けたところで、聖剣(物理)が舌の回転を止めに入った。


「これ以上、その名であたしを呼ばないで」

 殺人鬼の双眸で命じられ、声も出せないままコクコク了承する。


「アッシごときが……アネさんに不埒なマネできるハズないでヤンス。

 いまもここから抜け出せなくて泣きそうになってたところだったでヤンス。

 どうかアッシをアネさんと一緒にここから脱出させてほしいでヤンス」

 瞳に涙を浮かべ必死に救済を哀願する。


 こういう時、弱小種族というのは有利に働く。エロリンの瞳に情けの色が混じるのを俺は見逃さなかった。


 そして窮地にのみ使える特殊スキルがここで自動発動した。


 その場に両膝をつくと、流れるような動作で頭を足下にこすりつける。

 いわゆる土下座というヤツなのだが……なんで俺の特殊スキルが土下座なのっ!?


 しかも、人生初土下座が、ゲーム内でちょいロリが入った美少女が相手とか、どうなってんの!?


 だが、この土下座は有効だった。


 さっきまで敵意の濃かった視線が、哀れみと呆れが等分に入り交じったものに変化している。

 なんとか首をはねられるような展開はさけられたようだ。


「確かにあんたいかにも雑魚っぽいわよね。

 警戒するほどでもないか」


 言いくるめ作戦は見事に成功したのだが、一方的な上から目線がなんだか妙に気に入らない。

 物語が一段落したら、設定いじってこの埋め合わせを十二分にしてもらうとしよう。


「なんか不遜なこと考えてない?」

「めっ、めっそうもないでヤンス」

 再び向けられた剣先をかわすよう、俺は再び額を足場にこすりつけた。

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