■エロリンの大冒険 ―そして勇姿は綴らるる―

HiroSAMA

1◆天からの桃

「そろそろ冒険レジェンドをはじめるとしよう」

 俺は自宅に用意した執筆ルームに入ると『VWシステム』専用PCの電源を入れた。


 カタカタというOSの起動音を聞き流しながらティーカップ片手に優雅に待つが、今日はいつもよりも時間がかかっているのが気にかかった。


 PCの不調を疑い画面を確認すると、どうやらバージョンアップしたデータを更新している最中のようだ。

 表示された進行ゲージが100%を目指してゆっくりと進んでいる。



――ヴァーチャルライティングシステム

 それは近年目覚ましい発達を遂げたバーチャルリアリティの恩恵をフル活用した執筆システムである。


 創作者は自分の好みに設定した異世界をPC内に自由に創造できる。そしてその世界での冒険を登場人物プレイヤーとしてリアルに体験することができるのだ。

 単純にヴァーチャルリアルなゲームとして遊ぶ事もできるが、VWシステムの肝はその後にこそある。


 VWシステムでは自らが登場人物プレイヤーとして見聞きし、行動した課程がログとしてPC内に保存される。そしてそれを編集することでWeb小説を全世界に簡単配信できるようになっているのだ。


 無料有料も創作者次第で、しかも七カ国語への自動翻訳機能付き。

 さらに好評なら、国内外の出版社から声がかかり、印刷物として書店に並ぶケースもある。


 そこまで登りつめられるブイライター(VWシステムを活用して創作する者の総称)は、さすがにごく一部にしかすぎない。

 だが、それでもこれさえあれば中学生にだって作家デビューのチャンスを容易に得られるのだ。


 若干の初期投資と編集能力が必要となるが、その先にはコミカライズやアニメ化といった新たな夢にまでつながっている。


 故にこの場に踏み込む若者たちは後を絶たない。


 VWシステムは正に『遊んで夢を叶えられる』現代魔法シンデレラシステムと呼べよう。



「ふふっ、目指せ印税。夢の不労収入ゲットだぜ」

 バージョンアップが完了すると、俺は流行を抑えた設定を次々にシステムないに打ち込んでいく。


 やはりVW執筆でも人気が出やすいのは『可愛いくも強い、それでいてちょっと隙のある女の子』が登場するファンタジーが多い。


 そこを押さえていなければ、執筆開始前から数多あまたいるライバルたちに後れをとることになる。

 他にもお遊び感覚で敵を蹂躙する無双主人公も人気を博しているようだが、それらは一歩間違うと主人公じぶんひとりであっさり事件を解決しかねない危険リスキーなものだ。


 もし主人公がひとりですべての事件を解決してしまえば、物語に緊張感が産まれず盛り上がりに欠けてしまうだろう。

 いわゆる駄作だ。


 まぁ、そういうお気楽な話でも人気作はあったりするのだが……。


 それは置いておいて、やはり俺としては弱小主人公が知恵を巡らせて強者を打倒する物語の方が圧倒的に好きだ。故に主人公は弱いが特殊な能力を持たせることにした。


「ハーレム要素は……今回はやめておくか」

 とりあえず、ヒロイン人数を『1』に設定しておく。


 人気目当てならば、複数の子の出演はプラスポイントなのだが……VWシステムでの会話は創作者自身のコミュニケーション能力がものを言う。


 つまり人付き合いが上手くなければ、ヒロインとの会話は弾まない。

 そんな状況で複数のヒロインの間をいったりきたりしていれば、好感度なんて維持できわけがない。

 悔しいが俺の対人スキルでハーレムを築くのは魔王討伐よりも遙かに高難易度だった。


 最悪な事例をあげると、弱主人公が各ヒロインたちに邪険にされたあげく、なんら有効な行動をとれないまま、ラスボス撃破するのを眺めているだけの物語なんてものがある。


 作者は俺。


 そしてこともあろうに『これもネタさ』と、自嘲込みで投稿してしまったのだ。


 その結果『神展開(笑)』と、一部で話題になり俺の代表作とまでされてしまった。その時の閲覧記録数スコアを俺は更新できないままでいる。


 なにより、魅力的な百合カップルたちが血と涙を流しながらも助け合い、世界を救う様子をなにもできないまま見ていたという、ネトラレにも似た悲しい体験なんぞ二度としたくない。


 マジでなっ!


 設定が終わると、部屋の中央に設置したリクライニングシートに身体を沈める。

 長時間のプレイでも身体への負担が減るよう設計されたシートは俺を優しく支えてくれた。


 ヘッドマウントディスプレイをかぶると、部屋の明かりが自動的に落とされる。


 密着したスピーカーからリラックスを促す音楽が流れ、同時に眼前のディスプレイがゆっくりと明滅をはじめた。


 それを眺めていると眠気とは少しちがう、意識が光の中へ吸い込まれていくような、そんな不思議な感覚が脳に染み渡りはじ…め……、



     †  †  †  †  †



 気づくと俺は自らが設定した異世界の森に立っていた。


 大地を踏みしめる足にはしっかりとした感触があり、心地よい日差しが肌に降り注いでいる。


 衣服はいささか質素で武器も装備していないが、ちゃんと中世ヨーロッパを意識した、世界観にあわせたものになっている。


「なんか視線がだいぶ低いでヤンス」

 これはおそらく平均的な女子の背丈よりも低いだろう。


 体格など細かな設定をおざなりにしたのが祟ったか。

 そういう未登録な部分は物語に矛盾が生じない範囲でシステムがランダムに決定する。


「あとやけに花の香りが強いでヤンス」

 花というよりも、香水を付けすぎたおばちゃんの臭いっぽく、かぐわしいとは言い難い。


 周囲を見渡すが、ふつうに木々が生えた森で、近くに花畑があったりするわけではない。

 なのにどうしてこんなにも臭いが気になるのか。


 開始前に行ったバージョンアップの影響だろうか?

 あと、いかにも三下っぽい語尾が勝手につくのはなんなんだ?


 俺は設定のシステム任せにした部分に不安を覚えながらも、あたりに誰かいないか探す。


 いまの俺は武器すら装備してない貧弱な小男だ。そんなヤツがモンスターの蔓延る森にいて安全な訳がない。


 いざとなれば、緊急時にのみ発動する特殊スキルの使用もやもおえないが、序盤からそれに頼ってはありがたみがない。


 そもそも最弱の能力としか設定していないので、どんなスキルが備わっているかすら不明だ。


 ……意外性を重視した結果とはいえ、ちょっと冒険をしすぎたかもしれない。


 そんな不安を抱えて歩いていると、唐突に浮遊感に支配された。


「ワフッ!?」

 足下が開き、瞬く間に空が遠くなっていく。数秒後には、身体が薄暗い壷状の場所へと落とされていた。


 臭いがいっそうキツくなる。

 どうやらここが発生源らしい。


 あたりを確認すると、小部屋程度の広さがあり、周囲を湾曲した紫の壁に覆われている。

 壁からは半透明な粘りけのある液体が染み出ていて、すすんで触れようという気には到底なれなかった。


 高い天井を見上げると、渦巻き型に絞られた箇所がある。

 おそらくあそこから俺は落ちてきたのだろう。


 強烈な臭いが満ちた落とし穴。

 ということはひょっとして……、


「まさか食われたでヤンスか?」

 緊張感の薄い声に返事はなかった。


 幸い底が柔らかかったため怪我はないが、物語冒頭からいきなりの窮地である。

 活発に動いている気配はないから、おそらくは巨大な食虫植物のようなモンスターの消化器官に落とされたんだろう。


 いまのところ体調に変化はないみたいだが、場所が場所だけにいつまでも平気とはかぎらない。

 とっとと脱出するに限る。


 というわけで、早速脱出を試みたもののどれも上手くいかなかった。


 毛深いだけの腕は非力で壁を叩いてもまるで破れる気配はない。

 登るにしても、内側に反った壁をとっかかりもなしに登れはしない。

 落下直前に落としたのだろう、対の荷物もなければ道具もない。

 天井の出入口も塞がれたままだし……、


「ちょっ、まつでヤンス!

 これっていきな詰んでないでヤンスか!?」

 開始3分で冒険終了とか物語として成立してない。


 すぐに溶解されることはなさそうだが、抜け出す手段がなければ死因に選択肢ができるだけだ。


 異世界で死んだからといって現実世界に影響あるわけではない。


 だからといって、生きたまま溶かされたり、食料もないまま飢え死にするまで閉じこめられたりするような体験なんぞ御免こうむる。

 肉体的に無事でも、精神に異常をきたすこと間違いない。


 とにかく、なんとかここから抜け出そうとあがいていると、不意にあたりを照らす光が強くなった。


 光が差し込む天井を見上げると、先ほどまで閉まっていた箇所が再び開かれている。

 これはチャンスと思ったものの、そこから落ちてきた巨大な白桃が俺の顔面に直撃し、それをあっさりフイにさせた。

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