pp.11
朝、いつも通り早起きして身支度を整える。
携帯端末に届いたメッセージに返事を返し、ビリーの手伝いへ。
手伝いをしていると物好きとよく言われるが、朝は何かしていないと落ち着かない性分だった。
朝食を食べた後は講義室へ、最近は三人との会話も増えてきた。
マキナの悪口や、最近の外の出来事、研修についてや戦い方の話など方向性の決まった会話ではないが息抜きにはちょうど良かった。
エマは何故か私生活の事といった俺の事を聞いてくるが、実は1歳程度だった俺には答えられる事は多くない、この事は隠すようにとシティガード特務からの命令でもある。
訓練や講義が始まれば、ダール学会員とマキナにしごかれる。
勉学は大した問題はないが、訓練は経過観察も含まれるので苛められる、正直あれは実験のような気がする。
そんな日々が、数週間ほど続いていた。
たまにアルシアがダール学会員と喧嘩しているが、よく涙目になってアルシアが帰っていく、あれはどうにかしたいが俺に出来る事はあるのだろうか……。
とりあえず何かしなければという事で、ダール学会員を昼食に誘ってみる事にした。
「エクス君に誘われるとは思いませんでした、何かお話でも?」
「察しが良くて助かる、実は、アルシアの事なんだが」
「アルシア特務員ですか? ああ、たまに来て邪魔してきますよね、それの対策でしょうか?」
「いやそうじゃなくて……、アルシアの事は嫌いなのか?」
「嫌いではないですよ、邪魔だとは思いますが」
ハッキリと言うなこのヒトは……、まだ何か言った訳ではないが、もう何を言っても駄目なのではないかという気分になってしまった。
「……その、アルシアには世話になっている、あまり苛めるような事は、と思っただけなんだが……」
「なるほど、確かに傍から見たら私が苛めているように見えなくもないですね、アルシア特務員も大げさに泣きますし」
「泣いたのか……」
「しかし普段やっている負荷トレーニングや検査は重要な事だと、エクス君は理解していますか?」
「している、俺に関する情報は多い方が良い事も解っている、対策の意味もあるのだから」
「そうなんです、エクス君は自分自身の危険性、情報が少ない事のリスク、そういったモノを把握して今日も訓練しているのに彼女は事もあろうに痛そうだの、辛そうだの、そういった事で別な方法はないのかと抗議するのですよ、呆れます、しかもマキナ教官に直接言わないのがホント……、思い出すとやっぱり邪魔ですねあのヒト」
「や、やっぱり嫌いなのか?」
「いいえ?」
「……、その、それでも、なんというか、優しく諭す事とか出来ないか?」
「う~ん、こればかりはあのヒト次第……、いや、でもまぁなんとかなるかもしれませんね」
器用に仮面の下へ食べ物を入れながら、楽しげにダール学会員は喋っていた。
見えないが、仮面の内側では笑っているのだろうなと、俺は不安を覚えながら食事を始めるのだった。
……
午後の訓練では、マキナに体術を教えてもらっていた。
筋力は増えていかないが、体力は無制限に近い俺は、とりあえず体術を覚えてヒトを相手にする場合の自衛手段を学ぶ事に。
機人を投げたりする事は出来ないのでひたすら俺が投げられる、絞められる、吹っ飛ばされるなど容赦がない。
受け身の練習にはなるがハッキリ言って痛い、すごく痛い。
外傷を受けた場合のデータ収集にもなるので仕方ない、終わる頃には痛みは消えているので我慢すればいい。
普通なら痛みは残るらしいが、俺はすぐに消えてしまう。
「……ん?」
訓練の最中に、アルシアがダール学会員と話している姿が見えた。
何とかなると言っていたが、大丈夫だろうか……。
「余所見ですか」
「うわッ!?」
試験場ではないので硬い地面ではないが、やはり痛い。
外れた関節を元に戻すのも慣れてしまった。
「いつもながら容赦ないな、マキナ」
「当然です、これも検査の一環ですよ……、受け身は慣れてきましたね」
「毎日やってればそれなりに出来ると思う、でも、硬い地面でやるのはまだ怖いな」
「明日やってみましょう……、それで、何故余所見を?」
「マキナも知っていると思うがアルシアとダールの事だ、会う度に喧嘩して、それでアルシアが涙目になっているからなんとかならないか相談してみたんだ」
「エクス候補生、貴方もわかっていると思いますが……、ダールさんは容赦しませんよ、貴方が相談したというのは不味いかもしれません」
「何故だ?」
「貴方が相談したという事実を使って、アルシアをもっと苛めているかもしれません……、一応シャロンに伝えておきますか……、ピアーズにも連絡しておきます」
「えっと……、何か起こるのか?」
「アルシアが凹むと後方支援に支障が、普段よりも気を引き締めてと言う意味で連絡を」
マキナと二人でアルシア入っていった部屋の方を見れば、いつもの涙目ではなく、顔面蒼白で出てきていた。
一体何を言えば、ああなるのだろうか……。
「すまないマキナ、追いかけてもいいだろうか」
「そうですね、休憩時間という事で行ってもいいですよ」
「ありがとう」
トレーニングルームから出ると、近くの休憩所で座り込むアルシアを見つける事が出来た。
通路に設置された機械から二人分のコーヒーを用意し、持っていく事に。
「アルシア、これ……飲むか?」
「え、エクス君? えっと、ありがとう」
アルシアは一口飲むとむせていた。
しまった、自分の好みで何も入れず持ってきてしまった。
「すまない! 何か入れた方が良かっただろうか?」
「エクス君、ブラックで飲むの好きですもんね、このままでいいですよ」
苦笑いしつつ、アルシアは飲んでいた。
いつもの元気はなく、無理をしているようにしか見えない。
「ごめんなさい」
「え、どうしてエクス君が謝るんですか?」
「ダールに、その、言葉を選ぶようにと頼んでみたんだ、アルシアには世話になっているしなんとかしたいなって、そうしたら、もっと酷くなってたみたいで……」
「聞きました、ダールさんに……、私の事で相談されたと」
「それで、なんと?」
「エクス君の事が心配なら続けるべきなんだと説明されました、しない事の危険性を教えられて……、私の自己満足でエクス君を殺すのかと聞かれてしまいました」
ダール学会員も言っていたが邪魔なので、やっている理解させて口を挟ませない、という事らしい。
俺も承知で痛めつけられているのだから、傍からどう見えようとも関係はない。
「よく聞きもしないで、文句を言っていた私の落ち度です、ですからエクス君が謝る事ではないですよ……、エクス君に事情も聞いていませんでしたし、ホント自己満足でした、子供だから、と侮っていたのかもしれません」
「……」
「エクス君が子供だから逆らえないのかなって、酷い事されても何も言えないのかなって、弱音一つも言わないじゃないですか、君は」
「弱音を言う理由がない」
「そういう所です、物分かりが良すぎて不安になってしまいます」
「何故だ?」
「だって、殺される理由が正当なら、君は迷わず死ねるでしょう? 異形を宿しているからと、君は抵抗だってしないでしょう?」
「その時になってみないと、わからない」
でもきっと、俺は受け入れてしまいそうだ。
異形の危険性は知っている、それだけの事で、きっと、受け入れるだろう。
「私は、せっかく知り合えて一緒に過ごしたエクス君が苦しむのは見たくないんです、私がシティガードをやっているのも、身近な人達を守り、苦しむ姿を見たくないからなんです」
「それは、わかる……、俺もアルシアが泣いているのは見たくない、いつも通りどこか抜けている姿が見たい」
「それ、良い事ではないですよ?」
「でも、それが俺の知っているアルシアだ、それに、自分の為に何かしてくれたという事が、俺は嬉しかった……、だから、今度は俺が何かしたい、アルシア、何か手伝える事はないだろうか?」
「その言葉だけで十分、と言いたいですけど……、せっかくだから今度、お願いしましょうか」
「ああ、詳しい事は端末に送ってくれ」
「はい!」
残ったコーヒーを苦い顔で一気に飲み、笑顔でアルシアは去っていった。
何をするのかはわからないが元気が出たならそれでいいと、俺も訓練に戻っていく。
勉強とは違う、何か別の楽しみが出来たみたいだった。
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