pp.9

 身体の倦怠感は凄まじい事になっているが、痛みはない。

 ものすごく疲れている、だが走る事は出来た。

 マキナは報告書を作らなくてはいけないと、今日のトレーニングのような何かは終了したが、俺は今、宿舎の食堂に走っ手向かっていた。

 トレーニングウェアはそのまま、少し汗臭いが構ってはいられない。


 俺は今、猛烈に何かを食べたいんだ。



……



 食事をしていると、リアムが隣に腰かけてきた。

 様子を見れば、訓練が終わったばかりなのか俺と同じくトレーニングウェアのままだった。


「エクス、お疲れ様……、エクス?」

「…………」

「ああ、うん、なんとなくわかった」


 視線だけでリアムはわかってくれたようだった。

 三食目をゆっくりと食べ終わる頃には、食べたいという衝動も収まり、少し落ち着いてきた。

 倦怠感は相変わらずだが、食堂で寝る訳にもいかない。


「あ、食べ終わった?」

「すまないリアム、食べている時は喋らない様にしている」

「鬼気迫るような顔で睨みつけるほどとはね、気を付けるよ」

「ん? 睨んではいないと思うが……」

「邪魔するなって感じが凄かったよ、でも食事はゆっくり食べてるから何とも言えないというか」

「先生の教えだ、急いで食べると本の角で殴られる」

「痛そうだ」

「かなり痛い」


 水を飲んで落ち着いていると、このまま寝てしまいそうになってしまう。

 選択とシャワーを浴びるくらいはしておきたい、明日起きた後に不快感に包まれるのは嫌だった。


「そういえば今日は資料室にいるの見かけなかったけど、何してたの?」

「リアム達と別れてから、今まで休み無しで走っていた」

「なっ!? 10時間以上走ってたのかい!?」

「そうなるな、意外となんとかなるものだ」

「ちょ、身体は大丈夫なのか!? 教官もなんてことを!」

「いいんだリアム、必要な事らしいんだ」

「何か、手伝えるかい?」

「いいのか?」

「勿論だ、先輩としてそれくらいはね」

「ありがとう……、では、頼みたい事がある……」


 俺は余りの眠さに、立ち上がる事にも苦労していた。

 リアム曰く、疲れた身体でたくさん食べたから内側の疲れも足されたのだろうと。

 当然の話だが、消化にもエネルギーは使う。

 考えなしに食べ過ぎたなと後悔しても遅かった。


 部屋まで肩を貸してもらい、ウェアはリアムが洗濯してくれるらしいので、その間に俺はシャワーを浴びる事に。


「じゃ、終わったら持ってくるから」

「鍵はかけないでいるから、よろしく頼む」


 リアムが部屋から出ていき、シャワーを浴び始めるが、俺の意識はそこで途絶えていた。



……



「んっ……」


 目が覚めると、ベッドで横になっていた。

 時計を見れば、いつも通りの時間だ。


「リアムに謝らなければ」


 書き置きを見つけ、読んでみれば気絶した俺を介抱してくれたらしい。

 携帯端末でメッセージを送ると、直ぐに返事が返ってくる。

 どうやら心配をかけたようだ。


「さて、準備するか」


 身支度を整え、食堂に向かうとビリーから今日は休めと止められた。


「何故だ」

「お前、昨日ずっと目を覚まさなかったんだぞ?」

「一日中寝ていたのか……」


 日付を確認すれば、一日とんでいる事に気が付いた。

 おかげで倦怠感はなくなっているが、回復するのに一日掛かってしまうらしい。


「訓練内容を聞いた時は流石に怒ったぞ、マキナもシャロンも、何を考えているのか」

「俺にとっては必要な事だったらしい、今後の事にも関わってくる」

「……、とにかく今日の朝くらいはゆっくりしておけ」


 仕方なく椅子に座ってお茶でも飲む事になった。

 ここに来てからゆっくりするのは初めてかもしれない。


「お、今日は起きているな」

「おはようシャロン、昨日は起きれなかったようだ」

「身体は?」

「問題ない、はずだ」

「一応検査しておいた方がいいね、学会員も今日来る」

「早いな」

「それだけ珍しいという事だ」


 シャロンの目つきが、なんだかいつもと違った。

 体調を崩したのが原因か、それとも第五要素のせいなのか。


「シャロン、俺は何かしてしまったのだろうか?」

「いいや別に、お前自身に思う事はないが、第五世界の奴らはどうにも気に入らん、例の学会には特にな」

「だから不機嫌なのか」

「そうだ、何か問題が起こったらすぐに報告しろ、焼却する」

「それはそれで問題だろ」

「エクス、お前に何か起こる方が問題だ」

「身体は丈夫らしいぞ?」

「だからこそだ、壊れても治るというのは無茶を許してしまうし感覚が麻痺する、それでは身体以外が参ってしまうぞ」


 シャロンは心配してくれるようだ、どうも今回の件で色んなヒトを心配させてしまったらしい。

 不思議な感覚だった、今まではオウカと先生しかいなかったせいかもしれないが、どうにも申し訳ない気分になってしまう。

 俺は平気だと言う度に注意されているようだった。


「色々気をつけてみる、ありがとうシャロン」

「ああ、そうしてくれ……、アルシアもお前が倒れたと聞いてマキナに殴り込みに行ってしまう程だったんだぞ」

「アルシアは平気だったのか、それ」

「なんとかな」


 俺はアルシアに後で何かしてあげようと決めた。

 他人が自分の為に動いているというのは慣れないが、少しだけあったかいモノを感じていた。

 この正体はわからないが、何か、お礼はした方がいいのかなと、そういう気分にさせるモノだった。



 その後はいつも通り講義室に。

 中に入ると候補生三人が待機しており、俺を見かけると一斉に近寄ってきた。


「身体は大丈夫なの? 平気?」

「訓練内容聞いた時は驚いたぞ! あの鬼教官め!」

「二人共落ち着いて、エクスが困ってしまう」


 二人が落ち着いた後、改めて自己紹介と自分は平気だという事を伝えた。


 二人はリアムと同い年らしく、活発そうな赤い髪の女性はエマ、細身だが屈強な身体を持ち、メガネを付けた黒髪の男性、マイルズだ。

 エマとマイルズは戦闘訓練ばかりしているらしく、マイルズは銃という武器を扱う事が得意で、エマは近接戦闘を学んでいるとか。


 リアムと違う、彼らも何かしら異能をもっているらしいが、そこまでは教えてくれなかった。


「連絡先交換しようよ、エクス!」

「わかった」

「しかしその身体でよく耐えたな、子供だが、候補生になれるだけの力は秘めてるって事か」

「私はエクスが怖い子じゃなくてよかったよ、これからいっぱい絡むから覚悟していてよ?」

「……それはどういう事なんだ」

「見てわかるでしょ? ケモ耳男子とメガネ男子も悪くないんだけど、この二人全然可愛くないんだもん、私の心の栄養素になってもらうわよエクス!」

「お前に好かれてもな……」

「同族以外は、ちょっと……」


 この三人、仲は良いみたいだった。


 和気藹々としていると、マキナが講義室に入ってきた。

 空気が一瞬で変わるが、その後に入ってきたヒトの方で更に空気が冷え込んでしまう。


 おそらくアレが学会員なのだろう、黒一色の独特な制服と素顔が見えないマスク。

 男女の区別がつかない風体、見ただけで危険なヒトだと思われても不思議ではない。


 異質、そう呼ぶに相応しいヒトだ。


「今日から講義に参加する事になった、第五学会所属のダール学会員です」

「どうも、みんなよろしく!」


 そんな格好なのに、聞こえてくるのは楽しげ明るい声なのは、どうなんだ。

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