pp.7

 三人の候補生の名前は知らない、教えてもらう前に各々訓練に行ってしまったからだ。


「マキナは訓練を見に行かなくていいのか?」

「ええ、別の身体の私が居ますからね」


 マキナの身体は対話用のインターフェイスというモノらしく、この訓練校にはマキナの身体が彼方此方にいるとの話だ。

 所謂本体は別な所にあるらしい。


「エクス候補生、本格的な講義や授業は明日からですが、本日はどうしたいですか?」

「途中で案内してもらった資料室に行ってもいいだろうか? 勉強したい」

「わかりました、では行きましょうか」


 とにかく俺は知らない事が多すぎた、

 資料室に着いてすぐに、マキナから必須になりそうな知識のリストを作ってもらいひたすら読み書きに徹した。

 機械を使って見る事も出来るらしいが、まずはそれの使い方を覚えなくてはいけない。

 便利な道具だとは思うが、感覚で扱えない、使う事と直す事には別な知識がいるという点では、機械は複雑だった。


 魔法の方がいいと言うヒトの言葉を理解したような気がした。

 一度覚えてしまえば使う事も直す事以外に、本来の用途とは違う使い方のできる魔法は応用力が高い、魔晶や魔道具は別だが、魔法だけなら道具を必要としない点、エネルギーは自分自身という点も利点だろう。


 機械と魔法を混ぜた道具もあるらしいが、今は置いておこう。


……



「エクス候補生」

「なんだ?」

「日付が変わる前に帰りなさい、明日から訓練ですよ?」

「わかった」


 時計を見れば午後8時、もうそんなに経っていたのかと今更疲れを感じていた。


「何も言わなければずっと勉強していたでしょう?」

「そうかもしれない、ありがとうマキナ」

「明日、午前8時までに講義室へ」

「わかった」


 マキナに見送られながら宿舎を目指していく、何かご飯を食べて、洗濯もしたい所である。


「……しまった、レムリア通貨もなければ、洗濯所も知らないぞ」


 身嗜みも大事だし、食事も大事なのに両方できない危険があった。

 戻ってマキナに相談するか悩んだが、宿舎の事ならビリーに相談しようと宿舎へ急ぐ事にした。



 食堂に着いた俺は、直ぐに調理場へと向かっていく。


「お、エクスじゃねぇか……どうしたよ?」

「ビリー、問題が起きた、実は……」


 事情を説明すると、ビリーは一つずつ教えてくれた。

 食堂に来て、端末にカードを入れれば通貨無しで食べられる事、以前はカード未所持だったのでアルシア達が支払っていたようだ。

 洗濯に関しては便利な機械があるのでご飯を食べたら案内してくれるらしい。


「ありがとうビリー、非常に助かった」

「宿舎で困った事があればいつでもってな……でもお前、昼飯はどうしたんだよ」

「勉強に夢中だったので食べていない」

「キチンと食べとけ、ここの合成食は完全食だ、どれを食っても同じ栄養素が含まれている……味も選べるし」

「凄まじいな、合成食とやらは」


 端末を見ても、全く別の、まるで手作りのように見えるそれらは全て合成食だという。

 気味悪がってビリーの手作りを食べる気持ちもわかる気がしたが、今はとにかく量が欲しい。


 作られる過程はなんとなく見たくなかったので大人しく席で運ばれるのを待っていたら、アルシアとシャロンの姿が見えた。

 目が合うと、二人は同じテーブルに着く事に。


「やぁエクス、初日はどうだった?」

「ずっと勉強してた、マキナが優しいのでつい頼ってしまったが」

「マキナ教官を優しいって言えるのは凄いと思いますよ……」

「あの戦闘狂と仲良くやってると、やはりエクスは素質がありそうだ」

「……、何かおかしいのか?」

「いいや、上手くやれていると褒めているんだよ」

「そうか」


 食事が運ばれてきて、いざ食べようとした瞬間に先ほどの言葉を思い出した。

 見た目や味を模した一つの完全食、匂いまでも再現していると考えた途端、なんだか食べ物には見えなくなってくる。

 屋敷での調理とは全くの別物、周りのヒトが食べている物と見た目や味が違うのに中身は同じ。


「摩訶不思議とはこれの事か」

「どうかしたのか?」

「先ほど、完全食について説明してもらったら、今までの食事とは思えなくて混乱してる」

「あ~わかりますよ~、第二世界ではこれを毛嫌いしてる人も多いですからね~、私は慣れましたけど」

「だが第四では貴重な人工食だ、成分がわかっているというのは安心できる要素だ」

「ですよね~、外のレストランなんて怖いったらないですよ」

「そうなのか……」


 中身がわかっている安心感もあるのかと、一口食べる。

 やはり美味い、どれを食べても美味いなら文句はないなと、食べ進めていく。


 機械を作っているのは大体第一世界である、そう教えてもらった。

 彼らは食事をしないのに、このような物を作れるのは素直に凄いと思えた。

 必要ないと切り捨てるのではなく、必要としているヒトの為に作る。

 関心しながら食事をしていると、お腹が空いていたせいかあっという間に食べ終えていた。

 先生からはよく考え事する時は他の事をしない様言われていたが、ここは新しい事が多すぎる。

 魅力とも言っていいのではないだろうか。


「……楽しいな、ここは」

「そうですか~、疲れるし嫌になりますよ~」


 アルシアはそう言った瞬間、シャロンの顔を見て弁解していた。

 やはり何処か、駄目なのでは……。


「俺はそろそろ移動する、ビリーに案内してもらう事もあるから」

「わかった、おやすみエクス」

「ああ、おやすみ」


 食器を指定された場所に置き、ビリーに洗濯所へ案内してもらう。

 そこは宿舎に居る殆どヒトが利用するだけあってとても広い。


「気をつけろよ、男性用と女性用の区別がある」

「そうなのか」

「ああ、男女の問題はお前には早いかもしれないが、気を付けておけよ」


 ビリーは使い方を見せると、手に持っていたタオルを機械に投げ入れていた。

 手順は洗濯用の機械、端末の画面に表示され、その通りに操作していく。

 案内に従えば操作できるのは助かる話だ。


「衣類とか、全部まとめて入れていいのか?」

「ああ、俺もよく知らねぇんだが大丈夫だ、汚れは落ちてる」

「……凄まじいな」


 屋敷での手洗いは何だったのだろう、何だか不公平な気分になってきた。

 間違って生き物を入れても潰れたりするどころか生きていたという例もあるらしく、中身は知らない方がいいのかもしれない。


「たまに機人がよくわからない物を入れてる時もあるが、気にするな」

「わ、わかった……」


 タオルだけだったので洗濯はすぐ終わっていた。

 手に取ってみると、少し温かいが濡れていない、匂いも無ければ汚れもない。


「ビリー……」

「何も言うな、俺達は便利な道具を使っている、それだけでいいと割り切れ」

「ああ、そうだな……」


 何か不思議な気分に襲われながら、俺は部屋に戻る事にした。

 

 部屋に入ってからはシャワー室で汚れを落とし、寝衣に着替える。

 今日一日の情報量の多さに少しだけ頭痛がするが、楽しみでもあった。


 明日からもっと過酷になるのかと考えるだけでも、ワクワクしてしまうじゃないか。

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