pp.5

 習慣とは良いものだと、俺は屋敷に居た時と大体同じ時間に目が覚めた。

 迎えが何時来るのかわからない以上、早く起きれるならその方がいいだろう。


「……魔晶とは違い、機械は何処から水を運んでいるんだ?」


 凝縮された水の結晶ではなく、何処かから引っ張ってきているのだろうかと考えたが知識が足りないので一先ず考える事は止め、朝からシャワー室でお湯を浴びる事にした。

 ついでに歯磨き等を一度に済ませて、身を綺麗にしていく。

 髪を機械で乾かし、用意された服に袖を通す。

 屋敷を出る時に着けていたグローブとブーツはそのままなので、手足だけは頑丈になってしまったがいつ何が起こるかわからないので備えは必要だった。

 朝日が昇り始める頃には準備が完了してしまったので、後は待つだけである。


「外は、暗いな……」


 区画内は整っているが区画が超巨大建築物に囲まれているので日の光がなかなか届いてこない。

 このような景色を眺めていると、今までとは全く別な場所に来たんだと実感していた。


 ただ待っているのも落ち着かない、屋敷での生活を思い出せば朝ごはんの準備と掃除だが、調理場や食材は手元にない。

 掃除用具も機械なので、まずは使い方を覚えなくてはいけなかった。


「……、仕方ない、連絡してみるか」


 部屋の端末の使い方は昨日教えてもらったので、その通りに操作していく。

 しばらく音が鳴り、その後接続完了の表示が出ていた。


「……、お、おはよ~ございます~、どちらさまですか~?」


 繋がった相手はアルシアだった。

 まだ寝ていたのか、声が少し聞き取りにくい。


「エクスだ、寝ていたのか?」

「え、えくす君ですか~……、まだ6時前ですよ~、はやいですね~」

「こっちだと、まだ寝ている時間だったのか、ごめんなさい」

「いいんですよ~、なにかありました~?」

「こちらの準備が整ってしまった、何時頃迎えが来るのだろうか?」

「それは~、ですね~……………………」

「アルシア?」

「……くぅ」


 そう言い残して、アルシアは再び寝てしまったのか寝息だけが聞こえてきた。

 これでは起きないだろうと、接続を切る事に。

 身を整えてしまった以上、もう一度寝る事も出来ない。


「この施設から出なければ、いいか……」


 この宿舎には昨日利用した食堂もあるので朝食もあるだろうと、暇つぶしに施設内を散歩する事にした。



……



 道順は覚えていないくても通路には道を教えてくれる端末や、表示がある。

 俺が居た部屋番号も覚えているのでいつでも戻る事は可能だった。

 薄い小さな紙のようなモノ、カードが部屋の鍵だと教えてもらった時は驚いたが簡易的な身分を証明してくれる物でもあるらしく、知らないヒトに何か聞かれたら見せれば良いらしい。

 きっと中に何かしらの仕掛けがあるのだろうと、胸のポケットに仕舞い込んで食堂に向かい歩いていく。

 すれ違うヒトは少ない、アルシアも寝ていたのだから俺が早かったのだろうと判断した。

 ちなみに食堂には誰も居なかった、誰も居ない空間に入るのはちょっとだけ怖い。

 作法も何もわからないのだ、椅子に座っているだけでも怒られるかもしれない。

 引き返すか悩んでいると、食堂の奥から物音が聞こえてきた、どうやらヒトがいるらしいと様子を見に行く。


「……、おはようございます」

「ん、ああ、おはよう……新顔か?」

「これから新顔になると思う」

「そうかい」


 気怠そうに話してくれたお兄さんは、食材を切ったりしていた。

 それを機械に入れたり、加工された何かを混ぜたりと、俺がやっていた料理とは全くの別物に見えていた。


「なんだ、飯はまだだぞ」

「いや、そういうつもりじゃない、いつもご飯は自分で用意していたから早く起きる癖がついてしまって……、何か手伝える事とかないのか?」

「そう言ってもなぁ、合成食の加工と調理は専用の機械で全部やっちまうんだ、俺が作ってるのは手作りじゃないと文句言うヒト用なんだよ、仕込みも全部終わったしな」

「そうなのか……」

「少し早いが、食べていくか? 金はいらねぇからよ」

「いいのか?」

「おう、もう一時間くらい早く来れたら次から手伝えるから、また別な日に来てくれるならそれでチャラだ」

「わかった!」


 調理場のお兄さんは話しながら盛り付けていたのか、すぐにご飯が出てきた。

 卵のサンドイッチにスープとサラダ、俺自身が作るような料理にちょっとだけ安心していた。

 未知の料理や、先生から教えてもらった料理以外では食べ方も変わる可能性がある。


「…………」

「…………、大丈夫みたいだな」


 無言で食べていると、お兄さんは少しホッとしたような顔になっていた。

 表情から察してくれたらしい、美味である。


「食べ終わった……、すまない、習慣でモノを食べている時は喋れないんだ」

「珍しいな、でも美味いって顔してたらよかったよ」

「ありがとう、美味しかった」

「どういたしまして、そういや名乗ってなかったな、ビリーだ」

「エクスだ、皿くらいは洗わせてほしい」

「いや、しなくていい、全自動で全部やってくれるから」

「凄いな」

「だろ? まぁここは大勢利用するから仕方ない」

「機械とは便利なんだな」

「そうでもない、一度壊れると面倒だし、メンテナンスも手間だ」


 なんとなく、ビリーとは仲良くやれそうだった、体つきや生傷の多さが多少気になるが優しいヒトのようだった。


「そういや、エクスはここに来たばかりなのか?」

「昨日来た、候補生とやらになれるらしい」

「へぇ、何か特技とかあるのか? シティガードの仕事は戦闘も多くてな……、候補生になっても諦めた奴もいるし、死んだ奴もいる……、子供だろうと容赦しないぞここは」

「初めて聞いた、ちなみに戦闘経験はない、巻き込まれた事はあるが」

「あ~、そうなのか……、ちなみに誰の紹介だ?」

「特務ってところの人達、ピアーズにアルシア、シャロンの誰かだと思う」

「とく……ッ⁉」


 ビリーは思いっきりむせていた、特務の人達は何か問題でもあるのだろうか?


「あの外道共め、今度は何する気なんだ……」

「外道とは失礼じゃあないかね? ん?」


 と、声の方を見てみればシャロンが立っていた、どうやらシャロンは早起きらしい。


「おはようシャロン、もしかして迎えの時間だったのか?」

「君の様子を確かめに来ただけだよ、身体の調子はどうだ?」

「万全だ、ビリーのご飯も美味しかったし」

「そうかい……、ビリーも面倒をかけたね」

「特務局長さんよ、エクスはどうなるんだ?」

「別にどうも、候補生として訓練と生きて稼ぐ術を覚えていくだけじゃないか?」

「……だといいんだけどよ、良い子なんだからちゃんと面倒見てやれよ」

「当然だとも、さて、そろそろ行こうか、エクス」

「わかった」


 食器をビリーに預け、シャロンの後ろをついて行く事に。

 今度は手伝うと伝えると、ビリーは笑顔で承諾してくれた、シャロンも何だか嬉しそうだったのが気になるが、ひとまず置いておく事にした。


「シャロンは早起きなんだな」

「ん? まぁ今日は仕事だからな……、君も早起きだったじゃないか」

「実は迎えの時間がわからないから教えてもらった連絡をしてみたんだが……、寝ていたアルシアを起こしてしまったようで」

「何時頃だ?」

「6時前」

「そうか、ありがとう」


 何故お礼を言われたのかわからないが、シャロンは何か嬉しそうな顔をしていた。

 多分、良くない事を考えている、そんな予感がしたが俺にはどうする事も出来ない。


「それで、俺は何処に向かっているんだ」

「訓練校、今日は施設案内だけになるだろうけど、明日から本格的に勉強と訓練をしてもらう事になる、大変だぞ?」

「わかった、頑張る」


 強くなればオウカの仕事も手伝えるのだろうかと、ふと考えてしまった。

 どんな訓練が待っているのかはわからないが、一人で出歩けるくらいには強くなりたいと願ってしまう。


 何者であるかわからないのも嫌だが、無力なのはもっと嫌だった。


 

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