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 彼女、オウカに保護してもらってから数ヶ月が経っていた。

 彼女は俺を保護してくれたが、面倒を見てくれる訳ではなかった。

 俺は何も知らない、故にこの屋敷から外へ出る事は稀であり、オウカも仕事なのかよくいなくなるし、一ヶ月以上も戻らない事だってあったが問題ではなかった。

 この屋敷には先生がいる、その先生のおかげで俺は身の回りの事や、常識を学ぶ事が出来ていた。


 身嗜みに五月蠅い先生なので、部屋から出る前にキチンとしてなくてはいけない。

 銀色の髪と青い瞳、これが俺自身の顔なのだと知ったのはこの屋敷に来てからなのだが、今でも自分の顔には馴染みはなかった。


「こんなもの、かな……」


 窓の外は荒廃していて、他の人間は見た事がない。

 立派な屋敷の様で、半壊しているこの場所はオウカの隠れ家、彼女がどんな仕事しているのかはわからないが、所謂『普通』の仕事ではないのだろう。

 自分の部屋を出て、朝食を作るためにキッチンへ移動し、食材を確認していく。

 この食材もどうやって調達しているのかは不明だが、食べても問題ないので利用していた。


「……、今日もオウカは帰ってないのか」


 一人分の食事なら、パンに野菜やらよくわからない肉を挟んで食べればいい。


(おはようございます、エクス)


 雑に朝食を作っていれば、先生が来ていた。

 先生は食事もしなければ話す事もない、何故なら生きた本なのだから。

 空白のページには俺へのあいさつが書かれていた。

 宙に浮きながらテーブルをトントンと叩かなければ俺は気づかなかっただろう。


「おはよう先生、今日もオウカはいないみたいだ」

(いつもの事です、では、朝食後はいつも通りに)

「はい」


 一日の動きは大体決まっていた、まずご飯を作り、掃除をして、先生から色々教わって、またご飯を作り、勉強して、寝る。

 先生は空白のページに絵と文字を浮かび上がらせ、この世界『レムリア』について教えてくれていた。

 統合世界レムリア、この屋敷があるのは第四世界『混沌』である。

 第一から第五世界までが悪魔と呼ばれる者達のおかげで統合され、行き来する事が出来るらしい。

 俺はまだ勉強中の世間知らずだから第四の片隅から出た事はないが、一つの世界でさえ人生を使っても知り尽くす事は出来ないらしい。

 それが五つもある、統合されていない世界も漂っており、その数は未知数だ。

 先生曰く、統合される方が稀らしいが、俺には無縁だろう。


「ごちそうさま」


 考え事は、勉強してからずっとしているような気がしていた。

 ご飯を食べている時も含め、僕には知らない事が多すぎた。

 自分の事さえもわからない、保護されている理由や生きる理由も。


(また考え事ですか?)

「はい、考えても何もできないのはなんとなくわかるんですけど……」

(勉強は退屈ですか?)

「いや、楽しいです、でも知れば知るほど外に出たくなります、オウカは駄目って言いますけど」

(生きるという事は簡単ではありません、ここは退屈だが恵まれているのはわかっていますね?)

「はい、俺は通貨も持っていなければ、稼ぐ手段も知らない、大勢の知らない誰かの中で生きていく事は難しいと思う」

(でも、君は外を知りたいと願うのでしょう?)

「はい、先生に案内してもらう事は出来ないのですか?」

(私はここから離れる事は許されない、オウカと友人との約束ですから)

「そう、ですか」


 オウカに昔尋ねた時は一言で終わっていた。


「私、外を案内する事は出来ないんだ、色々やってるからね」


 この屋敷には誰もやってこない、この屋敷は隠された場所だと俺は考えていた。

 だが、先生から勉強を教えてもらえばもらう程、外を見たくなる。


「先生、俺はずっとここで生きていくんでしょうか?」

(それはわかりません、未来は誰にもわからないのですから)

「……そうですか」

(外で生きるには明確な目的が必要です、貴方の外見年齢は12~13歳、そんな子供が出歩いているだけでもこの第四は危険で満ちている)

「目的があれば、生きていけるのか?」

(少なくともオウカはそれを成し遂げた、あとは身を守る術も学ばなくてはいけない)

「戦う力ですか?」

(身を守る術は戦う以外にもあります、ここに居る事で守られているという事も忘れてはいけません)

「はい」


 俺は何もできない、それは仕方のない事だとわかっていても俺は出来る事を見つけたかった。

 何も出来ない、ただ訳も分からずに生きているだけでは、駄目な気がしていた。


「俺の、目的か……」

 未だに見つからないが、その内見つかるモノなのだろうか?

(では、掃除が終わったら勉強しますよ)

「はい」


 目的を見つける、探す……。

 食器を洗いながら、俺はずっと考えてしまう。

 部屋や廊下の掃除をしながら移動し、最後に自室を軽く掃除していた。


「……そうか、何故、今まで気が付かなかったんだろう」


 明確な目的なら、あったじゃないか。



……



 用意はされていたが出番はなかった外用の衣服を着こみ、履きなれない頑丈なブーツと手を保護するグローブを装着、何も入っていない鞄を持って俺は先生の前に立っていた。


(    )


 先生は空白のページのまま、本の角で体当たりされた、割と痛いのでやめてほしい。


「何をするんですか、先生」

(勉強と言っているのに、家出の格好をしているのですから殴りもします、外は危険だと書いたはず、何故今になって行動に出たのです)

「多分、我慢が出来なくなったんです」

(それだけですか?)

「あと、目的もあったんです、ずっと前から」

(それは?)

「自分が何者なのか、どうしてこうなったのか、知りたい」

(身を守る術はあるのですか?)

「ないです、なので頼る事にします」

(誰に?)

「誰かに」

(    )


 また空白になってしまったという事は、呆れているのかもしれない。

 無謀なのだろう、自殺行為なのかもしれない。

 それでも俺は、このままが嫌なのだ。


(部屋の戻り、着替えてきなさい、いいですね?)

「……、はい」


 仕方なく部屋に戻ったが着替える事はしない、俺は窓を開け下を覗いていた。


「この高さなら、いける」


 壁に凹凸もある、これなら降りられると足元を確認しながら降りていた。

 何でも知っているような先生なら逃げ出す事も解っているかもしれない、そう考えていると、やっぱりというか、先生は目の前に居た。


(一度出れば、自力では帰ってこれませんよ)

「多分、死んじゃうかもしれない」

(それでも、行くのですか?)

「浅はかな事はわかっている、オウカが保護してくれた事も無駄になるかもしれない、でも俺はこのままが嫌だ、それが答えです、先生」

(相変わらず子供らしくない返事ですね、では最後に一つ)

「なんですか?」

(この道をまっすぐ行きなさい、街に出るまで、逸れてはいけませんよ)


 ページには行くべき道の絵が描かれていた。

 やっぱり先生は何事もわかりやすく教えてくれる、帰ってこれないというのは脅しでもないのであろう。


「何時かはわからないけどきっと帰ってきます、だから、いってきます」

(良い旅になる事を祈ります、いってらっしゃい)


 俺は期待と不安を抱いたまま、示された道を歩き出した。

 少し歩いて後ろを振り向けば既に屋敷を見る事は出来ず霧が出ていた。

 ホントに帰れない事を少しだけ後悔したが、俺は歩く事を止めない。


 そうして見えてきた景色は、先生が教えてくれた通りの街並みというやつだった。

 巨大な建物が空を隠し、道は様々な見た目のヒトが歩いている。

 背の小さな俺には、人と建物以外、見る事が出来ずにいる。


 何もかもを混ぜたような、第四世界『混沌』では当たり前の景色である事を俺はこの時知ったのだ。

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