愛するlotolp



橙蝶と藍色烏は口をそろえて問う

これ以上

くだらないものの上に

くだらないものを重ねて

いったいどんな奇形をつくり出すつもりなのか

くだらないことを下敷きに

くだらないことを打って

いったいどんな衍字を成そうというのか

それがどんな益を

あなたや世界や私たちにもたらすというのか

先だって死んだ蛙のように

帰れぬ魂をあえて持て余そうというのか

先だって往った熊のように

行き場のない憤りをつくり出そうというのか

浅黄鼠と浅葱猫の捕物帖は延々と続き

終幕を見ない世の習いに

どうして答えを見出そうとするのか

全てくだらないことばかり

橙蝶と藍色烏は口をそろえて言う

産み育むことなどおやめなさいと

命を閉じてしまいなさいと

未来へ向かうこと以上に

くだらないことはないのだと

あなたの命の先にある奇形は

懊悩にまみれるのを待っている

罪人になる前に

咎人になる前に

命を閉じてしまいなさい

私たちがそうして色を背負ったように

橙蝶がひらり

灰色烏がくるり

蛙は土の中

熊は空の上

浅黄鼠は泣き濡れて

浅葱猫は立ち尽くす

曙光に鳴る警笛を背負って

怠惰に現れた金色孔雀が

まだ生きているのかと

なぜ色を持たないのかと責め立てる

這いずる蟋蟀のさえずりで

僕はせめて抗おう

あなたが全能であるように

僕もそうなりたいのだと

くだらないものしか持たぬゆえに

ただそれだけを積み上げて

何よりも高い場所に立ちたいのだと

落ちた涙が

地に着くよりも早く

半ばで枯れるほどの高みに


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 lotolpは声を探している。

 それはまさに閑文字そのものであり、同時にlotolpの存在意義の全てだ。

 あの時、lotolpは無声で囁いた。

 月が青いよ、と。

 まるでlotolpみたいだね、僕がそう言うと、lotolpは、柔らかに、はにかんだ。


 パソコンのディスプレイの右下にある数字は、日付が変わって一時間余りが過ぎたことを示していた。雑多な音符を拾い、それを並べ、組み替え、色づけをしているうちに、五時間が過ぎていたことになる。どうしてこんなことをしているのだろう。時々、いやに懐疑的になる。誰に聞いても、少なくとも僕の周りでは、それは生きているからだと、皆、口を揃えて言う。ただひとり、lotolpだけが例外だ。lotolpだけはこう言う。死んでないからだ、と。lotolpの答えの方が、より真実に近い気がする。

 部屋の明かりは全て消していた。古ぼけた勉強机に置かれた、安くないノートパソコンのディスプレイだけが煌々と灯っている。僕の姿はその光に映し出され、その光を頼りに、心臓にひとつ螺旋を巻く。少なくともあと数時間は生きられそうだ。壊死寸前の玩具であるところの僕は、日々の綱渡りの上で喘いでいる。それでも僕は音を探し、うまく整列させることをしなくちゃならない。まだ死んでいないから。

 ノートパソコンの左には、アップルティーが入っていた一リットルの紙パックが三つ並んでいる。全て空になり、僕はまた蛾にならなくてはいけない。ダークブラウンの薄手のジャケットを羽織り、ふたつみっつと螺旋に緩みがないかを確かめ、僕は部屋のドアを開けた。階段を降り、薄羽蜻蛉の寝室の隣をそっと抜けて、玄関で履き古した靴を履く。フォーマルともカジュアルともとれるデザインの靴を愛用するのは、ここから扉を開けて外に出る僕が、しがない蛾であるからだ。

 家を出ると、昼のうちに解け損なった雪が、静けさをたたえていた。街灯の光は雪によって反射され、世界の輝度は上がっていた。目の前の光景は、僕が生きる箱庭であり、矮小であれど、僕にとっては唯一無二の世界そのものだ。だから僕はいつも死に損なうのだと、lotolpは笑って言っていた。世界を尊重しすぎてる、と。歓迎すべき滑稽さの上で、僕もlotolpも生きていることには違いなかった。

 雪を被った茶畑に挟まれた道を抜けて、僕は人工の灯を求める。すぐ先に、コンビニエンスストアがある。それは自然な灯のどれよりも、蛾にとっては標であり、生命そのものだ。

 僕はlotolpのことを思う。

 いつも通りの、月の白い輝きが、僕を迷妄から解き放とうとしない。

 優しいlotolpは、今も泣いているだろう。


 あの日、僕は、画用紙に書いた一枚の絵を持ち、僕らの中でロビンの森と呼んでいた雑木林へ足を踏み入れた。僕は、ようやく去年、サンタの正体を知ったばかりだった。あの頃の僕にとって、あの林は迷子を恐れるほどの広さだったが、いつもの道順ははっきり覚えていた。視界が開ける一角に出ると、高い木の枝に結ばれたロープを掴み、溝になっていた部分を飛び越えた。ロープを使わなくても十分に飛び移れる幅だったけれど、僕たちはひとつの儀礼としてそのロープを必ず愛用していた。

 僕らがさまよい歩いて見つけた、木のない空間。そこにある切り立った土は僕たちの執念によって掘られ、かまくらを思わせる寸足らずの洞穴となっていた。今日、そこにいたのはlotolpだった。ブルーシートに身を横たえ、腕を枕にして眠っていた。否、腕を枕にして死んでいた。口元に指を近づけて確かめてみたけれど、鼻でも口でも息をしていなかった。それはいつものことだ。僕はlotolpに近付き、「起きろ。朝だぞ。生き返れ」と言った。

 lotolpが生き返る時、世界のどこかで誰かが死んでいるという。僕はまだ、ほんの欠片も、そのことの意味を、きちんと考えたことはなかった。

 ややあって、lotolpは息を吹き返し、「おはよう」と僕に声をかけた。僕はそれに「おはよう」と返し、「今日の目覚めはどう?」と続けた。lotolpはいつも通りに「相変わらずだよ」と答えた。相変わらず気分が悪いのか、相変わらず気分がいいのか、それはいつどれだけ尋ねても答えてはくれないので、僕はもう何も言わなくなっていた。

 それよりも僕には、率先して話すべき重大なことがあった。僕の声は上ずり、自分でも分かるほどに興奮していた。「lotolpを描いた絵が、金賞を取ったんだ!」けれど僕は、受賞の誉れに喜んでいたわけではない。「金賞のご褒美に、ずっと欲しかったマウンテンバイクを買ってもらったんだよ!」僕は、lotolpに手を差し出した。「どこかへ行こう」lotolpは眠そうに目をこすっていた手を、こちらへ差し出し、僕が何かを言う前に握り返した。僕は世界の全てを知ったような気持ちで言った。「冒険に出るんだ!」lotolpは、「それはいい」と返してくれた。「また死ぬ前に、さっさと出発しよう」lotolpは微笑んで言い、僕は力強く頷いた。


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 紫色の原野を歩いている。犀の親子がオアシスを経由して太陽の方へ過ぎゆく。袋にも入れていない烏龍茶の一リットル紙パックを持て余しながら、僕は詩を考える。夢の向こうには何があるんだっけ。愛の果てに得るものは何だっけ。どちらも芥に過ぎないような気はすれど、目を天上に向ければ鮮紅が滲むから、すっかり断罪することさえ馬鹿らしくなって、詩を綴ろうとした気持ちがどこかに消え失せる。ルテンベルクマダガスカルクサガエルが唄を口遊むように、至極真っ当に言葉を繰りたいのだけれど、結局は中途半端。きみがいた日々を思い出す。あの日々の中では愛というものを信じていた気がする。貸してくれたマフラーの暖かさをまだ覚えている。冬の日だった。雪は降り積もり、詩情が山積して、言葉を殺す。どうやったってこの気持ちを表すことはできないのだ。それだけが確かなことだ。だから僕はせっせと偽物を作る。本物よりも、きみにとって益のあるかもしれない偽物。空が薄暗くなって、夜明けが近い。原野を行進する亀たちが踊り狂うのは生の向こうに必ず死があるから。そして、生きている限りそれを本当の意味で受け止めることはできず、ゆえに茶番。繰り返し。兎は通らない。途中で桜の切り株に頭をぶつけて死んだのだろう。エトピリカがさえずる。なんて茶番。なんて喜劇。なんて茶番。なんて喜劇。たったふたつのフレーズを繰り返しさえずっている。とても高い木がひとつだけあり、そこは保護樹林であったので守られていたのだ。しかし、初夏の訪れの前に枝の多くが切り落とされた。見晴らしがよくなって、原野の向こうに咎を見つける。明日には消えてしまうようなささいなものであれ、今の僕にとっては切実な現実で、日付が変わるまで脅えていなくてはならない。ロックンロールのビートが全てを押し流していく。原野を流れる激流になり、犀も、烏龍茶も愛も芥も、ルテンベルクマダガスカルクサガエルも、マフラーも、冬も雪も詩情も、亀も、そして言葉も、まるで嘘のように押し流していく限りは、明日に箴言など持ち越せるものか。せいぜいエトピリカに嗤われるのが関の山で、ああ、飛べるがゆえに生き延びた花魁鳥が、唯一の希望に見える。


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lotolpが待ってる

急げ、急げ、急げ、急げ、急げ、急げ!

まだ僕にもlotolpにも色はついていない!

紫色の原野に陽が差すまでにはまだ間がある

ただ悲しみの余りに身を投じて

オアシスを無視して

原野を飛び越えて

茫漠に足を踏み入れろ

lotolpはまた生き返る

lotolpは何度でも生き返る

lotolpが待ってる

急げ、急げ、急げ、急げ、急げ、急げ!

まだ僕にもlotolpにも色はついていない!


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[22:45:34]龍田桐子:レイドボスのパラメータ一式、ありがとうございました。

[22:45:57]薄ら氷章介:いえ、お礼なら本間さんに言ってください。楽しめました。

[22:46:22]龍田桐子:そうやって余裕ぶるところは好きじゃないですよ。

[22:47:36]薄ら氷章介:俺はわりと好きなんですけどね。

[22:48:05]龍田桐子:須藤さんいなかったらGW全部出勤でしたよ。そしてきっとそれでも終わらない。

[22:48:21]薄ら氷章介:本名出されると、一瞬誰なのか分からないですね。

[22:48:41]龍田桐子:須藤さんは須藤さんでしょ。

[22:49:05]薄ら氷章介:だいたい章ちゃんで通ってるので。自分でも本名忘れてます。

[22:50:25]龍田桐子:彼女は名前で呼んでくれないんですか?

[22:50:40]薄ら氷章介:呼んでくれませんね。

[22:52:16]龍田桐子:それはそれで愛の形なんですかねぇ。

[22:52:41]薄ら氷章介:愛があればよかったんですけどね。

[22:52:50]龍田桐子:ないんですか?

[22:53:40]薄ら氷章介:そう言えば、龍田さん、何でデザイナーやめちゃったんですか?

[22:53:48]龍田桐子:いきなりそれ?

[22:54:33]薄ら氷章介:自分としては、龍田さんの仕事を信頼してましたし、何かもったいないなって思うところが本音なんですが。失礼な聞き方してます?

[22:55:25]龍田桐子:デザイナーに限界感じてたのが本音なんですよ。そんな時、プランナー足りないって言うから。

[22:55:38]龍田桐子:間接的には須藤さんのせい。

[22:55:48]薄ら氷章介:ご冗談を。

[22:55:56]龍田桐子:ガチですよ。

[22:56:16]龍田桐子:須藤さんいれば、プランナー足りないことないし。

[22:57:33]薄ら氷章介:きっかけはどうあれ、手を上げたわけですよね。

[22:57:20]龍田桐子:絵が描けなくなっちゃんたんですよ。業界に10年以上もいれば摩耗するのかなって思うんですけど。ごまかしごまかしやってきて、もう限界だったんです。

[22:57:31]薄ら氷章介:龍田さんのイラスト好きですよ。

[22:57:50]薄ら氷章介:アパレリアで、イケメンキャラ描いてた時のやつとかいいですよね。

[22:58:04]龍田桐子:ありがとうございます。

[22:58:21]龍田桐子:でもなんか本当にもう限界。

[22:58:29]薄ら氷章介:もったいないような。

[22:58:54]龍田桐子:永久就職とかできたらいいんですけどね。

[22:59:05]薄ら氷章介:今度デートします?

[23:00:27]龍田桐子:彼女持ちとはデートしません。

[23:00:52]薄ら氷章介:それ、いろいろ面倒だから吐いてる嘘なんですよ。実際のところは彼女いないんです。これ本当です。

[23:01:18]薄ら氷章介:いや、彼女の話もデートの誘いもマジですからね。

[23:01:41]龍田桐子:4つも年上の女、そうやってすらすら口説くんですか?

[23:02:07]薄ら氷章介:特別何か悪いことをしてる自覚はないですけど。

[23:03:42]龍田桐子:私とデートして須藤さんいいことあります?

[23:03:57]薄ら氷章介:ありますよ普通に。

[23:04:23]龍田桐子:そこは、特別に、って言って欲しかったところです。

[23:04:44]薄ら氷章介:3年ぶりに誰かを口説くなら、特別でしょう。

[23:22:57]龍田桐子:すみませんちょっと離席してました。

[23:23:05]薄ら氷章介:問題ないです。

[23:23:24]龍田桐子:終電危ないので帰ります。

[23:23:32]薄ら氷章介:遅くまでお疲れ様でした。

[23:23:58]龍田桐子:後でLINEで声かけますから、デートの話はそっちで。まだしばらく起きてますよね?

[23:24:16]薄ら氷章介:だいたい毎日三時くらいまで起きてますよ。

[23:24:54]龍田桐子:眠れない夜に相手してくれる彼氏は確かに欲しいかも。落ちます。


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浅黄鼠と浅葱猫の捕物帖は延々と続き

終幕を見ない世の習いに

僕らは積み上げていく

乱雑なタワー

意味を成さない斜塔の上で

たまに愛を交わしたりもする

どこまで行っても僕らは人間そのもので

色を持とうとたとえ思ったところで

くだらなさゆえの真実だけが残る


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愛するlotolp

もしきみに命があったなら




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