星見る少年

ソラ

星見る少年 

「申し訳ありません!」

 両手を前に重ねて深々と頭を下る。

 悔しいなあ、なんでこんな禿げた係長おっさんに頭下げなきゃなんないの。

 ちょっと統計書の内容に間違いがあったくらいで、怒鳴りやがって。まぁクライアントさんに怒られりゃ、それを作ったあたしを腹いせに怒鳴るのもしょうがないか。



 私は浅野あさの翔子しょうこ。現在24歳、独身、彼氏なし。某私大を卒業後、別に進路の希望の当てもなく、だた東京にいたい一心でこの会社を選んで就職。別にこれがしたい何てなかったわ。だた、この町のにぎやかさに溶け込んでいたかっただけ。それだけの事。



 お昼休みのチャイムが鳴って一人コンビニで買ってきたサンドイッチとオレンジジュースを持って屋上へ。

 適当に柵の段差に座って一人寂しくお昼を済ます。でも慣れたかな。だって、いつもの日常だから。

 終業のチャイムが鳴って今日は5時丁度で帰れると思ってたら、禿はげ係長おやじのお約束のお手振り。そのあとはまた机に向かって虚しく残業、ご帰宅10時コース。まいるなぁ・・・。

 駅を降りて、ゆっくりと自宅のアパートに向かって歩く。手に持ってるコンビニ袋がちょっと痛いかなぁ何て思っちゃう。さすがに自炊もしなきゃとは思うんだけど、思うだけなんだよね・・・まだこれがさ。


                   ※


 自宅につき、ドアを開けると私は

「はぁ?」

 と思った。その瞬間ドアが閉まってしまった。後ろを見るともうドアも何もない。

 よく旅行会社なんかで見るパンフレットにありそうな草原の中に私は立っていた。


“ドサ。”


 手に持っていたコンビニの袋を無意識に落としてしまった。

「ナニこれ。」

 私はきょろきょろと見回すと、すべてが地平線、しかも真夜中。そりゃ有休使った旅行で彼氏とくれば最高だけど、ここ私の部屋よ!!


 ちょっと落ち着きを戻し、よく目の前を見ると小高い丘があって12~13歳程度の少年がたっていた。もうこの年になると『きゃーこわ~い』何て言ってらんない。事情を聴こうとその少年のもとに早歩ききでずんずん歩いた。もともとロ-ヒールのパンプスだったので歩きやすかった。

 少年の真横について私は、

「なに、ここ?!」

 と、ちょっと強気で言った。少年はずっと夜空を見上げていた。

「ちょっと、聞いてるの?」

「ここはどこって言ってんのよ!」

 繰り返し聞いたらようやく少年は私の方を見た。

「僕の名前は『アル』です。初めまして、よろしくです。」

 アルは物静かに、普通に話した。

「アル君、私ね、自分の部屋に入ったらこんな所に来ちゃったんだけど、一体ここはどこよ?」

 私はなんかイライラしていて、けんか口調だった。

「おねえさん、よく思い出してくださいよ、この景色。あなたが一番知っている景色ですよ。」

 アルはそういうと、両手を広げて大きくゆっくりと回転した。

 なに、どういうこと?と思った瞬間、『あれ?』っと思った。

 地平線まで見えそうな景色の先には森に囲まれて、森林の影が夜空よりも漆黒だった。そして丘の先にはキャンピングカー。焚き火をしながら家族3人で団らんを過ごしている家族が見える。一人の少女がお父さんらしき人の手を引っ張って、この丘を目指してる。

「えっ!」

「ちょっと待って。」

 もう一度私はアルを見た。アルは回転をやめ私に向かい合った。

 アルはちょっと私よりも身長が低く髪の毛は甘栗色のショートカット。瞳はきらきらして二重だった。どこか中性的な感じがした。

「あなたは・・・」

「翔子さん、もう少しであなたが来ますよ。」

 振り返るとお父さんと小学校4年生の私が手をつないで登ってきた。

 登り終わると二人とも星空を見上げていた。

 私も見上げると、ものすごい満天の星空だった。

「そうだ、〇〇高原へキャンプを家族で行った時があった!」

 アルは『やっと思い出しましたね。』と言いたげな表情で微笑しながら私を見ていた。

 小4の私が言った。

 「パパ、お星さま本当に綺麗!!お星さまの神様ってなんでも夢をかなえてくれるの?」

 「ああ、もちろんだよ。でもお願いするだけじゃダメなんだ。その夢を絶対叶うと信じて思い続けることが大事なんだよ。」

「うん。分かった!!」

「お星さま、私が大きくなったらモデルさんになれますように、私も頑張ります。」

 パパはにこにこしながらうなずいていた。

「ああ、そうだったんだ。あの頃モデルさんに憧れて、ダンスを見よう見まねで練習して、ずっと思い続けていれば必ずなれると信じてた。」

 私は、少し開いた口を右手の手のひらでおおい、幼いころの自分のやり取りを見つめていた。

「どうでしたか。」

 アルが話し続けた。

「いま、翔子さんは何か夢を思い続けていますか?」

『唐突な質問だな。』と思いつつも、今は惰性で過ごしている自分を少し恥ずかしく思った。

「仕方がないじゃない。年を取っていくうちに、自分の見ていた夢が無理だってわかったわ。なら次は何になりたいって考えたって、そう簡単に出るものじゃないわよ。」

「そんな私に、いまさら『将来何になりたい?』なんて夢を持ちましょうなんて言いに来たの、アルは?」

 アルはちょっと優しげな表情になって話し始めた。

「違います、翔子さん。僕はね、このころのような純粋な夢を、いくつになっても、どんな形でいいから持ち続ける、心の柔軟性を持ってほしいと思って見せたんですよ。」

「心の柔軟性?」

「そうです。人って一度決めたらなかなか方向変換できませんよね。でも中にはいるんですよ、その時その時の現実で目標や夢を変えながら、いつまでも夢を持てる人が、追える人が。」

「今の翔子さんはどうですか?」

「・・・」

 私は何も言えなかった。確かにモデルの夢が自然消滅した後も看護師さんとかパン屋さんとか考えた。でも中学生に入ったら友達と遊ぶことや受験で手いっぱい。そしていつのまにか何かなりたいって夢も何も持たなくなった。ただ、今を楽しめればって・・・

「まだまだ遅くないですよ、翔子さん。」

 そういってアルは上を指さした。

 上を向くとあの時と同じ満点の星空が広がっていた。

 とその瞬間夜空の星たちが迫って来た。

 パアと光に囲まれてしまい、気を失った。


                     ※


 気づくと、私は玄関で横になっていた。

 今晩のコンビニ弁当は中身が入り混じっていた。そんなコンビニ弁当を見て意味もなく心の中で笑ってしまった。

 シャワーを浴びて、寝間着に着替えたころには、もう12時を回る手前だった。

 コンビニ弁当を前に

「いただきまぁす」

 といって、混ぜご飯状態のコンビニ弁当を食べ始めた。

「不思議ね・・・。」

「私、何か資格を取ってみようかな。せっかくだから、もっと上級の簿記でも取って、嫌味いやみ禿はげを追い抜いてやろうかしら。」


「!!」


 そう思う自分が不思議に思った。

「これって新しい夢?」

「あははははは」

 思わす大きな声で笑ってしまった。

 アルにしてやられたわ。

 何かちょっと吹っ切れた翔子だった。


                     

                     Fin

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星見る少年 ソラ @ho-kumann

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