第28話 地上より永遠に その一

「以前、エミリーたちを動物園に連れて行った事があってな」


「へぇ」


 馬車は進む。右も左も鬱蒼とした原生林だ。

 狭い道で、対向車が来た場合はすれ違うことすらできない。道は当然未舗装で、雨が降ればいとも簡単に泥濘と化すだろう。

 もっとも、ここしばらく晴れていたおかげで、そうそう危険なことはない。


「楽しいハイキングと決め込んだら、ローラどころかエミリーまで泣き出してなぁ」


「何でだい?」


「エイプルオークが怖いんだと」


「檻の中に居る分には大丈夫だろ……」


 エイプルオークはオークの亜種とされるが、研究はあまり進んでいない。

 身の丈は二メートルから二・五メートル。直立歩行し、全身は分厚い筋肉と脂肪で覆われている。

 諸外国に生息するオークと似ているが、特徴的なブタ鼻は控えめで、知能もオークに及ばないとされる。


「父様は妙にこだわってたなー。故郷には居ないんだってー」


 サラだ。


「俺もよく知りませんけど、生態は熊みたいなものですよね? 出会ったら死んだふりは無意味、目をそらさずに後ずさりで距離を稼ぐ、と」


 伝統的に猟に従事する者の中には、食料にする者もいるという。


「ええと、……何でしたっけ、王の故郷……『ニホン』とかいう町でしたか? 地図から消されたとか」


 ジョージ王は伝説と化しており、その来歴は尾ひれに胸びれ、背びれが付いて何が本当かさっぱりわからない。


「オレが聞いた話では、山奥の村で天使との間に生まれて、魔族に焼き討ちを受けたという話だぜ?」


 と、カーター。

 当時の情勢を考えれば、エイプル王国に魔族が居た可能性は限りなくゼロに近い。眉唾ものである。


 また、別の噂もある。

 ある魔道士が悪魔を呼び出し、偶然近くに居たジョージの肉体を乗っ取ったが、強靭な精神力で逆に悪魔を乗っ取り、その力と知識を我が物としたという。

 この説は政府が国際機関にジョージの身体検査を行わせ、ごく普通の人間であることが証明され否定された。


 あるいは、異世界人が記憶を持ったまま転生したとか、過去の偉人の霊をケラー首相が使役しているとか、異世界から転移魔法陣で召喚されたとか、その手の伝説は枚挙に暇がない。

 最も有力な仮説はケラー首相の隠し子という説だが、ジョージ王本人もケラー首相も再三否定している。


 サラは力なくかぶりを振る。


「『ニホン』は地図から消されたんじゃなくて、最初から無いみたいなんだー。過去の地図をいくら漁っても、そんな名前の町は無いんだよー。山より高いビルとか、光る塔とか話してくれたけど、そんなのあったら誰も知らない訳ないもんなー」


 ジョージ王の出生地となれば、完全に謎に包まれている。

 一部の者は『ニホン』とはフルメントムの事だと主張しているが、信じている者は少ない。

 教会も領主も町内会も、一切ジョージの記録を持っていないからだ。

 あんな卓越した頭脳があれば、神童として名を馳せていてもおかしくはないはずである。


 歴史に登場するのは三十年前で、それ以前の事が一切わからない。

 出処不明の流民、というのが政府の公式見解であり、それは当時から現在に至るまで一貫している。


 サラは溜息をつく。


「古い文献に、まれに『ニホン』って言葉が出てくるのは確かだよー。後ろめたい事があるから、伝説に出てくる地名を出身地って言ってるんだろうなー。借金とか、女とかなー」


「一気に話が現実的になりましたね」


 ビンセントもつられて溜息を付いた。もう少し夢があっても良いとは思うが、現実なんてそんなものだろう。


「過去を消すってなぁ、そういう事だぜ、相棒。うがった見方をされても仕方ねぇ。ま、実績がスゲェからみんな感謝してるけどな!」

 

 もっと重要な事がある。

 エイプルではジョージとマリア王女との結婚により、平民の地位がかなり向上したのだ。

 事実、『産業革命』を推し進めたのは平民の力が大きい。

 工場を経営する資本家は、そのほとんどが平民の身分だった。


 なお、本来の制度であればジョージは『王配』であり、王になるはずではなかった。当時の王が例外としてジョージの即位を認めたのだ。

 即位のきっかけとなった『大災害』も、記録が少なく詳細はわからない。


「ハァ、ハァ、……ウホッ」


 斑の牡馬は、馬の身でありながら時折奇妙な鳴き声を上げる。


「それにしてもこいつぁ良い馬だな! 相棒、当たりだぜ。名前は付けたのか?」


 ビンセントは、一瞬だけ横目でカーターを見る。あまり余所見をする余裕はない。


「……ずっと考えていたんだが、『エクスペンダブル』ってのはどうだ?」


 あの兵士は、母親と会えただろうか。

 自分の仲間として、申し分ない素敵な名前だと思う。

 カーターが自嘲的な笑みを浮かべたのが視界の隅に映る。


「なるほどなァ。……オレたちを引っ張るには、良い名前だ。ぴったりだぜ。馬の名前としてはどうかとも思うけどよ」


 ビンセントはカーターから教わりながら、少しずつ馬の扱い方を覚えていた。

 カーターは馬車の御者はできても、乗馬はできない。

 やろうと思えばできるだろうが、馬の方が悲鳴を上げてしまうのだ。

 ましてや、この『エクスペンダブル』はかなりの高齢である。


「よし、いい感じだ」

 

 ビンセントもだんだんと慣れてきた。

 とはいえ、馬の協力が大きい。高齢ということは、言い換えればベテランなのだ。


 馬車は進む。

 行けども行けども、代わり映えのしない原生林が続いていく。


「止まれッ!」


 今まで口数が少なめだったイザベラが、不意に叫んだ。


「は?」


「いいから止まれッ! 私の言うことが聞けんのか!」


「は、はぁ」


 すごい剣幕だ。

 拳はきつく握られ、ギラギラとした目つきはのっぴきならない、ある種の狂気をはらんでいる。

 何かあったのだろうか。ビンセントは馬車を停め、イザベラを振り返る。


「ここで待て! 絶対に動くな!」


 イザベラは小さな袋を掴むと、荷台を飛び降りた。

 茂みに飛び込むと、一直線に森の奥へ駆け込んでいく。


「まさか敵が……!?」


 ビンセントは銃に手を伸ばす。しかし、サラは首を横に振った。


「忘れたのかー? おまえあの袋に何を入れたー?」


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