第二章 王都の森は炎と燃えて

第7話 不都合な兵士 その一

 夜。降り続いた雨は止んだようだ。この一カ月、雨が降らなかった日は十日とない。

 晴れたのは二日だけで後は曇りだ。

 すっきりしない天気に、あらゆる人々が溜息をついていた。


 王都エイプル郊外の森の中を、一台の兵員輸送トラックがヘッドライトで闇を切り裂きながら進む。

 当然ながら街灯は無い。日没後に森を訪れる者などいないからだ。


 道とは言えないひどい悪路で、揺れる度に何度も水しぶきが跳ねる。

 幌を被った荷台にはビンセントを含め、十名の男たちが膝を抱えていた。

 いずれも完全武装の兵士たちだ。


「一回くらい、カスタネのタマゴ料理を食ってみたい」


「いやいや、フルメントムのパフェだろう。女が喜ぶ」


 各々が雑談に興じる中、ビンセントに話し相手はいなかった。

 この第三小隊に配属されたのは一昨日のこと。


 第五小隊でビンセントを目の敵にしていた隊長は戦車砲で吹き飛んだが、多くの戦友が犠牲になった。


 慌ただしく再編成された新生第三小隊は、ほかの全員が親しげだ。

 新しい職場に馴染むには、多少時間が掛かるものである。


 休む間もなく新たに与えられた任務は、王都周辺の森に潜むテロリストグループのアジトの制圧。

 本来は衛兵の任務であり、陸軍はあくまでも応援である。


 衛兵の包囲をすり抜けて逃走しようとするテロリストを捕縛ないしは射殺し、衛兵に引き渡す。それがビンセントに与えられた任務だった。


 ビンセントの武器は、使い慣れた『九八式小銃』。五連発のボルトアクション式で、口径は七・九二ミリ。

 オーソドックスな銃で、陸軍はもとより衛兵隊、海軍でも使われる。諸外国の歩兵も似たようなものだ。


 しかし、周りを見れば半数がサブマシンガンを持っている。


 近年開発されたばかりの、九ミリ拳銃弾を使った小型の機関銃だ。

 射程距離は短く、威力は小銃に劣るものの、シャワーのように短時間に大量の弾をばら撒く圧倒的な火力は敵に回せば脅威としか言いようがない。


 もちろん、敵国クレイシク王国でも同様の武器は開発・配備されているという。

 コストが高く、部隊配備は進んでいないという話だが、この部隊ではよく目にする。

 全く新しいカテゴリの武器なので、王都の部隊はテストに最適なのだろう。


 テロリスト相手には過ぎた装備に思えたが、むしろこの手の武器は狭い入り組んだ場所で真価を発揮する。


 塹壕もまた然りだ。これがあれば、リーチェの惨状も変わったかもしれない。


「…………」


 新しい武器といえば、司令部に集められた戦車は何だったのだろうと気になった。


 エイプル軍も例にもれず戦車を開発していたが、多くは前線に出払っている上に信頼性が低く、数も少ない。

 王都に戦車が配備されるのは異例といえた。


 郊外の工場があるので、修理のために前線から引き揚げられたということだが、新車も紛れ込んでいた。


 何でもないといえば何でもないことなのだが、ちょっとした違和感を感じる。


 ◆ ◆ ◆ 


「――ガーランド隊長。ビンセントの奴はどうしますか?」


 運転席のコリン伍長が隣の男に尋ねた。隊長と呼ばれた男は、癖なのか右頬の傷跡を指でなぞる。


 ガーランドは首を後ろに向けると、荷台の窓を覗いた。十人の男たちが膝を抱えている。


 問題のブルース・ビンセント一等兵は、何も知らずに鉄帽ヘルメットの縁を指で撫でていた。

 極力大事に扱ってはいるようだが、それでも無数の小傷が彼の戦いの歴史を語っている。


 ビンセントは、地獄と呼ばれたリーチェの戦いを生き延びた勇者だ。味方に付ければ戦力になるかもしれない。

 ガーランドは腕組みをすると目を閉じた。


「構わん。トラック周辺の見張りでもやらせておけ。奴がこの部隊に転属になったのはイレギュラーだ」


「はっ! しかし、一人でも戦力があったほうが良いのでは」


「我々は、ただの歩兵ではない。崇高な使命があることを忘れるな。奴が我々の思想を理解できる人物かどうか、見定める必要がある」


 ガーランドは人差し指の先に極小の魔法陣を浮かべ、それで煙草に火を付けた。

 紫煙が車内を満たす。コリン伍長は窓を開いた。彼は煙草が苦手だったのだ。


「我々の任務は、誰にでも出来るものではない。それを忘れるな」


 ガーランドはダッシュボードに置いてあるバインダーを開いた。

 書類と一緒にクリップで留められているのは、一枚の写真。


「美人なんだがな。惜しいことだ」


 確証はないが、ビンセントはガーランドたちを怪しんだ間諜である可能性がある。


「まさか……な」


 仮にそうでなかったとしても、彼がこちらに付くとは限らない。しかし、事情を説明し、説得する時間はなかった。出動は、あまりにも急だったからだ。


 全ては周到に準備されていた。選び抜かれた人選、車両と武器の確保。

 全員が志を同じくする同志だった。ビンセントが急に転属させられてくるまでは。


「やつの転属は急だったからな。怪しまれないよう連れて来たが……ここで中止はできん。予定通り決行する」


 不確定要素は排除しておくのも手だ。この任務に失敗は許されない。


「場合によっては、折を見て始末しろ」


「はっ。……しかし哀れですね。せっかくリーチェを生き延びたってのに」


 確かにリーチェは地獄だったかもしれない。苦労した事だろう。

 しかしビンセントはただの平民だ。


 確固たる思想を持たず、その日暮らしにしか興味を持たない。

 科学文明の普及で平民の暮らしも向上したが、それだけだ。彼らには思想が欠けている。

 これから成し遂げる仕事は、その思想を体現するもの。


 ビンセント以外の兵士は、選ばれた戦士たちである。

 上層部からの横槍がなければ、完璧な布陣だったはずだ。


「我々の出陣自体が、悲劇だな」


 進むことしばし。目的地は目前だ。


「止めろ。ここからは徒歩だ」


 荷台の幌が開き、全員が降車する。

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