あのとき、ああしていれば

 あのとき、ああしていれば。

 果たして今頃は、どうなっていたのだろう。

 そんな考えがよぎらない人間は稀だろう。

 しかしそれを実践した者など、いようはずもないために、答えはわからない。

 だが、ここに面白い話がある。

 同窓会の席に三人の男がいた。

 学生時代の友人同士。当時は同じような容姿と同じような性格。同じような成績で同じような運動神経。そして同じような言動をする三人は仲が良く、常に行動をともにしていた。あまりにも同一であったために、周りから三つ子やら三馬鹿やら呼称されるぐらいであった。


「二人には黙っていたが、私はマドンナが好きだったのだ」

「なにそうだったのか、俺もだ」

「実は僕もだ」


 酔ったAの言葉を皮切りにBとCもそれに同意する。

 その返事にAは苦笑した。こればかりは一緒であれば面倒なことになると、二人には黙っていたが、その判断は正しかったようだ。

 Aは持っていたジンをあおると述べた。


「そうなると、お前たちもマドンナに好きだと告白してフラれたのだろうな、私達はあまりにも同じ道を歩み過ぎていて、秘密という秘密がない、嬉しくもあるが、面白みがない」

「いや待て、俺はそれをしていない」

「なに、それは滅多にないことだ、詳しく話を聞かせてくれ」


 Bの返答にAは持っていたグラスを置いて、話を促した。

 Aはマドンナに告白した際に「唐突にそういわれても困る」と断られたのだ。

 Aは長らく後悔していた。早急に結果を求めずに、ゆっくりと友人関係を深めていれば今頃は、と思い出しても悔やみきれない。


「私の場合は、告白をしなかった」


 Bの話はまさに、Aが思い描いていた通りであった。ゆっくりとマドンナと交友を深めて、信頼関係を築いてから自然とそういう関係になる。そんなヴィジョンを望んでいた。となるとBは上手くやったのだろうか。

 悔しくもあったが、AはBであるならばと納得もしていた。

 だがBは弱々しくも首をふった。


「だが駄目だった。俺はついぞ、仲の良い友人止まりであった、私はむしろAの様に行動をするべきだったと後悔していたのだ」


 Bはそういって持っていたウイスキーを飲みほした。その顔は芳醇なウイスキーの香りを楽しんでいるようには見えない。


「するとなると、どうすれば我々はマドンナを射止められたのであろう?」

「互いに、積極性と慎重さが足りなかったと思っているのだ、その折衷といったところではないか?」


 Bがしたそんな提案を否定するものがいた。

 それは今まで黙して二人の会話を聞いていたCである。


「実は今まで黙っていたが、二人に謝りたいことがある。僕は二人がマドンナにしていたアプローチを知っていたのだ。知っていて、二人とは違う道を歩んでいたのだ」


 そこからCは懺悔するように己の過去を振り返った。

 彼はBとは違った方法でマドンナと交流を深めた。その上で、異性として好ましく思っているとアピールを続けたという。

 その解答はAとBにとって、この上ない正解であると思われた。


「となると、お前はマドンナといい仲になったのか?」

「なに、そうかしこまる必要はない。俺たち二人も、お前ならばと祝福するぞ」

「いや違うんだ」


 そう言ってCは持っていたブランデーを喉に流し込む。


「私は彼女から嫌われてしまった。どうにもしつこい男だと警戒されてしまったようだ」


 心底、思い返すのがつらいといった顔でCは告げた。

 そうして三人は、どうすれば良かったのかと、頭を悩ませる。

 あれでもないこれでもないと、うんぬんと唸り続けた。あのときにどういった行動をとれば、自分達は目的をはたせたのか。思いつく限りに話し合うも、これだという結論はでない。

 そうしていると、同窓会に新たな参加者がやってきた。

 三人は誰がきたのだろうと首をのばしてみていたが、その人物を視認すると「いやな奴が来た」と苦渋の面をつくる。

 新たに現れたのはDである。

 学生時代。三人とは性格も容姿も、思考も何もかもが違った彼は、どうにも馬が合わなかった。三人は彼を認めることはなかったし、これからもないであろうと、決め込んでいた。それほどまでに三人とは真逆の男である。


「よくきたな、お前も飲め」

「いや、飲めないんだよ」


 隣に座ったものだから、Aが仕方なく声をかけたが、断られる。


「そうなると貴様はなにをしに来たというのだ?」

「相変わらずつれないな。嫁さんが身重なのに俺だけ酒を飲むわけにもいくまいさ」

「なに、お前は結婚したのか?」


 質問に答える代わりに、Dは会場の入り口に目を向けた。

 つられて三人も目を向ける。

 そこには友人たちから祝福の言葉を次々と受けている、一人の女性がいた。

 彼女は愛おしそうに、その大きくなった腹を撫でている。

 三人はそのときになってようやく理解した。

 あのとき、ああしていれば。

 問題はそんなことではない。

 あのときに、まずすべきだったのは、自分ではなくなることであったのだ。

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