犯人はこの中にいる


「犯人はこの中にいる」


 探偵は高らかにそう宣言した。

 その発言を受けて、驚いた瞳を向けてくるのは三人。

 女性が一人と、その婚約者の男性。そしてホテルの支配人である。


「探偵さん、いきなり何をおっしゃるの?」

「いえね、娘さん、私にはこの事件の真相がわかったのです。まずは最後まで聞いてみてはもらえないでしょうか?」

「わかりました」


 一人の男が殺された。

 絶海の孤島という外界と隔絶された場所。およそ殺人事件を起こすためにあつらえられたかのようなホテルで犯行はおきた。


 死因は絞殺。


 鈍器によって殴り、意識を失わした後に、縄で首を絞め、じっくりと確実に息の根を止めていた。明確な殺意が感じられる犯行である。


「では、あなたは私達の中の誰かが殺したとおっしゃるのか?」

「ええそうです。では順を追って説明いたしましょう」


 支配人に答えると、探偵は自らの推理を話し始めた。

 話し終わったときには、部屋の中にいる三人は全員、黙り込んでいた。


「もうお分かりですね。犯人は娘さん、あなただ」

「ああ……」


 探偵が告げると、女性は悲痛な顔をして崩れ落ちた。

 それを彼女の婚約者の男性が支える。


「どうしてこんなことをしたのです?」

「ええ、わかりました。すべてお話しいたします」


 女性は犯行の動機を語り始める。

 酷い話であった。

 その女性の受けた仕打ちを考えるならば、なるほど、殺された男に強烈な殺意を抱いたとしても仕方のないものである。他の二人の男も彼女を同情のまなざしで見る。

 だが探偵はそうは思わなかった。


「しかし、娘さん、あなたは生きている。対してむこうは殺された。これでは釣り合いというものがとれない」

「確かに恨みをもって彼を殴りました、しかし不思議なのです。私は殺したつもりなどなかったのです」


 探偵はその女性の言い草が、気に障った。

 そうは言うものの、現に男は死んでいる。縄で首を絞めておいて、殺したつもりがないでは通らないというものだ。

 犯人というのは、えてして自分を正当化したがる。

 いかに自らが仕方なくそれを行ったのか、したくてしたわけではない、と言い逃れするのだ。今回にいたっては、犯行を認めない節すらある。

 探偵は犯人という人種のその身勝手さに嫌気がさしていた。

 それ故に、口汚く彼女を罵ってしまった。

 それはいっそ探偵の鬱憤晴らしに近いものであったが、いったん口から出ると止まらない。「この人殺し」と何度も繰り返した。

 女性はみるみる青ざめていき、ついに耐えきれなくなってしまったのか部屋を飛び出して海へと身を投げた。

 これには探偵も参ってしまう。

 犯人が死んでしまったからには、その場は解散となり、自室へと戻る。


「ああ、自分はなんということをしてしまったのか。これでは私が殺してしまったようなものではないか」


 探偵は椅子へと座りこむと頭を抱え込んで悩んだ。

 そうして悔恨の念にとらわれていると、部屋の扉がノックされる音に気づいた。

 そこに立っていたのは女性の婚約者の男性である。


「こんなことになってしまい、私は何ともうせばよいのやら」

「一つお聞きしたいことがあるのです」


 探偵はてっきり激昂され責められると思ったのだが、意外にも彼は冷静に話しかけてきた。それを不気味に思いつつ、探偵は返事をする。


「ええ、なんでも聞いてください」

「あなたの独り言が聞こえたのですが、彼女を殺したのは自分だとお考えで?」

「はい、そう非難されても仕方ないでしょう。あのときの私はどうかしていたのです、こんなことになるとは思わなかったのです」

「それでは釣り合いをとらなければなりませんね?」

「えっ?」


 呟いたときには遅かった。

 探偵はその瞬間意識を失くし、婚約者の男により殺害された。



 後日、ホテルの支配人の通報により、かけつけた警察の手によって科学捜査が徹底的に行われた。

 そうして一連の事件の真相は明らかとなり、連日においてテレビや新聞の話題に事欠かなくなる。

 とある週刊誌ではこの事件について、このような見出しをつけた。


『この中には犯人しかいない』

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