七つのショートショート

久保良文

世界一やさしい武器


 心根のやさしい科学者がいた。

 彼は心を痛めていた。

 それは銃という恐ろしい武器によって、大勢の人々が惨殺されているという事実を、改めて直視したからだ。これまでぼんやりと理解していただけのそれは、突如にして、彼の罪悪感と義務感をおおいに刺激した。


「私は銃に代わる武器をつくろうと思うのだ」

「いきなりどうしたの、いつものあなたらしくないわ」


 彼はまず、最愛の妻に、自らの意志について相談することにした。

 これまで長い間、苦楽を共にしてきた仲だ。彼は彼女を心の底から信頼していたし、彼女もきっとまたそうである。なにか決意ある行動をするときは必ず、妻に相談するのだ。


「そう思うだろう、だが私は決めたのだ『世界一やさしい武器』をつくる」

「わかったわ、あなたが決めたことならば、私も一緒に考えましょう」


 そうして二人は考えた。


「どうして人々は銃を使うのだろう?」

「手軽だからだと思うわ、だって引き金一つでよいのだもの」

「人々が死の間際に望むこととはいったい何であろう?」

「『もう少し生きていたい』だと思うわ、やり残したことぐらい誰だってあるのだもの」


 科学者の質問に、妻はよどみなく答える。

 彼はその様子に、舌を巻いて感心した。


「ありがとう、君は本当に私の疑問に答えるのが上手だ」

「長い付き合いだもの、あなたが何を考えて何をするかなんて、簡単に想像がつくわ」

「そうか、それは心強いものだ」


 最愛の妻の答えをうけて、彼はおおいに勢いついた。

 そして改めて決心をする。

 目指すは銃よりも手軽に扱えて、人々の死に猶予をあたえる。

 そんな『世界一やさしい武器』だ。



 彼は昼夜を問わず、研究をつづけた。

 くじけそうになったこともあったが、妻の支えもあり、なんとかもちこたえた。

 そうして、ついに完成したのが『世界一やさしい武器』である。

 それは、どんな遠隔地からも目標を定められ、ボタン一つで対象を殺害できる。

 それは、死の宣告。仕掛けられた対象には残り時間が通知され、その間に心残りをすませることができる。時間がきたのであれば、対象は痛みや苦しみなく、息をひきとるのである。

 そんな手軽さと慈愛の様相をあわせもつ、『やさしい武器』であった。



 科学者はその研究を認められ、一躍、時の人となる。

 その理念に賛同する者も多く。世間は銃という武器を排して、代わりに『世界一やさしい武器』を使用することを是とした。それは社会運動から始まり、ついには世界各国の兵器にとって代わるものとまでなった。

 科学者は、有名になり、そして金持ちになった。

 彼はそのことを大いに誇りに思い。

 人類は、平和と博愛の道へとまた一歩進めたのだと、信じて疑わなかった。



 ある日、科学者は出張先の外国で、自らの視界に奇妙な数字がうつることに気づいて、絶望した。それはまさしく、『世界一やさしい武器』の対象になったという証である。数字は刻一刻と減っていき、0になると死んでしまう。

 最初に「なぜ私が」と疑った。その次に「そんなはずはない」と否定した。その次に「仕方ない」と諦めた。自らが開発したからこそ、それが逃れようもないということを、誰よりも知っていたからだ。

 だから彼は、心残りをはたすために妻へと連絡を取った。

 それは彼女に「今もずっと愛している」と伝えるためである。


「どうか恐れずに聞いてほしい、どうやら私はもうすぐ死ぬようだ」

「そうなの」

「ああ。でも分からないんだ、どうして私が殺されるのだろう、私はこれでも、善良な人間のつもりであった、それでいてとりわけて怠惰ということもなく、人類のために貢献すらした、それなのにどうして、このようなことになったのだろう?」

「それはあなたが『世界一やさしい武器』の開発者だからだと思うわ」


 科学者の疑問に、妻はいつもの通りに、答えを示してきた。


「どういうことだい?」

「殺される人の心残りとして一番にくるのは『復讐』よ、それならば、残された時間を使って、あなたに報復しようとしても何もおかしくはないわ」

「なるほど」


 科学者は理解した。

 妻のそのいつも通りの、自らの疑問に平然と答えてくれるその様子に、事の顛末のすべてを理解したのだ。


「ああ、あなた、私はあなたを愛していたわ、本当よ」

「ああ、僕も愛していたよ」


 そうして人生最後の会話は終了した。

 彼女は本当に素晴らしい女性である。自身の疑問をすべて解決してくれるのだから、おかげで自分はスッキリとした気持ちで旅立てるのだから。

 そして私物の『世界一やさしい武器』に手をかける。

 それはもちろん、人生最後の心残りをはたすためにだ。



 このようなことが繰り返され、ついに人類は『世界一やさしい武器』により滅んだ。

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