第6話 僕は姉を祝福する

 今日のご飯は卵焼きと納豆とみそ汁、和食テイストだ。

 悩み事がある日は出汁を使用するメニューが増えるのは、僕自身自覚しているところだ。昆布や鰹節から黄金色の出汁が染み出てくるのを見ると、なんだか頭が空っぽになる気がするし、なによりこの素晴らしい香りは失われた食欲を回復させてくれる。

 卵焼きに乗せる大根おろしを用意していると、姉が二階から降りてくるのが分かった。

「おはよう姉さん」

「おはようカツキ。今日は和食なのね」

 僕の癖を知ってか知らずか、姉は和食を指摘する。僕はごまかすように笑った。

「――カツキ、実は言わなければならないことがあるの」

 姉はおもむろに重々しい調子で会話を切り出した。出鼻をくじかれた僕は、それでも姉から話を切り出すのは珍しいので真剣に聞くこととする。

「実は私、結婚することになったの」

「は?」

 しかし、その内容は重々しい様子とは真逆のものだった。

 え、姉が結婚する? 嘘だろ? あれ、姉って何歳? 18歳? 早くない?

「嘘だと思うでしょう。私もまだ半信半疑だもの。でも、本当なの。もうおじさんおばさんに挨拶も終わって、今日婚姻届けを出すわ」

「それは、本当に良かった。心の底から嬉しく思うよ。だけど、姉さん、その相手の方は――」

 その腕の傷のこと、知っているの? 聞こうと思ったけれど、そこまで口に出すことはできなかった。あまりにも残酷な問いすぎて。でも、姉はそんな僕の様子から察したのだろう。こくりと頷いた。

「知っているわ。私の過去も、そしてこれからも私が自傷行為を続けるだろうことも、全部」

 姉の目に涙がたまっているのが分かる。僕もなんだか泣きそうになる。

「ねえ、カツキ。私、こんなに幸せになっていいのかな。あの日の後、幸せな未来を諦めていた私が、こんな、人並みの幸せを味わっていいのかな」

 涙がこぼれた。溢れて溢れてみそ汁がしょっぱくなるんじゃないかと思うほど、姉は涙をこぼし続ける。僕も同じだけ涙があふれた。

「良いに決まってるよ姉さん。僕たちはあの日不幸になった分だけ、幸せになる権利だって、きっとあるよ」

 罪と罰が等価であるというならば、幸せと不幸せだって等価じゃないとおかしい。

 そうだろう?

「ありがとうカツキ、あなたも幸せになれるように、私、心から祈っているわ」

 ありがとう姉さん。僕も幸せになれるよう、頑張ってみるよ。

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