第5話 僕は罪人の話を聞く
エン様から渡された資料には以下の内容が書かれていた。
罪人の罪状は『殺人』。ただし、その殺人は正当防衛であり、それまでの品行方正な生き方から考えれば情状酌量の余地はある。ただし、残念なことに今の地獄では、殺人を行った者は必ず等活地獄にて500年以上の時を過ごさなければならないこととなっている。
その理由は二つある。
一つは、罪は罪であり、実際にその罪を行っている以上、それが軽減されることは何があってもあってはならないというもの。
もう一つは簡単だ。単純に罪人の魂を浄化するのに必要最低限な刑が『等活地獄で500年』という罰なのだ。もちろん人によるため、人によっては100年ほどで浄化が済む場合があるが、偏差を考えた場合500年以下にした場合、次世代に罪人の魂をそのまま残すリスクが生じるのだ。100人中100人が確実な浄化されるためには、それだけの時間を取る必要があるというのが地獄全体の考えというわけだ。
前者はともかく、後者という事情がある以上、実行された罪に対する罰を軽減するのは困難であると言わざるを得ない。
「それにしても……」
僕は思わず独り言をこぼす。
「最終試験っていうのはつまり、自分の身内相手に正確な判断を下せるかどうかが試されているんだろうな」
前の罪人しかり、今回の罪人しかり、どうしても彼らは僕の両親と重なる部分がある。前の罪人については父の家庭内暴力、今回の罪人については母の殺人が思い浮かんでしまうのだ。
きっと、エン様はそこまで分かったうえで、罪人を選別し僕の最終試験を行っているのだろう。僕が自分の判断の天秤を、気持ちの面だけで傾けないかどうかを確認したいのだろう。
その手には乗らない。僕が人間世界で人間として生きるためには地獄での睡眠時間が必要なのだ。何が何でも公平な判断を下してやる。
「あなたが地獄の弁護人さんですか?」
「――はい」
対面して驚いた。姿が見えないとは言え、思っていたよりもこの罪人は母と似ている気がする。どこがとははっきり言えないが、声のトーンや物腰が良く似ている気がした。
そんな馬鹿な。あれから1年が経過しているんだ。まさか母がこんなところに居るわけがない。僕は自分の考えを一蹴し、罪人の話を聞くことにする。
そもそも僕たちを溺愛していたあの母が、僕の姿を見て『あなた』なんて言うわけがないのだ。
「私、地獄というものが良く分からないので、簡単に教えていただけませんか?」
「分かりました。簡単に説明させていただきます」
僕はエン様からもらっている地獄案内図をもとに地獄の説明をする。
「僕たちが裁く罪人は主に8大地獄にて罪を裁かれます。8大地獄とは等活/黒縄/衆合/叫喚/大叫喚/焦熱/大焦熱/阿鼻を示しまして、それぞれにて罪人の地獄寿命が定められ、罪を裁かれていきます」
「なるほど、基本的には等活から阿鼻にいくにしたがって裁かれる罪が重くなっていくんですね。私の罪はどこに対応するんですか?」
「あなたの場合は殺人ですので、等活地獄行きとなります。罪人の魂を浄化するためには最低でも等活地獄で500年の時を過ごさなければなりませんので、今のままではその罪状となりますでしょう」
「なるほど、魂の浄化、とはなんですか?」
「つまるところ、記憶の完全消去、簡単に言えば魂のリセットです。すべての人間は等活地獄で500年過ごせば魂のリセットが終わると言われています。それ以上の期間の設定はあくまで過剰な処置であり、本来の目的とはかけ離れているものです。人間世界でも懲役100年以上の囚人とかあるでしょう。あんな感じです」
「なるほど、分かりやすいですね。では、もう一つ質問です。例えば私が等活地獄行きに決まったとして、他の地獄に罰を変更してもらった場合、地獄寿命を短くすることは可能なのでしょうか?」
「地獄寿命を短く、ですか?」
罪人の言葉に僕は首を傾げる。それは考えたことも無かった。
これまでの罪に対する罰の考え方から考えればおそらく答えはイエスだ。罪と罰は同等でなければならないことを考えると、等活地獄は8大地獄の中で最も軽い罰だ。他の厳しい地獄に切り替えるとした場合、地獄寿命を短くすることでしか罰のつり合いを取ることはできないだろう。
しかし、いずれの地獄に行ったとしても最終的には魂が浄化され、記憶が消される以上、より責め苦が楽な地獄に行くべきだと思うが、この罪人の発言の真意はどこにあるのだろうか。
「僕の方では判断いたしかねます。一度閻魔大王様に確認を取ろうと思いますので、その後またお話させてください」
「よろしくお願いします。地獄の弁護人さん」
そう言って手を振る罪人に会釈し、僕はその場を立ち去ることとした。
残念ながら今日の僕の活動時間はこれでおしまいだ。睡眠をとらなければならない。
ちょうどいい。エン様に話す前に少し考えさせてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます