8.星のある夜(3)

 夢を見ていた。

 カールは歩いていた。円形の塔に沿って緩いらせんを描く階段は、窓も灯りもなく真っ暗だ。冷たい湿った壁に片手をつき、ひたすら上っていたが、ずっとどこにも辿り着かない気がしていた。でも、戻ったり立ち止まったりするのは怖かった。

 ふと、後ろから足音が聞こえることに気付いた。ずるずると重いものを引きずって歩くような音だ。振り返っても階段がカーブしているため、見通せない。逃げなくてはと思った。慌てて速度を上げるけれど、ここまでずっと上り続けていたせいで疲れた足には力が入らない。

 もういいのではないか。

 逃げる必要があるのか。

 この先に進む必要があるのだろうか。

「カール!」

 カールの手を握る手があった。数段上からこちらを見下ろしている灰色の瞳の少女。淡い金髪が星のように清かな光を放っているのが、長い前髪越しでもわかる。

「何やってんの? 早く、走って!」

 ニナは不機嫌に睨んで、カールの手を引いて階段を駆け上がる。カールは必死に走りながら、手を離さないように力を込めて握り返した。

「その傷は力を持ってる。稲妻のしるし」

 ニナの声が塔に反響する。

「完璧なものだけが美しいとは限らない」

 彼女が言葉を紡ぐたびに、カールの足が軽くなるようだった。

「あんたは力を持ってる」

 ニナに言われると本当にそんな気がしてくる。これが魔法なのか。

「カールはすごいと思う。羨ましい」

 出口なんてないと思っていたのに、不意に行く手に空が見えた。真っ黒な雲が一面を覆っている。風がカールの前髪を巻き上げた。

 最後の一段を上ると、ニナはカールを振り向く。そっと傷に触れた。

「私はこの傷好きだよ」

 にっこり笑ってそう言ってから、くるりと身をひるがえす。

 今度は逆にカールがニナの手を引き、抱えるようにして、横に跳んだ。階段の出口から離れる。屋上に姿を現した人とも獣ともつかない黒い大きな影に、向き直る。

「離して、大丈夫」

 ニナが木片を取り出すのを制して、カールは彼女を背にかばった。

 使い慣れた剣が、今はある。すっと抜くと、遠くで雷鳴が響いた。

 ニナを守りたい、笑顔を見たい。彼女の言葉が自身を射抜く理由をカールは考えた。

 父王メラエール一世が魔女エヌをサロンに誘って断られたのは王城では有名な話だが、密かに関係があったとしたら?

 毎年の占いは、エヌと娘の近況を知りたいための口実だったとしたら?

 父親とは会ったことがない、名前は言えない、簡単に会える人じゃないというニナの話とも繋がる。

「ニナ、あなたを守るのは僕の役目だ」

 ――だって、あなたは僕の妹だろう?

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