8.星のある夜(1)

 カウシ亭の三階。シイナが借りている部屋にカールは寝かされた。

 医者によると、頭の怪我は少し打っただけで大したことはないそうだ。目が覚めないのは寝不足か疲労だろうと医者は言ったけれど、シンゲツのせいなんじゃないかとニナは思った。

 襲ってきた二人組は、エヌの話をしていたからニナを狙ったと話した。ずっと昔に王都ではエヌの情報に賞金がかけられたことがあり、それはとっくに取り下げられているのだけれど、もしかしたら金になるかも、と思ったらしい。王家絡みの裏がないか確かめると言って、ラルゴとシイナが別室でさらに詳しく話を聞いている。

 あのとき、リーンとシイナとの話が終わったラルゴが、女将からニナの伝言を聞いて心配して外に出たところで時の魔女に会ったらしい。時の魔女は、シンゲツから場所と状況を聞いて駆け付けたところだった。

 時の魔女は医者が来る前にカールを診て、一度出て行き、戻って来たときには薬草と調薬の道具一式を持っていた。入れ違いで帰った医者がカールの頭に貼った薬を剥がし、自ら調合した薬を塗って、薬湯まで作ってくれた。

 ニナは、カールの治療が終わった時の魔女に、エヌの話をした。寝ているカール以外は誰もいなかったけれど、時の魔女はきちんとした魔法陣を描いて結界を張った。魔法陣の中に並べた椅子に座って、時の魔女とニナは向かい合った。

 エヌの死、ティサトの見解、アケミの言葉。時の魔女はニナの自由に話させた。

 ニナの父親の件とアマネの守護を得たことは言わないでおいた。とっくに気付かれているかもしれないけれど。

「エヌは魔法界に上がったときアケミの影響を受けた、とアケミが言ったのね?」

「はい」

「ふうん、そう……なるほどね」

 時の魔女は、考えるようにつぶやき、一度頭を振った。魔法陣の中で光を纏っていた白い髪が揺れる。

「エヌのことはだいたいわかったわ。全く、あの子はいつでも自分勝手ね」

 見た目の年齢ではエヌの方が年上だけれど、時の魔女はエヌの育ての親だった。ニナやティサトほどエヌの死を悲しんでいないように見えるけれど、時の魔女が簡単に本心を見せるとも思えなかった。

「先生はエヌを呼び出せますか?」

「できるんじゃないかしら」

「それじゃ……」

 勢い込んで言いかけた言葉を、時の魔女は遮る。

「だーめ。自分で呼び出せるまで我慢しなさい」

「どうして?」

「その方がいいのよ。そのころにはエヌの気持ちがわかるようになっているかもしれないから」

「え? どういうこと? 先生、何か知ってるの?」

「想像よ、想像」

 先生の意地悪だとか、ケチだとか、ぶつぶつ文句を言うニナに、時の魔女はにんまりと笑った。

「それでシンゲツには会った?」

 ニナは身を乗り出す。

「先生が企んでたのってそれですか? 私とカールを会わせようとしてたのは、シンゲツと会わせたかったから?」

「シンゲツとは別に、カールにも会わせたかったのよ」

「カールにも? なんで?」

 時の魔女は珍しく目を伏せた。

「借りがあるの」

「借り?」

 それがどうしてニナに繋がるのかわからない。ニナは説明を待ったけれど、時の魔女は話すつもりはないようだった。切り替えるように顔を上げ、白い髪を後ろに払いのけると、立ち上がった。ニナは慌てて言い募る。

「待って、先生。エヌが言っていた厄災がシンゲツですか?」

「そうね、エヌはそう思ったのかも」

「え、本当は違うの?」

「ニナはどう思ったの?」

 逆に尋ねられて、ニナは考えながら答える。なんとなく視線がカールの寝るベッドに向いた。

「怖くはなかったです。話してるとイライラするし、面倒くさいとは思ったけど」

「面倒くさい? あははは。確かに」

 時の魔女は声を上げて笑う。けっこう親しいのかもしれない。

「シンゲツが厄災じゃなかったら、エヌの守護は無駄になるんじゃないの?」

 時の魔女は指でニナの額を押して、ニナの顔を上げさせた。緑の瞳がニナを見据える。

「そういうことじゃないわ。――エヌは、たぶん不安になったのよ。シンゲツじゃなくても、厄災はいっぱいあって、エヌの目が届かないところでニナが危険な目に遭うのが怖くなった。ニナを閉じ込めるわけにもいかない。アケミをつけようとしても、アケミはニナよりもエヌが第一だから無理。それなら、どうするか」

 時の魔女は、ニナの頭の上の宙を見た。

「馬鹿ねぇ。笑っちゃうわ」

「先生……」

「これも私の想像」

 時の魔女はニナを見下ろす。

「話は終わり?」

 ニナがうなずくと、時の魔女は靴の踵を床に打ちつける。コツンと高い音がすると、木炭で描かれた魔法陣の線がするすると彼女の足元に引き込まれ、影に溶けて消えた。

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