3.エヌの魔法(3)

 ラルゴが宿に戻って来たとき、ニナとティサトはまだエヌの魔法陣を前に意見交換していた。ラルゴのノックで、魔力が高まった場が壊れてニナははっとした。

「どうぞ」

 平然と返事をするティサトの横でニナは何度か瞬きをした。ドアを開けて中には入らず、ラルゴが、

「商店で聞いたんだが、魔女を探している奴らがいるそうだ」

「え?」

「そういう話なら入って」

 ティサトはベッドから降り、ラルゴを促して部屋の中に入れる。閉めたドアに指で何か描いたのは、魔法をかけたのだろう。

 二台のベッドでほとんどいっぱいの狭い部屋で体の大きなラルゴは居心地が悪そうだった。ティサトとニナを順番に見てから話を続ける。

「探している魔女の容姿は聞いてないんだが、あんた心当たりは?」

「私を探してる可能性ってこと? うーん、なくはないかもしれないけれど、こんなところまで探しにくるほどの用がある相手は思いつかないわ」

 ティサトはそう答えてから、ニナを見る。

「モニエビッケ村の人がニナを探しに来た可能性の方が高そうよね」

 そして、ラルゴに向き直る。

「事情は聞いたわ」

 ラルゴはそれにうなずいた後、

「しかし、ニナを探すとしたら、このくらいの少女を見かけなかったかって探さないか? 魔女とは言わないだろう」

 ニナもラルゴに同意する。

「それと、村の人たちは私が魔女だって知らないかも」

「でも、エヌの娘ってことは知ってるんだから、ニナも魔女だって考えるんじゃない?」

「そうかな」

 首を傾げるニナに、ティサトは笑う。

「念のため、ニナだってわからないようにしましょう」

「どうやって?」

「もちろん、魔法で、よ」

 ティサトは自分の荷物から何か取り出した。

「簡単なものしか持ってないから持続性ないけど、何もしないよりましでしょ」

 ティサトが床に布を敷いたからラルゴは慌てて避けた。ハンカチとスカーフの間くらいの大きさの布に、魔法陣が描いてある。ニナはベッドに座ったまま身を乗り出す。ティサトの魔法陣はあまり見たことがなかった。汎用性のある陣なのか、ぱっと見ただけではどんな魔法か特定できない。

「真ん中に立って」

 ティサトはそう言ってから、ニナに向かって片目をつぶる。

「それとも自分でやる?」

「ティサトがやって」

 ニナはベッドから直接足を下ろして、魔法陣の真ん中に立った。ティサトは魔法陣にいくつか記号を描き足した。光沢のある青や黄色の粉は化粧に使うものだろう。

 ティサトはニナの正面に立ち、目を閉じる。魔力を感じた。ティサトに魔法をかけてもらうのは初めてだった。あまり馴染みのない魔力に、鳥肌が立つ。それに気付いたのか、目を閉じたままティサトは微笑んだ。

「楽にしててね」

 ニナは力を抜く。すると、引かれるように顎が上がった。視線が斜め上に向く。ティサトが目を開けると、目尻がきらりと光る。ティサトは左手の人差し指をニナの額に当てた。温かさが伝わる。ニナは自然に目を閉じた。ティサトが指を離すまで数秒もかからなかった。

「いいわよ」

 ニナは目を開ける。特に何か変わったことはなかった。

「どうなったの?」

 ニナはティサトとラルゴを見る。ティサトは笑顔で、ラルゴは驚いていた。ティサトは、ラルゴに向けて、

「どう見えるかしら?」

「大人に見えるな。一気に十歳くらい成長した」

 ラルゴは感心したように腕を組む。

「大人?」

 ニナは自分の体を見回すけれど、成長したようには見えない。

「自分じゃわからないわよ。時間を操作する魔法じゃないから」

「えー」

 ティサトの言葉にニナは口を尖らせる。

「どんな感じ? 美人?」

「ええ」

 ティサトはうなずく。ラルゴは苦笑した。

「ああ、美人だ」

 大人なら背丈も違うはずだけれど、ラルゴの視線はニナの視線と合う。それでニナは魔法の性質を理解した。ニナ自身がどうにかなるのではなく、見ている人の中で補正されているのだ。子どものニナから想像する大人の姿をラルゴは見ているのだろう。それはティサトが見ている大人のニナとは少し違うし、実際の十年後のニナの姿とも違うはずだ。

「まあいいや」

 ニナは笑顔を返して、ティサトにお礼を言った。

「ティサト、ありがとう」

「待って、今からが重要なのよ」

「え? まだ魔法かけるの?」

 魔法陣の布をしまったティサトは、今度は、小瓶や平らな容器をいくつも取り出してベッドに並べる。

「それ化粧道具じゃないの?」

「そうよ。一回ニナを飾ってみたかったのよ」

 楽しくてしかたないという笑顔にニナは怯む。ラルゴが片手を上げる。

「俺は出てくるから。モニエビッケ村の奴らなら、話をつけてくる」

 そう言って部屋を出て行った。

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