3.エヌの魔法(1)

 オークルウダルー村はモニエビッケ村よりも大きい村だった。内陸に向かう道を進めば、国を南北に走るハールニール街道にも出られる。広場を中心に家が集まっているのは変わらないが、数が多かったし、商店もあった。行きかう人も多い。

 広場の端には、森を出たときに見た石造りの塔が建っていた。高さは普通の家の五倍近くあったが面積は狭く、見た目は煙突のようだ。何に使うんだろうと思って見上げていると、ラルゴが教えてくれた。

「物見だな。戦が多かった時代のものだろう」

「百年くらい前だっけ? 確か三代目の王様のころ」

「へぇ、よく知ってるな」

 驚いた声を上げるラルゴに、

「王家のことはエヌが詳しかったんだ」

「そうか」

 ニナにうなずいてから、ラルゴは塔に目を向け、

「だが、これは建国前だろうな。タウダーラーとの戦のころだ」

「タウダーラー……」

 タウダーラーは翼のある人たちで、建国前の戦で追いやられて、今は、東の国境に当たる大山脈のどこかに隠れ住んでいるという。

 つぶやいたきり黙ったニナを、ラルゴは真面目な表情で見た。

「王家に詳しいなら、おととしメラエール一世が崩御されたのも知ってるのか?」

「うん」

 エヌに手紙が届いたのだ。誰からかはニナは知らない。手紙を読んだエヌはとても驚いていた。まだお若いのに、と言っていたから、もしかしたら面識があったのかもしれなかった。

 エヌがいなかったら王家のことなんて気にもしなかったと思う。実際、国王が代替わりしてもニナの生活には全く変化がなかった。

「ラルゴも詳しいよね」

 ニナは傍らの男を見上げる。コートの下に隠された立派な剣は一般市民が持つものではない。右目の傷もいわくありげだ。

 ラルゴの探している『リーン様』は、彼の主人だという。ニナは今まで知らずに来たけれど、リーンは貴族なのだろうか。

「リーン様ってどういう人?」

 ラルゴは、ニナの突然の質問に驚き、次いで難しい顔をした。それを見て、ニナは慌てて付け加える。

「言いたくないならいいけど」

 関わりの深い人間が協力してくれるのなら、占う対象の素性を魔女が知らなくてもさほど問題はない。

 それならなぜ聞いてみたのだろう。

 ニナは自問する。

「あ……違う。そうじゃない」

 一人で納得するニナを、ラルゴは黙って見ていた。

 リーンのことを知りたい理由は、ラルゴのことを知りたいからだった。それに気付いたニナは、質問を変える。

「ラルゴってどういう人?」

 ラルゴは少し面食らった顔をして、片手で顎を撫でる。答えてくれそうな雰囲気だったのに、邪魔が入った。

「ニナ!」

 女の声に二人で振り返る。駆け寄って来たのは、知っている顔だった。

「ティサト?」

 ティサトはエヌの友達で、やはり魔女だ。薄墨色の髪を高い位置で結い上げて、暖かそうな白い毛皮の襟巻をしていた。

「どうしてここに?」

「あなたこそどうして? 私はエヌに会いに行く途中よ」

 思えば、ニナはエヌの死を誰にも知らせていなかった。ティサトにも、エヌの師匠にも。

 ニナは言葉に詰まる。ニナの様子には気付かなかったのか、ティサトはラルゴに目を向けた。

「あら、いい男じゃない。ニナ、あなたの?」

「どういう意味?」

「まぁ、あなたのじゃなさそうね。それじゃ、エヌの? あの子ってば、また若い男をつかまえて!」

 悔しそうにするティサトにラルゴは目を丸くしている。ニナはラルゴにティサトを紹介した。

「ティサトは魔女で、エヌの友達」

「友達じゃなくてライバルよ」

 ティサトは綺麗に化粧した顔で微笑んで言った後、にわかに顔を曇らせた。

「もう永遠に追いつけないかもしれないけれど」

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