第199話 ちょっと暴れてみただけの異邦人


「無茶苦茶ですか……? たしか他国の使者が傭兵として紛れ込んでいたと聞いておりますが……」


 未だくじけないセラフィーナが声を上げた。なんとか文官見習いとして存在感を出そうとしているようだ。

 いささか真面目過ぎるきらいはあるが、職務に熱心なのだから鍛えればそれなりにはなるかもしれない。

 バルバストルは今のところ彼女を議論の相手と見なしていないが、懸命に食らいついてこようとする姿勢まで否定するつもりはなかった。


「秘書官、紛れ込んでいたなんてのは穏当な表現だ。! これが問題ないわけあるか!」


 ほとんど叫び声に等しいものを発したウルバーノは、目の前の机を叩こうとして――寸前で止めることに成功した。

 大声を出して少しだけ冷静さを取り戻せたからだ。それでも普段の脂気は失せたままで、こちらは当分戻って来そうにない。


「実際の戦いを見ていないわたしにはわかりませんが……問題とはどういうことなのでしょう?」


 続く疑問はおそらく彼女だけでなく、それこそ多くの者が抱くであろうものだった。

 そう、皆が真実を知らない。


「敵に勝ったという点をだけ見ればさほど問題はない」


「ええ。あそこで負けていれば、我が国はたちまち守勢を強いられることになり、周辺国も見て見ぬふりをして終わっていました。大陸北部の勢力図が確定していたでしょうな」


 バルバストルが首肯する。

 一度転べば復帰は容易ではない。一度の負けからアトラス軍は崩壊して属国への道を転がり落ちる。あとはヴィクラントから来た者たちが言うように、北大陸へ攻め入るための拠点として使われていたはずだ。


「然り。敗北に比べればなんということはない。使者の件も陛下に勅命をいただき緘口令かんこうれいを敷けば、完全な隠蔽は無理でも口の軽い貴族たちが漏らす根も葉もない噂で済む」


 そこまで言ってウルバーノは不意に悪寒を覚えた。

 思い返せば、あの傭兵団だけを前線近くの街から遠ざけたのはバルバストルの判断だ。「初戦で功績を上げ過ぎたため、他と軋轢が起きないように」と報告書にはあったが、この男は早い段階から他国の存在を認識していた可能性がある。

 

 そう考えるといくつかの欠けていた断片がはまっていく。

 ティツィアーナが新兵器を持っていたこともそうだ。背景をある程度予想した上で王女殿下をあの傭兵団に接触させた可能性がある。


 いや――そもそも、この男は海賊船が拿捕された領地の補佐官だったではないか。まさかあそこから仕込みをしていたのか?

 ウルバーノは肌の粟立つ感覚に襲われていた。


「ではいったい何が問題なのですか?」


 セラフィーナの声が宰相を現実に引き戻した。

 己の未熟さを自覚していっそバカになってやろうと思ったのか、彼女の言葉に卑屈さの類はない。

 そうした反応が、バルバストルにしては珍しく他者へ興味を抱くに至らせた。


「僭越な物言いではあるが、今回はベルナルディーノ殿下に名を上げていただくことが目的だった。これも今となっては甘い見通しだったのかもしれんが――ああ、話が逸れた。とにかくそう思っていたところで、ティツィアーナ殿下が敵の総大将を討ち取ってしまわれた」


「つまり横紙破りが問題だと?」


 セラフィーナは首を傾げた。

 戦は水物だ。狙い通りにいかないこともあるだろうし、今回は敵の翼竜が単騎で暗殺者の如くベルナルディーノを狙ったとも聞いている。

 この状況で援護に入ったティツィアーナを咎めるのはさすがに無理がある。セラフィーナでもわかることだ。


「それも問題ではある。だが、それ以上の問題はな……」


 ウルバーノは一度言葉を切って息を吸い込んだ。もうこれだけで何の予備動作かセラフィーナにもわかった。


「大暴れした傭兵団の素性が他国の使者で! それも王女殿下たち騎士団に武器を供与し戦果を上げさせ! さらに自分たちがその上を行く戦果を上げたこと! これが問題――大問題だ!!」


 今度こそウルバーノは机を叩いた。

 今並べた問題をまとめてはおらずとも、苦情のひとつやふたつは入っているのだろう。小さく震える宰相の目は軽く血走っていた。


「か、彼らはヴィクラント王国と名乗ったのでしたか? 彼らははじめから我が国に接触するつもりだったのですよね? では、なぜ王城を訪ねてこなかったのでしょう……」


 ここで上司を宥めるのは逆効果かもしれない。

 もはやセラフィーナは道化役に徹するしかなかった。無論、自分自身の知識の隙間を埋めたかったのもある。


「それこそ我々の実力が未知数だったからだよ、セラフィーナ殿。海を挟んだ向こう側と、我が国含む周辺国との間に国交があるとは聞いていない。おそらく彼らもこの大陸のことを知らなかったと見える」


 バルバストルは依然事態を楽しんでおり、宰相の健康をはじめとした諸々には何の関心も示さなかった。

 いや、すこしだけセラフィーナという少女を教育すればより面白くなるかもしれないと思いはじめてはいた。

 今ウルバーノの代わりに答えたのも、先ほどから注がれる「少しは相手をしてやれ、同胞で後輩なのだぞ」という視線に応えた形である。


「交渉に値する相手か見極めようと? わざわざいくさに参加する危険を冒してまで?」


 自分の常識からすれば信じられなかった。好き好んで戦に身を投じるなど……。


「初戦で戦果を上げて誰も見向きもしなければ、組む価値なしと判断して他国に行くか国に戻っていたはずだ。そこを突破したから“やる気”を見せたのだろう、すさまじく嫌なやり方でな。……交渉前からやりにくい相手だ」


 とうとう怒鳴る元気もなくしたウルバーノが椅子に背中を預けた。


「我が国にはない遠洋航海術を持つ以上、すくなくとも技術力は南海には勝るとも劣りはしないでしょう。武器を見ればそれ以上かも。そうした技術力を我々に与えることが彼らの国益に適うか見定めようとしたのかと」


「……なんだか試されているようで、あまりよい気分ではありません。むしろ外交的非礼にあたるのでは?」


「それは違う。外交の場で非礼と口にするにも国力が必要だよ。特に――軍事力の裏付けがない独立などいつまでも保てるものではない。覚えておくべきだ、セラフィーナ殿」


 セラフィーナの不満げな言葉に対してバルバストルが答えた。

 少女を笑ったりはしない。彼は以前から大陸中央の情勢に関心を払い、できる限りの情報を集めていたからこうした考えに至っただけの話である。それは今誇るべきものではなく、それが何かを為したときにはじめて誇れるのだ。


「相手を強国と見た方がいいだろう。べつに我々でなくても良いどころか、暴れたことすらなんとも思っていない可能性がある。ただ、多少の譲歩は覚悟しているが、同時に周辺国から非難されるような事態は避けたい」


 売国ではないが、この地域を余所者に売りつけたと騒がれる可能性はある。

 既得権益にありつけなかった者は平気でそういった行動をとる。もしも自分たちが他国に先を越されていればそうなっていたかもしれない。


「我らは戦ったのです。そこは譲るべきではありません。周辺国との連帯にしても、先んじて優れた他国の技術を導入できれば、軍事力を含めた優位性が確保できます。もちろん、彼らがバランスを取ろうとする可能性はありますが」


 宰相の慎重な意見にバルバストルが反論を述べた。彼の上げた報告書にも書かれていた内容に近いものだった。

 銃という武器は人間相手のものであり、翼竜ワイバーンに対抗する手段とはならなさそうだが、兵士ひとりの攻撃力が大幅に向上するのは間違いない。


「わたしも同感です。魔法といった生来の素質に依存しないのは魅力的かと。事実、真っ先にそれを導入したティツィアーナ殿下は各個たる戦果を上げられました」


 セラフィーナが同意を示した。

 ヴィクラント王国からの武器供与なのか技術供与なのか、はたまた両方なのかはさておき、周辺国に対する主導権は可能な限り握っておきたい。


 バルバストルが今語った内容は個人の意見に近い。彼としては、ヴィクラントの提案を受け入れるべきだと思っているのか。


「そうだ、。それゆえに不安もある」


 神話ではないのだ。善人が海を越えてやって来るわけもない。どう考えても甘い甘い毒にしか思えなかった。


「不安とは?」


「実際に目の当たりにしたベルナルディーノ殿下は強い興味を示しておいでだ。今回の件が堪えたのだろう。これまで本物の“お飾り”だったジリアーティ騎士団に敵総大将を討ち取られたのだからな」


「最初はどうなることかと思いましたが、非常時ゆえか王子殿下も考えをあらためていただけたようです。あれで不和の種を蒔かれてはどうにもなりませんでした」


「これ、いち文官が王族に言及するなど不敬であるぞ」


 彼自身頷きたいところはあったが、宰相の立場からウルバーノは苦言を呈しておいた。


「閣下はもたらされる武器が後継者争いの火種になりかねないと?」


「いや、可能性にまで言及するとキリがない」


 これ以上は不敬なのもあるが、ウルバーノは今のところそれについては心配していなかった。


「人の素質に依存しない代わりに、他国に依存することになる。見返りに要求されるものも今の時点では不明だ。よもや技術をあっさり我が国に供与してくれるとは思えん」


 いくつもの未知の武器や兵器が報告されている。

 飛竜のように飛び回れて垂直に降り立つ存在――鉄の羽虫などもあったようだがウルバーノにはまるで想像がつかなかった。


「それぞれのメリットとデメリットを閣下がご理解されておられるようであれば、軍監の役目を終えた私から申し上げることはございません」


 ここでウルバーノは気が付いた。

 バルバストルは話を終わらせようとしている。まさか、ここで「自分には関係ない、権限がない」と逃げるつもりだろうか。そういうわけにはいかない。


「待ちたまえ、バルバストル


「……なんでしょうか」


 急に外される寸前の役職名で呼ばれたバルバストルは固まった。表情もどこかぎこちなく見える。


「貴殿にはそれだけよく回る頭があるのだ、少しは祖国のために使ってみせろ」


「ご冗談を。私などに頼らずとも王城にはいくらでも人材が――」


「今回の戦場を自身の目で見ていない者には任せられん。彼らとの交渉は貴様が担当しろ。まさか外務卿には任じられんから――特命外務官に任命する。準男爵位くらいはつけてやれるよう動こう」


「さては最初から……そのつもりでしたな?」


 ここではじめてバルバストルがイヤそうな表情を見せた。


「何の話かな? 今話していて思いついたことだよ。君以外にいないとね」


 ――勝った!


 答えながらウルバーノは内心で握り拳を作ってそう叫んだ。しかし、すぐに意味のない稚気じみた行動だったと急に恥ずかしくなってきた。

 おそらく疲れているのだろう。早く休まねば。


「適任だと思ったから任せるのだ。補佐にセラフィーナも付けようではないか。そう、君がやるんだ」


 バルバストルが有能なのは事実だ。こんな男でも国のためにならないことはしない。


 さてさて。身代わり――もとい、適任者もできたことだし、すくなくとも今晩だけでもよく眠れそうだ。


 ウルバーノは久しぶりに大いなる充足感を覚えていた。






※鉄血の海兵令嬢2巻絶賛発売中ですよろしくお願いいたします。


尚、前回と今回は政治回なのでさくっと終わらせようとして9,000文字になってしまって反省です。でもこういうところもないと次に繋がっていかないので……。

更新頻度を上げたので許してください。

アリシアたちの出番は記念すべき第200話からです。198、199話に重複すると面白くないので飛ばすところは飛ばしてまとめます。

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