第196話 勝ったはいいものの


 総大将ユン・シーカイを討ち取られた南海軍はたちまち壊走状態に陥った。

 撤退時の手際を見るに、指揮権の移譲は南海の軍制的でもある程度構築されていたのだろう。


 しかし、そこまでが限界だった。

 新たに突撃を敢行したジリアーティ騎士団と、彼女たちを上回るウォーヘッド傭兵団が発揮した文字通りの“火力”により、南海軍は瓦解寸前にまで追い詰められていたのだ。


 とはいえ、アトラス軍には追撃に移るだけの体力が残されていなかった。

 中央本隊は総大将ベルナルディーノこそ無事だったものの、落馬によって負傷し気絶しており、とても指揮をとれる状況ではなかった。

 また、右翼側の損害が当初の予定よりも数段ひどく、前衛で戦った多くの傭兵団が謎の投射魔法を恐れた南海軍魔法部隊の“転進と攻勢”により壊滅寸前にまで追い込まれてしまったためだ。


 この戦いだけで見ればアトラスの勝ちだが、追撃を受けず戦力の損耗を一定レベルに抑えられた南海軍が侵攻を諦めるとは思えない。

 またしても、



 戦闘の後処理がやや落ち着いてのち、後方に設置されていた本陣にて高級指揮官――各軍を率いる貴族たちが集められていた。


「バカな!? ティツィアーナが戦功第一だと!?」


 天幕の中に喉が壊れそうなほどの怒声と、物が打ち付けられる大きな音が響き渡った。

 左手に添え木を当てて首から吊ったベルナルディーノが、ほぼ無意識のうちに反対側の手を机に叩きつけたためだ。


 彼の負傷は残念ながら戦闘によるものではない。

 くだん翼竜ワイバーンによる斬首作戦とでも呼ぶべき奇襲によって落馬し骨を折ったのだった。他にもおそらく肋骨などにヒビが入っていると思われ、時折呼吸に伴って痛みを発していた。


 せっかく汚れを清め服も王族らしい仕立てのものに着替えたというのに、これではいかにも物語で貶められる短気な王族そのものである。


「はい、殿下。きわめて客観的に我が軍の戦果を分析をした上での結論です」


 王族の怒りをものともせず、王都から派遣されてきた軍監マルセル・ド・バルバストルが慇懃にも見える態度で答えた。

 こういうところが出世から彼を遠ざけてきたのだろう。


「ぐぅっ……! そんなもの認められるわけがないだろう!!」


 机を叩いた衝撃が身体の内部を通して折れた左腕にも伝わったらしく、ベルナルディーノは怒りのみならず痛みに顔をしかめていた。


「…………」


 怒り心頭で小さく震えているベルナルディーのとは対照的に、彼の真正面に立つティツィアーナは無表情のままだった。


 自分たちが命を懸けて上げた戦果にはなんら恥じ入ることがないと思っている。

 たしかに待機命令は出ていたが、味方の窮地を救うための行動だった。

 あそこでもし総大将ベルナルディーノを討ち取られていたら、あとは無様に潰走するしかなかったはずだ。

 だから、兄の怒りを浴びていようと精神にも余裕があった。

 無論、バルバストルという知己の存在が心強かったのもあるのだが。


「しかし、命令を無視したのは問題ですぞ」

「たしかに。今回の軍はベルナルディーノ殿下が陛下から総大将に任ぜられております。そこを尊重できない振る舞いは王族といえども慎むべきです」

「他の兵たちに示しがつきません。儀仗部隊が戦いに参加したなど……」

 

 今回の戦いで前線にて兵を戦わせなかった貴族たち――グリマルディ子爵を筆頭とした“居残り組”が声を上げた。彼らは祖国防衛のために動員こそされたものの、武断の家の出身ではなく消極的な動きを好むきらいがあった。

 同じような役割だったはずのティツィアーナの功績が認められてしまうと、相対的に味方の危機において行動しなかった自分たちの立場がなくなってしまうからだった。保身にもほどがある。


 ――もうすこし危なければ逃げ出そうとしていたくせに良く言ったものだ。


 思わずティツィアーナは彼らを睨みつけたくなるが、優位にあるのは自分だと言い聞かせて爆発を堪えた。

 こういうところも兵を率いる者の務めだと教官たちから教えを受けたのだ。彼らに泥を塗るわけにはいかない。


「しかしながらベルナルディーノ殿下。姫殿下が敵の総大将を討ち取ったのは紛れもない事実にございます。戦功に対する褒賞がなされなければ軍全体に影響が波及しかねません……」

「左様です。少なくとも我が国は国土防衛戦に勝利しました。未だ予断を許さない状況ではありますが、今後を考えれば民も含めて士気を上げねばなりません」

「王族の活躍は、来るべき周辺国との連帯においてもアトラスが盟主に躍り出るための材料でございます。素直に喜ぶべきことかと」


 副将を務めるマルディーニ伯爵をはじめとした積極派ともいうべき武断派貴族たちが声を挟んだ。


「軍監の立場からも、命を懸けて戦っても正当に評価されないと思われては後々に禍根を残すかと」


 バルバストルが援護の言葉を放った。いけ好かない態度の若造が示した正論に、マルディーニ伯たちの視線がすこしだけ好意的なものに変わる。

 前線で戦った貴族はベルナルディーノを守るためにそれなりの兵を失っているのだ。犠牲を払った者とそうでない者どちらを優先するかは明白だった。


「貴様ら、まさかティツィアーナの味方をすると言うのか!?」


 そういう話ではない。

 バルバストルとマルディーニ伯の内心の声が重なった。


「この国難に少しでも良い位置に自身を鞍替えしようとしておるのではないのか!」


 もうすこし大局的な視点で物事を見てくれと嘆きたくなった。彼の判断次第では今後の立ち位置も考えねばいけなくなる。


「当方の役割を誤解されるのは心外にございます」


 バルバストルは小さく首を振った。王族を相手にするような役割を押し付けた執政府を恨むしかない。


 正直な話、今になってわざわざ第二王子であるベルナルディーノの台頭を望む必要性はない。あくまでも今回は防衛戦の総仕上げで「武勲を呼べるもののない第二王子に箔をつけてやりたい」という国王の思いがあった。

 これすらも初戦の勝利から南海国を侮っていたと言えばそれまでなのだが、結果として最前線の士気に混乱をきたしているのだから国王の失策と言えた。


「ティツィアーナ殿下には派閥もございませんでしょう」


 事実が事実として通るようであってほしい。マルディーニ伯はそう願っていた。


 無論、彼としても今回を皮切りにティツィアーナが頭角を現すのであれば立ち回りを考えるつもりもある。

 まさしく国難において軍事的才覚を見せたのだから一目置くに値すると素直に思う。

 しかし、いったいどこであのような戦い方や武器などを仕入れてきたかが気になるが――


 脳内で瞬く間に計算がなされていく。武闘派や内政派だの色々あろうとも、貴族とは総じて利に聡い生き物だった。


「私の決断は変わらん! 命令無視によるジリアーティ騎士団の解体を陛下に申し上げる! お遊びのような連中などなくとも我が軍に影響はない!」


 結局、ベルナルディーノは自身が戦果を得られぬまま負傷した失態を誤魔化し、妹を責める方に方針を変えてしまった。見事なまでの足の引っ張り様および現実逃避である。


 それでもティツィアーナは動じていない。内心の怒りもまだ制御できる範囲だった。


 なぜなら――


「失礼ながら、王子殿下にはそのような権限などございませんでしょう」


「誰だ!」


 新たな声にベルナルディーノが怒りを撒き散らすと、同時に天幕の中へ入って来る男女の姿があった。


 どこか男性めいた服装に身を包む、ティツィアーナとは異なる凛々しさを持つ金髪の少女と、それに付き従う同じ格好をした少年だった。

 当然ながらこの場にいる者たちは、それがアメリカ海兵隊の士官用ブルードレスであることを知らない。


「ウォーヘッド傭兵団が団長、アリシア・テスラ・アルスメラルダでございます。皆様に申し上げるべきことがあって参りました」


 そっと一礼した少女――アリシアは美しい見た目にはそぐわない鋭い瞳でそっと切り出した。










いよいよ明日(6/17)、鉄血の海兵令嬢2巻発売でございます!

もう書店には並んでいるところもあるようです。配本が少なめとも情報ありますので予約ないしは取り置き・取り寄せなどをされるとよろしいかと思います。

特典ばっちしのブックウォーカーの電子書籍も併せてよろしくお願いいたします!



※駄文&連絡事項

またしても名前の頭文字を安易に「ア」からはじめてえらいことになりかけたので、第二王子アマデーオ→ベルナルディーノに変更しました。


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