第195話 Girls go to the Battlefield
「目標、敵軍本隊! ジリアーティ騎士団、出陣する!」
遊撃兵団からの伝令を迎えて二三言話をしたティツィアーナは剣を抜き、背後で待つ団員たちへ向けて振り返ると天へ向かって切っ先を掲げる。
「お待ちください、姫殿下! ジリアーティ騎士団はあくまでも儀礼部隊、参戦はベルナルディーノ殿下より認められておりま――」
ティツィアーナたちの監視役として付けられていた第二王子派閥の“連絡兵部隊”。それらを率いる貴族――グリマルディ子爵が慌てて駆け寄ってくる。
「何を言うか、今は祖国の危機ぞ!」
芝居がかっていると思いつつもティツィアーナは敢えて吼えてみせた。
「第一、兄上の安否とて未だ不明ではないか! ここで王族が先頭に立たずして兵の士気は上がらぬ! わたしは味方が戦い死んでいくのを何もせず見ている趣味はない!」
「それは――」
グリマルディ子爵は答えに窮した。
普通に考えればティツィアーナの言葉は紛うことなき
ところが、今は思考がまともに働かない非常時で、一蹴されたのは引き留めようとした彼らの方だった。
「貴君らは
後方が援護に出るか迷う理由がわからないわけではない。
今の状況がベルナルディーノの無事を担保としたものか、あるいはとにかくここで踏ん張らないと故郷が蹂躙されると背水の陣を敷いて戦っているのか、後方で見ている側からは判断できないのだ。
ゆえに、彼らも身体を張ってまで出撃しようとするティツィアーナたちを止めることができなかった。
いや、正確にはそこまでして止めるつもりもなかった。なんなら彼らは適当な理由をつけて今すぐ逃げ出したかったのだから。
「構わん、行くぞ! 戦えぬ臆病者は我が軍に不要!!」
元々、軍事的才覚がないから後方でふんぞり返らせているしかない連中だ。明らかに及び腰になっているのを看破したティツィアーナは出撃を強行した。
「総員、攻撃準備!」
すでに騎士団の面々はあらかじめ馬に吊るしてあった布を取り払い、カービンモデルのスプリングフィールドM1873を肩から吊るしていた。かかる重みが剣とは違う緊張感を少女たちに与えてくる。
「さて、どうしたものか。今から我々が突撃しても完全な奇襲にはなるまい」
「これだけの騎馬で行軍すれば、自ずと土煙は上がります。隠しきれるものではありませんが……」
緊張を身体の外に出そうと、いつもより饒舌な主人の言葉にフィオレッラが答える。
「ふむ、ならば逆の発想をしよう。隠しきれないなら、ここはいっそ利用してみるか」
ひと思案したティツィアーナは合図を出して騎馬を横に広げた。
土煙を上げさせ、大きな軍勢であると敵に誤認させる作戦だ。
ついでに言えば物理的に激突するわけでもないティツィアーナたちが隊を密集させる必要はなく。むしろ敵からの矢に当たりにくくする狙いもあった。
「効果はいかほどでしょうか?」
フィオレッラの声も震えていた。
懸命に副官としての役目を果たそうとしているが、彼女とて初陣なのは主人となんら変わらない。
「さてな。敵が逃げてくれれば追撃できて儲けものだが、残念ながらそうはいかないだろう」
事前の伝令では敵は瓦解して潰されるのを恐れ、懸命に喰らいついて凌ぎ切ろうとしているらしい。
後方から敵の動きはまるで見えない。見えるのは味方の馬群と土煙と迫撃砲弾が炸裂する爆炎だけだ。何やら土砂と一緒に“他の物体”も舞い上がっている気がするが見なかったことにする。
部隊後方を動き回っている伝令の動きと、なんとなくの雰囲気で戦況を想像するしかない。
とはいえ――あとは突撃するだけだ。
よく見ればアリシアたちがしっかりと道筋を整えてくれているではないか。
「よいか!
「「「ウーラァァァァァッ!!」」」
ティツィアーナの号令を受け、騎士団員たちが負けじと吼えた。
これまで兵士たちが上げてきたいかなる声とも違う叫びだった。
「射撃準備!」
一斉に銃本体右側面の
「絶えず戦場を観察しろ! 我らは敵の中央へと左翼側から突撃する!」
「敵左翼主力はアリシア殿たちが押さえてくれている! 南海は両翼に軽騎兵を置いているはずだ。数の面で敵主力はこの者たちだが今は中央へ来る余裕もない。重装騎兵前面は中央を受け持つ味方本隊に任せ横合いから殴りつける! 遠距離攻撃に注意しろ!」
「「「イエス・マァムッ!!」」」
すっかり
もっとも、さっきまで興奮で赤味を帯びていた騎士団員たちの顔は、今は隠しきれない恐怖で青くなっていた。それが普通で当然の反応だった。いくら王族だ貴族だのと普段は振る舞っていても、まだ少女と呼ぶべき年齢なのだ。
――わたしも人の心配をしている場合ではないな……。
周囲を眺めるティツィアーナの瞳孔も、これでもかと開いてしまっている。
軽装になったとはいえ、ここは赤道に近い半島の夏だ。胸甲の下の身体は汗――通常のそれのみならず、初の実戦を前にした冷や汗や脂汗の混合液体でひどい有様になっていた。
物語の騎士の勇ましさに憧れてこの世界に飛び込んできたが、やはり殺し殺される戦いに臨むと恐怖が湧き上がってくる。剣も槍も弓も、貴族や王族に配慮はしてくれない。
歯が鳴りそうになるのを、食いしばって我慢する。たとえ瘦せ我慢でも自分は団長なのだ。
これ以上怖がったそぶりを体にさせたら、歯止めが効かなくなってしまうから。怖いけど、怖くない振りをしていれば、それなりに動けるはずだ。多分そうなのだ。
「我に続けぇっ!!」
ついに覚悟を決めた姫殿下は、いつしか戦乙女の表情となっていた。
この戦いで、きっと誰かは帰らない。あるいはそれこそ自分かもしれない。
しかし、我らは祖国を守るために騎士を志した身だ。必要であるならば祖国の平和の
「殿下! 御身は必ずやわたしが守ります!」
覚悟を決めたティツィアーナの表情を見て何かを察したのかフィオレッラが語りかけてくる。
「バカなことを」と思う。戦場に立つ以上、そんなものはお互いさまだ。
味方を守りながら敵を倒しそして死ぬ。いつ自分の順番が回って来るかわからないだけだ。
「わたしに構わず儘に戦え! 必要なのは一発でも多くの弾丸を敵に撃ち込むことだ! 皆が皆そう思っていれば勝てる!」
訓練のせいで頭のネジが緩んだからか、そのまま声に出してしまった。いよいよ実戦の空気に触れて本格的におかしくなってしまったのかもしれない。
「ふふふ、そうですね」
「ああ、そうだ!! はははははは!!」
奇しくも、ティツィアーナの辿り着いた答えは、アリシアが第一次ランダルキア戦役で見せたものと同じだった。
「皆! 笑え! 気持ちが楽になるぞ! 無理なら漏らしても構わん! どうせ死ねば糞袋ぞ!!」
もしかするとこの世界の女性は皆肝が据わっているのかもしれない。
先ほどの叫びに続き、笑い声が響き渡るのを目にした男性海兵隊員と遊撃兵団員たちは、またしても瞳のハイライトを失うこととなった。
いや、ある意味ではその非情な現実から目を背けるため、目の前の戦いに集中できたのだが――
「砂埃が目に入ったかな? なんだか涙が出そう」
「奇遇だな。俺もだよ。うん、何も聞こえない」
「……ホント、男どもってサイテー」
射撃を続けながら軽口を叩き合う兵団員たち。本当は彼らもわかっているのだ。
軽口が無理なら、もはや笑うしかない。震え出しそうなくらい怯えていても、震えを笑いに変えれば気持ちが楽になる。
人間の肉体なんてなんだかんだと単純で、最悪「気のせい」に落とし込めてしまえる。
正直、ヤケクソでぎこちない笑い声だった。それでも初陣の彼女たちにしてはよくもこれだけ自身を奮い立たせたと言えるだろう。
アリシアたちは「そのまま進め」と弾丸と砲弾で彼女たちを援護する。
「狙うは大将首! 味方の犠牲を無駄にするなっ!!」
やがて吶喊が上がり、突撃が始まる。
「あそこだっ!!」
才能が芽生えたとでも言うべき嗅覚、はたまた“運の良さ”か。
ティツィアーナが率いる部隊はものの見事に南海軍指揮官のいる場所へと最短距離で辿り着いていた。
同時に周りを味方に囲まれて守られている兄ベルナルディーノの姿も確認できた。
どうやら生きてはいるらしい。
「撃てぇぇぇっ!!」
ほぼ一斉に銃火が迸り、重騎兵たちの鎧に穴が
「まだまだぁっ!!」
戦乙女を通り過ぎて鬼神に成長しそうだった。
ストックポーチから次弾を取り出し装填、続いて射撃をお見舞いする。ここで股を引き締めないとたちまち落馬しかねない。
戦場ではすべてが目まぐるしく動いていく。呼吸が辛い。心拍数の上昇に伴い余裕もなくなっている。
「このまま仕留めろぉっ!!」
ティツィアーナが構え――号令を発する。
引き金を引く瞬間、ティツィアーナと敵総大将との視線が交差したように感じられた。
轟音。
視線を交差させたまま、その男は胸のあたりから鮮血を撒き散らして倒れていく。
この時、半島を巡る戦いの勝敗は決していた。
「総大将、ティツィアーナ・フィアーテ・アトラシアが討ち取ったぞぉぉっ!!」
一拍遅れて、歓声が聞こえてきた。
誰でもなくウォーヘッド傭兵団が率先して叫んでいた。
いつしか主力軍もつられるように叫んでいた。あたかも戦場が丸ごと燃えているような大歓声だった。
※駄文
ホンマはティツィアーナは貴族なので「イエス・ユア・ハイネス」なんですよね。
それ言うとアリシアにも「イエス・マイ・ロード」になりますが、こいつらみんな海兵隊化されてるから関係ないのです!!(強弁)
※もういっこ
いよいよ週末金曜日に本作鉄血の海兵令嬢2巻発売です!
ひとりでも多くの方に手に取って……買っていただきたいです!
尚、ブックウォーカー電子限定特典は狂気の17,000文字ショート(?)ストーリーです。編集部に出したら変な声で笑われました。そらそうよ。
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