第194話 Ready Steady Go!!


 テーブルごとひっくり返すに等しい手で、すでに敵の目論見は潰しつつある。

 右翼がどうなっているか気にはなるが、そちらをどうこうするよりも先に本隊へ痛打を与えてしまえば済む。

 戦術と呼ぶには力押しに過ぎるが、さりとて状況は常に動き続けている。もはや駆け抜けるしかない。


「出番だぞ! 準備はどうか!?」


 戦況の推移を双眼鏡で眺めていた迫撃砲第二分隊分隊長の声が飛ぶ。

 アリシアたちの後方で今か今かと出番を待っていたM252 81mm迫撃砲がいよいよ臨戦態勢に入った。


前線観測班FOからの観測結果に基づき照準修正中!」


 射手が照準器を覗き込みながら射撃諸元を元にハンドルを回し、横角や仰角を調整していく。副射手はすでに砲弾を手に持ち、“その時”を静かに待っている。


「照準修正完了! 続いて射撃準備良し!」


 射手が大きく腕を上げた。


 出番だ。分隊全員に緊張が走る。


「よしきた! すでに司令部HQから自由射撃命令は出ている! 俺たちが一番乗りだ!」


「「「「ウーラー!!」」」」


「――発射ァッ!」


 分隊長の指示を受け、副射手がM821A1砲弾を砲身へ滑り込ませるように装填。内部で金属同士がぶつかる音がした次の瞬間、圧縮された空気が抜けるような音と共に砲弾を吐き出す。音はいくつか重なった。


「他も似たり寄ったりか……」


 残念ながら、いや、喜ばしいことに各分隊の練度は同じようなもので、ほとんどの初弾が数秒以内の誤差で発射されていた。そこからはもう訓練通りの速度で、数秒以内の感覚で各砲が次々に砲弾を吐き出していく。それぞれがおおむね分速十発以上の速度で砲弾を敵の頭上へ向けて送り出す。


「来たぞぉっ!! 投射魔法だ!」


 前回砲撃の雨を生き残った南海騎兵が警戒の声を上げた。しかし、それでなんとかなるのは弓矢までで、彼の叫びは遅きに過ぎた。


 金切り声を思わせる、大気を切り裂く音を響かせながら砲弾が敵主力の真っただ中に叩きこまれる。

 重騎兵集団の真っただ中に――いくつもの鉄の嵐が荒れ狂った。


「被害甚大! 被害甚大!」「誰か! 助けてくれぇっ!!」


 都合五門の迫撃砲でも、各砲が毎分二十発近い投射が出来ればあっという間に百を超える砲弾が猛威となってすべてを吹き飛ばす。

 破片にやられずとも爆風で肉体がちぎれ飛んだり、あるいは友軍の騎馬の下敷きになったりと死に方には事欠かない地獄となっていた。


「魔法部隊の連中は何をやっている!」「現在移動中です!」「こちらも撃ち返せないのか!」「敵の遠隔攻撃は魔法の射程より遠く向からです! 届きません!」「そんなことがあるか! 帝国とも戦ってきたのだぞ!」「ふざけるな、無駄飯食らいども!」「敵は何者なんだ!」


 陥った混乱度合いは先ほど翼竜に襲われたアトラスの比ではない。


「なんだと……! あれで本気を出していなかったというのか……!」


 今回も自ら騎馬隊を率い、過日の雪辱を果たそうとしていたユン・シーガイが呻く。続いて食いしばった歯から折れそうなほどの軋みが上がった。

 幸いにして彼のいる位置は迫撃砲の着弾点からはそれなりに遠い。


 だが、彼の精神状態は直撃弾を受けたに等しかった。


 ――やはり何かがおかしい。


 ユンとて南海軍では二千人将――地球の階級に置き換えるなら大佐クラスの指揮官だ。

 事前に密偵を通して集められた情報から、アトラスには戦闘に行使できる火力を持った魔法士がほとんど存在しないと通達されていた。油断はしないものの、「楽な戦で昇格を狙えるぞ」と同期も送り出してくれた。


 それがどうしたことだ。


 どう見てもアトラス軍ではない、得体の知れない連中の奇妙な戦術で左翼を壊滅寸前にまで削り取られ、さらには本隊までもが防ぎようのない攻撃で甚大な被害を受けた。それでも今の状態では撤退できない理由があった。


「突っ込んで来るぞ、構えろ!!」


 往くか退くか。その判断を下す前に、やっとのことで勢いを取り戻したアトラス主力騎兵部隊が南海重騎兵部隊へと襲いかかってきたためだ。


「よくもやってくれやがったな!!」「死にさらせやぁ侵略者どもっ!」「くたばれっ!!」


 兵たちの士気と気合は十分だ。あやうく総大将を討ち取られかけたにもかかわらず、まだ心は折れていなかった。もしかすると瓦解寸前までいった反動でやけくそになっているだけかもしれないが。


「へぇ、やるじゃない」


 迫撃砲小隊から敵本隊の被害状況の報告を受けながら戦場の様子を窺っていたアリシアが声を上げた。


「多少落ち着いたので、依然祖国の危機にあることを思い出したのでしょう。あとはそれが練度でも上回れるかですが……。


 アベルは懸念を口にしたが、見たところ本隊は強気の攻めで戦線を押し上げているようだった。

 この勢いのままに突破できれば敵の弓兵や魔法部隊といった間接兵科を討ち取れる。

 いや、海兵隊の火力支援があったとはいえ、ここまで復元できたのがもはや奇跡に等しい。さらなる勝利を望むのはいくらなんでも酷だろう。


 ならばここでひと押し仕掛けるべきかしらね――


「通信、“お姫様たち”に伝令! 『今が好機だ、支援する』と!」


 アリシアが頃合いだと声を張り上げた。

 せっかく訓練まで施した彼女たちのために出番を作ってやらねばならない。


「了解! ――デリバー01、こちらDJ。聞こえるか?」


 命令を受け、本陣に控えていた兵士が通信回線を開く。

 今はよほどの状態でもない限りアリシアは戦況全体を見るべく通信は使わないことにしていた。


『――こちらデリバー01。聞こえてるよ、宅配便の依頼か? こっちのお味方は砲弾のデリバリーで大忙しみたいだぜ』


 気だるげな返答の背後から迫撃砲の射撃音が聞こえる。


「おまえも少しは働けよな。……アリシア様からのオーダーだ。ジリアーティ騎士団へ伝令。『今が好機だ、支援する』と。繰り返す、ジリアーティ騎士団へ伝令。『今が好機だ、支援する』――以上」


『了解。そんじゃあ配達に出かけますよっと!』


 何かあった際に伝令を走らせられるように、後方に布陣する迫撃砲部隊に騎馬兵を配置していたのだ。これなら無線を受けた足で連絡に向かうことができる。

 通信手段の限られるこの世界の戦の中では抜群の伝達速度で優位性を稼ぎ出す。


「さぁ、いよいよ白百合ジリアーティ騎士団のお手並み拝見ね」 


「言って彼女たちは初陣なんですよ?」


 アベルは困った表情で言葉をかけた。

 わかっていて言うのだから意地悪なものだ。もっとも、これも戦場で兵士が緊張を解すための諧謔かいぎゃくのひとつなのだが。


 もしも自分が彼女たちの立場であれば、軽装騎兵と軽くぶつかるか、それをかすめるようにして敵本隊へ横合いから隙間を縫うようにぶちかますのが最善に思える。


「だからここまでお膳立てしたんじゃない。勝ってもらわなきゃ困るわよ、お姫さま?」


 かくして、戦いを望んだ少女たちに――呆気ないほど簡単に出番がやってきた。


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