第193話 毘沙門天の加護ぞある
「あらためて――総員、戦闘態勢!! 初弾装填!!」
気を取り直してアリシアは右拳を突き上げて叫ぶ。
彼女を中心に進んでいく馬は速歩となっている。
「「「イエス・マァム!」」」
兵たちからの応答と共に、都合数百挺にもおよぶスプリングフィールドM1903、ならびに
いつまでも鳴らぬようなら、自分自身で鐘を鳴らすだけだ。いつまでもまごついている味方にかまけている暇はない。
「ここでわたしたちだけが突っ走っても孤立するから、迂回しながら喰らい付くわよ! 竜騎兵はく――ええとなんだっけ……」
「“
肝心のところで名前を失念したアリシアをアベルがこっそりとアシストする。
「――車懸かりの陣で突撃ッ!! とんだ邪魔が入ったけど、今度こそ南海のヤツらを蹴散らすわよっ!! かかれっ!!」
最後の最後で締まらなかった気恥しさから、少々やけっぱちな声になってしまった。
それでも兵団員たちは、事前の訓練――自身に与えられた役割通りに動き出す。
大将であるアリシアたちを中央の本陣に据え、周囲に海兵隊員を中心とした護衛部隊を配置。そこからさながら渦を巻くように竜騎兵二個中隊が小隊ごとに各自が受け持つエリアを作っていく。
敵の動きは大まかなところで見える距離になってきた。
ワイバーンの斬首作戦が失敗したため動揺こそあるが、当初の予定通り左翼の隊をまとめてこちらを突破し本隊にぶつける気だ。
騎馬部隊が陣形を整えるためか、ごそごそと動いているのが見える。
「ここからでも狙えなくはないけど、無駄弾になりそうね」
無線は介さずアリシアは馬を進めながらアベルに語りかけた。
「はははっ、冷静でおられるようで何よりです。敵の配置は以前のランダルキア戦と同じ。あとは勝つだけです」
アベルの言う通り、中央には比較的重装な槍騎兵が、左右に身軽な軽騎兵が配されている。
本来は中央の重装騎兵でこちらの動きを止め、左右の騎兵を側面と後方に展開させて、セオリーと呼ぶべき金床戦術を仕掛けるつもりなのだろう。
兵力でも練度でも勝る南海軍がアトラスを相手にするのであれば、この戦い方で問題ないはずだ。
「みんなもうわかっているだろうけど近付きすぎないように! 銃剣じゃ鎧は抜けないし、機動力を持たせた意味がなくなるわ!」
「そういうのは“お味方”に任せておけばいいからな!」
アリシアが激突前の最後の言葉として叫び、メイナードがそれを引き継いだ。
ひとたび乱戦になってしまえば、個人の武勇など風の前の塵に等しい。
特に歩兵は辛い。この世界ではまだ鉛弾や砲弾は飛んで来ないが、馬をぶちかまされればどうなることか。あんなものは交通事故と同じだとメイナードは思う。
「もちろんです。そのための陣形ですから」
遊撃兵団――その根幹を支える海兵隊は二十一世紀地球の軍隊だ。
彼らの凶悪なまでの戦い方は、魔法と見紛うほど高度に発達した兵器や科学技術に裏付けられた火力と命中精度に支えられている。
つまり今の彼らは、誤解を恐れず言うなれば、“ダウングレードして戦っている状態”だ。
それを最適化するには――
「
号令を受け、先陣が一斉に射撃を開始。破裂音にも似た銃声は重なり合って轟音となる。
数十のライフルが火を噴けば、
対策もしていなかった南海軍の騎兵たちは、陣形をまともに組むに至る前にばたばたと倒れ、軍装を血の赤と砂の色に染めていく。
「ぎゃああああっ!!」「なんだ! 魔法攻撃か!?」「魔術部隊に支援要請を出せ!」「後方からでは時間がかかります!」「早くしろ! 敵は他にも遠隔投射魔法を使うのだぞ!」
敵陣から上がる悲鳴。それでも兵団員たちは歓喜の声を上げない。
あらゆる興奮と緊張を可能な限り封じ込め、何千回と繰り返した動作でボルトを動かし、次弾を装填させてふたたび射撃を行う。
いかに馬上で取りまわすため銃身を短くしたカービン銃とはいえ、揺られながら姿勢を保ち、同時に射撃を行うことは容易ではない。
「「「
それでも彼らは淡々と、そして速やかにやりきった。
敵がこちらに向けて動いていようと遮蔽物がないからには棒立ちに等しく、多くのライフル弾が勝手に致命傷を与えていく。
ならば――可能な限り落ち着いて
「第二陣、射撃開始! 先陣は一旦態勢を整えろ!」
「無理に撃つなよ! どうせ十二クリップなんて使い切れんし、そのうち敵の後衛も来る! あくまでも運動戦を仕掛けるだけだぞ!」
諸々の事情で「海の向こうから国家の密命を受けてやって来た」と大っぴらに言えない以上、こちらの戦い方に合わせるしかないが――幸いにして海兵隊には地球で戦いに明け暮れた先輩諸氏の“お手本”がある。
先ほどアリシアが口にした“車懸かりの陣”。それが、現時点で兵団が取るべき最適解だった。
所詮はこの場を凌ぐための付け焼刃――大雑把な模倣に過ぎない。
馬上での射撃はある程度練習していても、陣形の訓練を念入りに行う時間は限られていた。
「動き続けろ! 射撃よりもそちらが優先だ!」
陣形についてはあくまでも最低限の練度を割り切り、敵左翼に対して緩く斜めに横切りながら小隊ごとに順次射撃を加え、そして装填時に再度後列へと回りながら戻っていく流れだ。
それでも至らない部分は、M1903の火力と無線通信がすべて補ってくれる。
「こういった――あなたたちからすれば古臭い戦い方にまで海兵隊は詳しいのね。意外と言うか……」
予定通りに推移しているのであれば大将は泰然と構えていればいい。
あとは飛んで来る流れ矢か魔法に気を付けるくらいだが、そうなる前にさっさと引き上げるつもりだ。
「みんながみんなというわけじゃありませんよ。……実は中将からそのあたりも勉強しておけと言われていたんです」
アベルが苦笑を浮かべて、ここにはいない海兵隊の最上級者の名前を上げる。
「リチャード閣下が?」
「ええ。『もしも突然支援機能を受けられなくなった場合にどう戦うか、あるいは制限を受けた時に戦えるかを考えるのも幹部の役目だ』とね」
たしかにそうだとアリシアは思う。
今の状態で“支援”を打ち切られ、南大陸に放り出されたらと思うとゾッとする。
「ふふ、あの人らしいわね。今頃は王都でお父様たちとどんな悪巧みをしているのかしら?」
「まぁ……中将はある意味では我々よりもよっぽどタチが悪いので……」
リチャードの悪そうな顔がふたりの脳裏に浮かんでくる。
春先の事件を契機に王族派のタチの悪い連中を粛清あるいは転封したため、クラウスは内務卿を辞退したのに仕事がてんこ盛りに増えた。「頼むから残ってくれ」と半分泣きつかれ、彼をはじめとした何人かはこちらに来られなかったのだ。
『HQ、こちらゲッコー! 敵後方に動きあり! 弓兵に――おそらく魔法部隊とやらかと』
エイドリアンから通信が入る。
当然ながら敵もただやられているだけではない。
「仕留めたいが深入りすると囲まれるな……。楽をさせてもらおう。――迫撃砲小隊、砲撃準備!」
『準備完了してます! 方位は調整済み、眺めがいいので敵が良く見えますよ!』
キース中尉が応答した。
「本隊の重騎兵を狙えるか! 腰を抜かした連中のためにもうちょっと混乱させてやりたい! あとはお姫様たちのためにもな!」
『泣いて喜びそうですな。――方位修正! 狙いは敵主力! 座標は――』
通信の向こうでキースが部下たちに指示を出していく。
ここが上手くいかないと最悪味方を耕してしまう。冗談の類は一切口にしない。
「そちらのタイミングで始めてくれ! こちらはそろそろ下がって味方の援護に回る! 頼んだぞ!」
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