第192話 毒蛇の火炎


 自由落下にも等しい猛烈な勢いで、咆哮を上げながら降下して来た翼竜ワイバーン

 空からの襲撃に先頭を走っていた騎兵たちにとっては正真正銘の奇襲だった。

 寸前まで敵をこの半島から追い出す闘志に燃えていた騎士たちは、驚愕の表情を浮かべたまま、なす術もなく吹き飛ばされる。

 文字通りの不意打ちに、一瞬にして地上に地獄が生み出された。

 

「化物だ!」「うわぁ! 暴れるなっ!」「何をしているんだ! 馬を落ち着かせろ!」「腕がああああ!!」「殿下! 殿下はどこにおられるのだ!」


 地面スレスレを通過して獲物を捕らえる――ではなく、すれ違いざまに広げられた左右の翼と、ついでに尾で殴りつけた形だった。

 いや、“殴りつけた”というのはかなり穏当な表現だ。

 相対速度で約二百km/h、重量では一tを超える重量物の一撃をまともに喰らった方は鎧の有無など関係なく“中身”をやられて即死するしかない。

 直撃を受けた人間は頭部が血煙になって消失しているし、そうでなくとも関節部分から肉体を引きちぎられたりしている。


航空戦力ワイバーン!? まさかこんなに早く投入してくるなんて!」


 運よく獲物に選ばれなかったため遠くから眺められているが、予想外の惨劇を目の当たりにしたアリシアは驚愕の叫びを上げる。


「総員停止! 全周警戒!」

 

 すぐさま手を掲げて味方の足を止める。

 敵までの距離はまだ十分あり、矢が飛んで来る心配もない。それよりも警戒しなければならないのは他にもワイバーンがいないかだ。

 気を取られている間に新手に押し潰されては堪らない。


「スティンガー用意!」


「イエッサー!」


 進み出てきた海兵隊員が深緑色の筒、FIM-92 スティンガー携帯式地対空ミサイルMANPADSの射手が構えるが――


「――ダメです! 相手が生体だからか熱源が拾えません!」


 最悪だった。思わず舌打ちしたくなる主従だったが寸前で堪える。


「しくじったわね……」


「ええ、調査不足でした。こればかりは油断していたとしか……」


 アベルもまた備えが足りなかったと悔やむ。


「ラインバッカーを待機させておくべきでしたか」


「無理だよ、准尉。それだったら機甲部隊を出していても変わらなかった。ここはヴィクラントじゃない」


 M2ブラッドレー歩兵戦闘車の派生型であるM6 ラインバッカーがあれば対空ミサイルがダメでも機関砲で対抗できた。

 ただし、見るからに異色の対空火器ラインバッカーを騎馬と歩兵の集団に随伴させられない――というよりも25mm機関砲で地上の敵を薙ぎ払った方が早く、兵士たちに武器を制限させた意味がなくなる本末転倒な装備――ため、敵航空戦力への本格的な対策が取れなかった。

 これと同時に、配置できる人員にも限りがあるため大規模な防空システムの設置も諦めていた。まさかそれがピンポイントで仇になるとは。

 せめてAN/UPS-3 TDARといった可搬式レーダーを発電機と共に随伴させておくべきだったか?


 いや、今はとにかく打てる手を――


『ゲッコー、あのクソ騎手ドラゴンライダーを落とせない!? クソ本体ワイバーンは無理でしょ!?』


 無線にレジーナの声が混じった。苛立ちから口調がかなり荒くなっている。


『無茶言うな! さすがに遠いし速すぎる! 対物狙撃銃アンチマテリアルライフルでもホバリングでもしていない限りは無理だよ! こんな形でファンタジーに一杯食わされるなんて畜生め!』


 無線機越しのエイドリアンからも苦い言葉が返ってくる。


「誰か騎兵部隊に警告を! 総大将が討ち取られたら瓦解するわよ!」


 アベルが対抗策を探している間に、アリシアもまた自分にできることをこなしていく。


 主力部隊は攻撃を受けて混乱状態にあるが、それでも総大将を守るため密集隊形を保ったままだった。

 その選択は間違いではない。今までの二次元XとYの戦い方ではなく、Zから狙っているワイバーンがいなければ――


「兵を密集させるな!」「まとめて薙ぎ払われるぞ!」


 勇気を振り絞った兵団員たちが接近して騎士たちに声を飛ばすが、そもそも大混乱の戦場ではまともに届くはずもなく。


「陣形を立て直せ! 次が来るぞ!」


 そうしている間にも第二波が騎兵部隊に襲い掛かる。また悲鳴が上がった。


 おそらく竜騎士ドラゴンナイトの狙いは斬首作戦だ。今回投入されたワイバーンにピンポイントで総大将を狙う知性はなさそうなので、騎手が「あのあたりを狙え」と命令しているのだろう。

 実質タコ殴り状態なので、このまま何もせずにいれば下手な鉄砲も数撃ちゃ方式でいずれはやられてしまう。


『ああもう! リカバリーが遅い……! やっぱり経験の差が出てるわね!』


 レジーナがつぶやく。

 ティツィアーナたちも実戦を経験していないが、彼女たちを見下すアトラス軍の兵士とてこれまでに参加してきたのは匪賊討伐くらいだ。本物の戦場で培ったノウハウと呼べるものがないのだ。


「あまり深入りはするな! 今行っても巻き込まれるだけだ!」


 兵団員が騎馬隊へ接近しすぎないようメイナードが枯れんばかりの声で叫ぶ。


 周りの喧騒で声が届きにくいためだ。

 このまま黙ってやられるつもりはないが、それでも現状で優先すべきは兵団員の命だった。こちらを傭兵団以上と見做していないアトラス軍ではない。


「中佐、この意思伝達の遅さは致命的ですな」


 遊撃兵団は指揮官に無線を持たせているが、他――アトラス軍の主力はどう考えても適当にやっていそうだ。

 困ったことに進軍ラッパもないときた。今まではそれでも問題なかったのだろう。


「生き残って、アトラスのお歴々が俺たちに感謝してくれたら改善できるかもな! ――バンシー、聞こえるか! 出番だ!」


 アベルが通信機に向けて怒鳴る。


『――こちら死を告げる妖精バンシー。どうしました、中佐? ドラゴンでも出ましたか?』


「非常事態だ! ドラゴンじゃないがワイバーンが出た! こちらの対空火器では対処不能! 火力支援を要求する! 火器使用自由だオール・ウェポンズ・フリー!」


 三度みたび上昇に転じたワイバーンを睨みつけながら、アベルはやむを得ないと奥の手を切る。

 ここで躊躇していてはいずれこちらが襲われるし、なにより本隊の士気が持たない。すでに瓦解寸前で次で総大将がやられなくともおそらく決壊する。


了解コピー、すぐに向かいます! 有効射程への到着までおよそ六〇秒シックスティ・セカンズ。レーダー――感ありコンタクト!』


 ――頼むぜ、間に合ってくれ……。


 正直、祈るような気持ちだった。


 AH-1Z ヴァイパーは航空戦力からの防衛用に空対空ミサイルを積んでいるが、これらは先ほどのスティンガーと同じ理由で使えない。


 しかし、毒蛇ヴァイパーには他の“切り札”があった。

 スタブウィング上に搭載された、AH-64Dロングボウ・アパッチのAN/APG-78 ロングボウ火器管制レーダーを元に開発されたCobra Rader Systemミリ波レーダーによりレーダー誘導式の対戦車ミサイルが発射可能になっている。


目標照準完了ターゲット・ロックオン――発射ファイア!』


 AGM-114L ロングボウ・ヘルファイアが四二五m/sの高速で飛翔し、地上へと降下しつつあったワイバーンの胴体へ吸い込まれるように命中。

 鱗程度では念には念を入れたタンデム配列成形炸薬弾HEATの威力を受け止めきれず、まさしく地獄の業火ヘルファイアとなりにわかに戦場を支配しかけた翼竜を騎手ごと木端微塵の肉片へと変える。


脅威を排除ターゲット・デストロイ!』


よくやったグッド・キル! ――危ないところでしたが、なんとかやれました」


 無線交信を終わらせたアベルは、額の汗を拭いながらも自身の得物を取り出していた。報告を受けるアリシアも――いや、

 すでに理解しているのだ。今度は自分たちが反撃する番が来たのだと。


「ええ、いい狼煙になったわ。ひと当てくらいじゃ到底物足りないわよね! このまま勝った気だった間抜けな連中に一発カマすわ、行くわよっ!!」


「「「ウーラーッ!!」」」












☆6/17発売の書籍版2巻もどうぞ!近況ノートで口絵も公開しております。



☆蛇足解説

※AH-1ZからAGM-114Lは運用可能らしいので支援用途で使いました。

西側装備の現用レーダー式対空ミサイルだとパトリオットミサイルくらいになるし、もし展開しているならワイバーンの接近を感知できないとおかしいので。

自衛隊装備ならもうちょいやれたかも?

FIM-92スティンガー後期型の二波長光波ホーミングでは常温目標も拾えるっぽく生身の翼竜もロックできそうな気もしましたが、とりあえず現時点での本作では炎を吐いた後の余熱がないと追尾できない仕様にしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る