第189話 出撃! お嬢様たち!!


「王都よりの伝令だ! ティツィアーナ殿下はおられるか! 至急お目にかかりたい!」


 騎士たちが訓練に出かけている日中、漁村へとアトラス正規軍の伝令が駆け込んで来た。


「伝令殿はこちらでお待ちを。誰か水を持ってきて! それと姫殿下を!」


 応対した兵団員が伝令を待たせつつ、ジリアーティ騎士団へ伝えに走る。

 すでに銃火器を使った訓練をしている以上、勝手を知らない人間が入っていくのは危険に過ぎた。

 事情をよく知らない者に銃を見られたくないのもある。これはアリシアたちのみならず、ティツィアーナも可能な限り身内に秘匿しておきたいため同意を得たものだった。


「アリシア殿、次のいくさだ。召集が決まった。すまないが訓練を繰り上げ終了してもらえないだろうか?」


 しばらくして、訓練を抜けてきたティツィアーナが息を切らせてアリシアの所までやってきた。


「南海の再侵攻ですか。敵戦力の再編が終わったのですね。……グラスムーン大尉、“訓練兵リクルート”たちは卒業要件は満たしているかしら?」


 ティツィアーナの出頭と共に集められた訓練教官役の海兵隊員たち――筆頭はレジーナが務めている――に問いかける。


「率直に申し上げますが――話になりませんね。こちらが要求するレベルには程遠い」


 鼻を鳴らさぬ代わりにトレードマークのポニーテールを揺らしてレジーナは断言した。

 浮かべる表情はアベルやメイナードのような鬼教官に負けじとも劣らない雰囲気がある。彼女をサポートする下士官たちも皆同様だ。


「……むぅ」


 まったく忖度しない海兵隊メンバーの態度にティツィアーナは無意識のうちに苦い顔を浮かべていた。


 とはいえ、反発心はほとんどない。

 ここで王族だ貴族だと遠慮され、不完全なまま戦場に出て無様に死んでは意味がない。

 姫騎士殿下は悔しさを今はじっと堪える。


「ですが――これから戦いに臨む兵士としてなら、気概だけは最低限整ったと言えなくもないでしょう」


 少しだけ表情を緩めてレジーナは言葉を続けた。

 この時、姫殿下がわずかに前のめり気味になったのをアリシアたちは見逃さない。


「本当か?」


「ええ。命じられるままに敵を倒す訓練はほぼ終わりました。あとは繰り返しの中で精度を上げていくしかありません」


 先程まで漂っていた空気はない。無論、それでけでは終わらないのだが。


「ここからは生き残ってからの話にはなりますが、軍の直接の指揮下には入らない騎士団と言えども、以後は経歴と能力により明確な階級を設け上下関係を徹底するべきだと思います。今のままでは伍長が務まる者もいない状態ですので」


「それでは困るわね。次の戦はいつになるかわからないのに」


 レジーナの辛辣な評価に、アリシアはわずかに眉根を寄せて笑う。


「アリシア殿、“次の戦”とは? 貴殿らはどこまでを見据えているのだ?」


 困惑を深めたティツィアーナがアリシアに問いかけた。傭兵団を率いる少女が言わんとしているところがわからなかったのだ。


「殿下、戦いはこれだけでは終わりません。もちろん、重ねて申し上げているように、貴国がこの先も存続しなければ何も意味ありませんが」


 アリシアはあくまで穏やかに微笑みかける。

 下手にアトラス国の伝統的な軍事訓練を受けていないがゆえに、ティツィアーナは固定観念に染まっていない。「こうでなければならない!」とか「こうあるべきだ!」とかいう建前ばかりが先行して何ら現実に即してない“悪い意味での騎士”がジリアーティ騎士団にはいないのだ。


「ですから、将来――十年先を見越した組織づくりは今の段階から必要なのです」


 ここからは単純に指揮官の素質として、今アリシアの提示している思惑が理解できるかどうかで彼女たちを担ぐべきかどうかが決まる。

 それだけの価値がないとなれば今回の戦いで積極的な支援は行わず、不幸な事故で潰れてもらってもヴィクラントとしては構わないのだ。


 もっとも、あくまでそれはひとつの極論であり、一度面倒を見始めた手前もあって捨て駒と割り切ってしまうほどアリシアは冷酷になれないのだが。


「本当なら仕上げるのに半年は欲しいくらいです。それくらいであれば才能のある者を下士官――軍曹レベルにまで引き上げることができる。曹長はさすがに無理かもしれませんが」


 レジーナが他の教官たちと顔を見合わせながら答え、周りもそれに同意する。


「――との評価を部下たちは下しております」


「耳が痛いものだよ。わたし自身が高望みをしていた自覚もあるが、もうすこしイケるものだとばかり思っていた」


 理想には程遠い成果を突きつけられ、姫殿下は溜め息を吐き出した。


「そう悲観するものではありませんよ、殿下。この訓練はおそらく貴国の騎士団員でも多くが根を上げる可能性がありますから」


 アリシアは世辞抜きにそう言い切った。

 空気からそれが伝わったらしいティツィアーナも疑問は返さず、むしろ驚きに類する表情を浮かべる。


「そ、それほどの訓練を、我々――儀礼部隊扱いされていた騎士団にやったのか……?」


「ええ。あなた方が這い上がるためにも、この国のためにも、


 強くなって見返したかったんだろ? 訓練教官の言葉をアリシアは無言の視線に乗せた。


「いや、失礼した。そうだ、わたしがそう望んだのだったな……」


 ティツィアーナの言葉にアリシアはそっと頷く。


「あとは中途半端でも成果を見せつけるだけです。今回の戦の結果にもよりますが、それでも南海が諦めない限りは次もおそらく三か月程度で攻めてくるでしょう。ならば、戦って生き残って経験を積み、自身が古参兵となるしかありませんわ」


「そうか……。さて、話を変えて戻して良いのかな? 正直、初手であの規模を送り込んできた割に、次までにずいぶんと時間をくれたと思っていたのだが。これは南海が我が国を侮っているからではないのか?」


 湧き上がる緊張を少しでもほぐそうとしてか、ティツィアーナの口数が普段よりも多く感じられた。

 察したアリシアは、姫殿下のクールダウンのために時間をかけて答える。自分にもそんな時があった。

 この場合、必要なのは徹底的に現実を見させることだ。楽観論に縋らせるのではない。


「難しいところです。ですが、少なくとも小国と見てはいるでしょう」


「フム」


 結論を急がず静かに語るアリシアの姿を見て、ティツィアーナもまた冷静さを取り戻していく。

 この場でこれができれば、戦場でもそう簡単に取り乱したりはしないで済むだろう。


「かの国が正面で戦っているメンゲルベルク帝国と同じようにはいかないでしょうし、そうなればさすがにこの国は地図から消滅します。本気の動員をされる前に侵攻を跳ね除け、周辺で生き残っている国々と連帯せねばなりません」


 南海の侵攻が伸びに伸びたのは、密かに海兵隊が敵補給路に襲撃をかけて兵站を荒らし回ったからなのだが、それはまだ言わなくて良い話だ。


「さぁ、出撃前の訓示といきましょう。士気を上げるのもまた指揮官の役目です」




「総員傾注! 南海の第二陣が迫っていると連絡があった! それに伴い我々もいよいよ出撃となる!」


 アリシアの言葉に、ジリアーティ騎士団の面々が一斉に直立不動の姿勢となった。これは完全に訓練の成果だ。


「楽な姿勢で聞くように。このふた月で諸君らジリアーティ騎士団は大きく生まれ変わった!」


 姫騎士たちの目はギラついている。

 厳しい訓練教官ドリルインストラクターたちによって性根から無理やり矯正されたとかそういう話だけではない。名実と共に戦えるだけの実力を身につけたのだ。


「諸君らは一騎当千の力を得た! 肩にかかる重みがその証(あかし)だ!」


 彼女たちはスプリングフィールドM1873を肩に置いている。ヴィクラントからすればすでに型落ちとなる銃だが、おそらく南大陸ではまだ実用化されていないであろう武器だ。これが与える影響は計り知れない。


「わたしは諸君らの大戦果を確信しているが、あくまで装備は努力や意志を補佐する道具でしかなく、使うのは諸君ら――騎士であり兵士なのだ。武器同様のスマートな振る舞いが戦場でできなければ、真価を見せることなく諸君らは死ぬか、敵の慰みものとなる。それで良いのか!?」


「「「マァム、ノー・マァムッ!!!!」」」


 大地を踏み締めた足がしっかりと支え、力を入れた腹の底から捻り出した声だった。ひと月前のひ弱な少女たちはもういない。


「ならば答えろ! 侵略者どもはどうなる!?」


「殲滅! 殲滅! ヤツらの末路は大地の肥やし!!」


「よろしい! では出撃だ! ここからの指揮権をティツィアーナ殿下にお返しする!」


「「「ウーラー!!」」」


 号令の下、騎士たちはきびきびと動いていく。


 一連の様子を遠くから眺めていた海兵隊員と遊撃兵団員はハイライトの消えかかった目でそっとつぶやいた。


「華やかなりし美少女だらけの騎士団が今やギラついたアマゾネスに……。なんつーか悲しいもんだな……」


「ええ、少尉。そのうち……熱が冷めることを祈りましょう……」









第2巻の発売日が6月17日でほぼ決まりました!

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