第187話 暴れん坊プリンセス


 ティツィアーナ・フィアーテ・アトラシアはアトラス国の王女である。

 ちなみに彼女は転移/転生者でもないし改造人間でも悪役令嬢でもない。


 冗談はさておき、彼女はどこぞの公爵令嬢のようにぶっ飛んだ属性は持っていない。持ってはいないのだが、“妙な”と形容される程度には困った癖とでも言えばいいか、それに類するものは持っていた。


 そう、数年前に王女の身でありながら女性貴族令嬢を集めた『ジリアーティ騎士団』を結成してしまったのだ。


 地球風――もっと言うならばサブカル語彙の豊富な日本語で言えば、騎士団を作ろうと思った頃のティツィアーナは立派な「中二病」だったのだろう。

 この世界の人間が社会構造上、早熟であることを求められるゆえ、王女である彼女もまた十歳を過ぎたくらいにその病に罹患した。


 彼女以外に兄弟――王子が何人かいれば、受ける教育は王族のものといっても知れていて、いずれは近隣の国に嫁入りしてのんびり過ごすのが既定路線だった。


 もっとも、その頃から南大陸の北辺境にありながらも中央で大きな動きがあるとは情報としてアトラスにも流れてきていた。

 いずれ厄介事に繋がる“きな臭さ”が遠くから漂ってきていたのは否めず、彼女もそれを幼いながらに肌で感じ取っていたのかもしれない。あるいは、すでに先の見えてしまった人生を退屈と決めつけたかだ。


 紆余曲折を経て、周囲の反対を押し切りながら“騎士団らしきもの”を結成し、同年代の少女たちを集めて集団行動を起こしてみると、それなりの成果も上げられた。

 言っても甘やかされて育ってきたり、貴族だから勝手に特権があると勘違いしていたワガママ娘が矯正された程度だ。それでも子供たちの変化を保護者たちは好意的に受け止めた。

 様々な試行錯誤と改善を重ねて、段々と同年代の貴族令嬢たちの結束を高めていく中で、ティツィアーナは次の段階を目指した。


 そう、軍事組織化――本物の騎士団への昇格である。


 ある程度、“ごっこ遊び”から体力錬成的な段階になったと判断したところで、ティツィアーナは退役した騎士を教官として招き訓練を行うことにした。


 しかしながら、それはティツィアーナの求めるものではなかった。

 王族とはいえ「所詮は子供のやること」と決めてかかられていれば本気でやる者も少ないし、何かあった時に責任も取れない。

 だから、体力はつくが簡単に突破できるような内容にしか触れさせてもらえなかった。実戦などもってのほかである。


 アトラスが南海などの帝国並みの大国であれば、そうした活動に理解を示す余裕もあったかもしれないが、祖国は平和なだけの小国に過ぎなかった。

 将来に危機感を覚えている貴族が少なかったのもある。


 しかし、決定打はそこではなかった。


 もしもティツィアーナが女子のみに拘らず男子も含めた貴族子弟を広く集めていれば大身貴族、あるいは騎士や軍人からの見る目も変わったかもしれない。

 普段から抑圧されている仲間だけを集めてしまったがゆえに、政を司る者たちに内情を知ってもらう機会を失ったのだ。


 結局、ジリアーティ騎士団は儀式における見栄えを演出するだけの騎士団(笑)になってしまった。ティツィアーナにはそれが我慢ならなかった。

 そんな中で起きた今回の南海の侵攻。そこで彼女は信じられないものを見た。

 前線に出て戦うことは許されなかったが、仲間の士気を上げるために同道は許された。

 なにもできないもどかしさを抱えながら戦況を見守っていると、絶妙なタイミングで突撃してきた敵の騎馬兵力に中央を突破されそうになった。

 このまま抜かれたら危険だ。

 そう思ったところで、左翼方面から突如として現れた一団が、迫りくる南海軍に強烈な打撃を与えたではないか。

 直接ぶつかったわけではないから魔法か何かなのだろうが、それでも味方の窮地を救ったことにかわりはなかった。


 率いていたのはひとりの少女であり、彼女に続く団員にも少なくない数の女がいた。


 ――これだ!


 たまたま目にした自分が思い描いた理想に近い光景。天恵を得たとティツィアーナは思った。


 実際、この遠巻きながらの邂逅が、王女殿下が辿る運命を大きく変えたと言っていいかもしれない。







「ああ、それは北の大陸から海を越えてやってきた傭兵団ですね」


 昔、学問の教師として招いたこともあるマルセル・ド・バルバストルが酒場でそう教えてくれた。優秀で見た目も悪くないのだが、他人への態度にやや問題があって出世が遅れている人間だ。

 彼とは偶然前線から後退して来た街で再会した。国の一大事に、兵站の管理のできる人間および軍監ぐんかんとして派遣されてきたらしい。

 日頃の言動で身分が高くないため、見事に便利屋扱いされているようだ。自業自得である。


「傭兵団だと? 我が国の騎士団よりもずっと活躍していなかったか?」


「殿下、騎士たちにでも聞かれたら面倒なことになりますよ」


「知らん。客観的な事実を述べただけだ」


 それが問題なのだが。バルバストルはこれみよがしの溜め息を吐いた。

 王族への態度としては間違いなく不敬と言われるものだが、バルバストルもその程度でティツィアーナが怒らないと知った上で、「もうちょっと大人になれよ」と窘めるつもりでやっている。腐れ縁の師弟関係のようなものだった。


「もっとも、言われたところで彼らは彼らでどうせ『傭兵風情が美味しいところを持っていっただけだ』と認めないでしょうけれど」


「お前も周りを小馬鹿にしたその態度はどうにかした方が良さそうだな」


 王女の声は呆れていた。

 こういうところで案外相性がいいから、不思議な子弟関係が続いているのかもしれない。


「それで? 我が国の騎士団の話はどうでもよくて、わたしが聞きたいのは件の傭兵団の活躍だ。普通に傭兵とはあんなものなのか?」


 ティツィアーナとてそうは思っていないが、実戦に参加したのは初めてなので念のためにと確認してみる。


「とんでもない。普通の傭兵団だったら猶のことあり得ません。それこそ『所詮は傭兵』です。ところが、彼らは登場からして違う。この国にやって来ると同時に、付近を荒らし回っていた海賊船を拿捕してきました」


「は!? 海賊船を拿捕!? 我が国の討伐隊が散々返り討ちに遭っ――」


 ティツィアーナは驚愕のあまり声を大きくしかけ、慌てて口を塞いだ。近くに関係者がいないかと冷や汗が出てくる。


 幸いにして周りに変化は見られなかった。

 店のかなり奥まった席だったこと、それ以上に戦勝に浮かれた人間たちの嬌声で彼女の声は上手い具合に掻き消されていた。ほっと胸を撫で下ろす。


「……見苦しい姿を見せた」


「はは、それくらいの方が人間味があって可愛く感じられるものですよ」


「ぬかせ、不敬罪で連行するぞ。それより、話を続けてくれないか」


 声を適度に落とす。

 町人に変装して出て来たのも功を奏したのだろう。護衛も左右のボックス席を占領しており、余人に聞かれる心配は少なくなっている。無論、叫べば別だが。


「正直なところ、彼らが本当に傭兵かは怪しいですね。あれだけの強さです、何らかの背景があるのは間違いありません。ですが、今はそれを明らかにする時ではないでしょう。彼らのような存在に頼る必要があるほどに我が国は強くない」


 騎士に聞かれれば胸ぐらを掴まれて連行されたかもしれない。それでもバルバストルは文官として勝利の余韻からは数歩引いて事態を俯瞰している。


「それ、王都に意見具申なりの報告はしたのか?」


 エールの樽を傾けてティツィアーナが問いかけた。あまり美味くないが、市井の者が楽しむならこれくらいだと理解しているので文句もない。


「……するわけないでしょう。彼らがあれだけの戦果を上げたからようやく寝言扱いされずに上げられるに過ぎません。まぁ、どうせ私ごときが言ったくらいでは握り潰されるでしょうから動いてはいませんが」


 普通に聞いたら背任行為だ。

 しかし、実際問題として王国中枢は認めないだろう。長らくの平和と引き換えに伝統を固守する傾向が見られた。

 だから、未だにジリアーティ騎士団を儀仗部隊のままにはしているのだろう。もちろん、本格的な訓練が足りていないから放り込む=無駄死にとなり得るのもあるが。


「そうか……。よし! ならば、わたしたちの騎士団で見極めてこよう」


「……しょう――ごほん、本気ですか?」


 バルバストルが驚きの声を上げなかったのはなんとなく予想していたからだった。

 姫殿下はこういったものに興味を示したら最後、動かずにはいられない性格をしている。

 だから、とりあえず正気は疑っておいた。かつての教師の責任として。


「このまま『次の戦には出させろ!』なんて毎日要求を続けていても、兄上たちや将軍たちから疎まれて遠ざけられるだけだ。だったら、後方で待機するフリをして少しでも物分かりの良い姫様くらいに油断させた方がいい」


「私の前だからいいですし、密告もしませんけれど、本当にアウトな思考形態ですね」


 まったくもって大人しくしている気がなかった。

 しかも、自分たちの立ち位置を正しく理解しているからこそ余計にタチが悪い。


 それでも――バルバストルは見てみたかった。

 志半ばで燻っている少女たちの騎士団と、謎の傭兵団が出会えばどのような相乗効果が生まれるのだろうか。


 ちなみに、彼がその結果を知るのはもう少し先の話であり、その前に幾多の少女が地獄を見ることになるのだが。




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