第186話 女騎士殺し in ブートキャンプ


「傾注! できる限りの軽装になって集合!」


 凛とした声が砂浜から近い荒れ地に響き渡る。


 女騎士たちは困惑しながらも、率先して動いた団長ティツィアーナに倣って鎧を脱いで軽装となり、訓練教官が待つ場所へと集合していく。

 彼女たちの動きは自主的でありながら訓練を受けてきただけあって、かつてアルスメラルダ公爵領から集められた遊撃兵団第1期生よりもきびきびとした動きだった。

 少なくとも、団長以下多くの騎士は真面目に研鑽を積んできたのだろう。訓練をしながら彼女たちの様子を遠巻きに眺めている兵団員は昔を思い出したりしていた。


「ひとたび我が兵団の訓練を志願したからには、こちらの指示に全面的に従って貰う!」


 四列横隊になった騎士団の前で、訓練教官の制服を着てキャンペーンハットを被ったアリシアが声を張り上げた。

 彼女の横には補佐役としてレジーナとキャロライン、それと海兵隊出身の軍曹たちが立っている。尉官であるレジーナとキャロラインがこうした訓練に絡むことはなくなっていたのだが、訓練を依頼してきた相手が女性中心の騎士団でもあり、何かあってはいけないと念には念を入れて女性スタッフを多く配置しているのだ。

 もっとも、レジーナはさておきキャロラインは教官という柄ではないので、あくまで医官として参加しているに過ぎないが。


「我々は傭兵団ではあるが、兵士として戦うからにはひとつの軍隊として成り立つよう訓練をしている! そのため、返事は肯定を「イエス」、否定を「ノー」、訓練教官を含む先任との会話をして答える際は、男性の場合は「イエス・サー」、女性の場合は「イエス・マム」と呼ぶように! わかったか!!」


「「「イエス・マム!」」」


「ふざけるな! なんだ、死にかけの家畜のような声は! どうしたお嬢様がた! 早くも訓練にビビッているのか!? あぁっ!?」


 両眼を大きく開いたアリシアが怒鳴り声を発した。

 予想もしていなかったであろう反応に、女騎士たちは全員が大きく目を見開いている。現時点では、今までこのような言葉を浴びせられたことがないため、驚きの方が強く騎士に対する無礼な言葉への怒りとはなっていない。

 だからアリシアはこの隙に容赦なく畳みかけていく。


「いつまでもボケっとしていないで腹から声を出せ! 身体にちゃんと魂が入ってんのか、ドンガラどもが!!」


「「「イエス・マァム!!」」」


「もっとだ! もっと声を出せ!」


「「「イエス・マァムッ!!!!」」」


「もう一度言っておくぞ、クソ新兵ファンキン・ニュー・レディども。我ら兵団の訓練を受けたいとティツィアーナ殿下から直々に請われたゆえに、我々は戦時下でありながら貴国に協力すべくこの場を設けている! 貴様らの反応が遅ければ遅いほど訓練の完了も遅くなる! 祖国の危機に貴様らはそれでいいのか!!」


「「「ノー・マァム!!」」」


「すぐにババアみたいにしなびるな、もっと腹から声を出せ! 気合くらい入れてきちんと見せろ! “おままごと騎士団”って言われ続けて悔しいんじゃないのか!?」


 アリシアの罵声を受け、だんだんと騎士たちの目が据わってくる。

 想像した通りだった。これまで国内でも散々に陰口を叩かれてきたのだろう。

 だが、その悔しさがなければこの短期間で強くはなれない。


「我々は訓練のための厳しさで臨むが、戦闘訓練を除き暴力は振るわないし、限度を超えた罵声も吐かない! どうしてもと言う場合には申し出てくれれば、わたしが個人的に相手をしよう! わかったか!!」


「「「イエス・マァムッ!!!!」」」


 アリシアの訓練教官ドリルインストラクターとしての振る舞いは堂に入っていた。

 レジーナたちからすれば、まるで彼女の母オーフェリアを見ているようだ。このあたりも血のなせる技なのかもしれない。


「先に忠告しておく! 諸君らは我が兵団の正規団員ではないため強制はしないが、髪の長さは肩につくくらいまでが望ましく、過度の短髪は禁止とする!」


 騎士たちが顔を見合わせた。普通に丸刈りくらいはやってのけそうな剣幕だったからだ。


「不思議か、新兵ども!」


「イエス・マァム!! ご説明を賜りたく!!」


 ティツィアーナが声を上げた。

 団員たちの「素性も怪しい連中から訓練を受けさせられる」不満は理解している。だからこそ自分が率先して動かなければ、この訓練から百パーセント吸収できないと理解しているのだ。

 退役した古参の騎士から鍛えられてきた期間も長い彼女は多少の厳しさは覚悟していた。


「よろしい! 貴様らは「女の身でクソ生意気な」と男に生まれただけのボケナスどもにさげまれながらも騎士を目指した身だろう? ならば強くありながらも女性らしさを失ってはならない! しかし、それも今のところ強制はしない! もちろん、後から「切りたい!」という申し出にはいくらでも応じる!」


 騎士の何人かはさも気に入らなさそうな表情でアリシアを睨んでいる。ティツィアーナへの態度が不満なのだ。

 王族への振る舞いもそうだが、元貴族だろうが没落した相手から、こうも高圧的で偉そうな態度を取られるのも我慢ならないのだろう。


 ここがヴィクラントであれば、アルスメラルダ公爵家の名前で出自がだの貴族がどうだのとふざけたことは言わせないのだが、仮にも今回の相手はクライアントの国の者たちだ。

 自分たちがこの大陸に来た“本当の目的”を達するためにも、今すぐ誰かを血祭りに上げるのは何かと不味い。まだ反抗的な態度を露わにはしていないのもある。


「まずはお嬢様たちの体力を測るわよ! わたしや訓練教官たちに続いて駆け足用意!!」


「「「イエス・マァムッ!!!!」」」


 とりあえず2時間ほど走ってみた。

 教官以外は全員脱落、ティツィアーナは必至で食らい付こうとしてきたが、最後は吐瀉物を撒き散らして地面に沈んだ。

 かつての自分を思い出し、アリシアはなんとなく同情したくなった。


「さて! いい汗をかいたわね、レディども! 次は腕立てよ、腕立て!」


 誰も彼も疲れ果て虚ろな目をして地面にへたり込んでいる。

 先ほどまではゾンビのようにフラフラ歩いていたが、今ではまったく動こうとしない。動けないのだ。


「いつまでも四足歩行の獣の真似をしていない!!  四列横隊で集合集合!! ……早くしろっ!!」


「イ……、イエス・マァム!」


「あ゛ぁっ!? ちょっとお散歩したくらいで疲れたの!? 何も聞こえないわ!!」


「「「イエス・マァムッ!!!!」」」


 泣きそうな声だった。もちろん無視する。


「へその下に力を入れなさい!! 処女膜から声が出てないわよ!! 愛しの誰かとファックする前に地面とヘタクソな練習して満足するつもり!? 訓練を嘗めてるの!?」


「しょ、しょしょ……!?」


 疲労で真っ青な表情をしていた騎士の顔が真っ赤になる。すでに訓練教官になりきっているアリシアは「忙しないヤツだな」と思って初心ウブな反応を無視した。


「不満でもございまして!? まさかわたしを処刑するとでも言うつもりかしら!? 抗命で軍法会議にかけられたいの!? どうなのっ!?」


 より効果があるかもしれないと、アリシアは口調を貴族のものにする。

 もしかするとこれまでで一番悪役令嬢をしていた瞬間かもしれない。


「ノ、ノー・マァムッ!!」


「だったらさっさと声を出して腕を曲げなさい!! 剣だけ振ってればいいわけじゃないのよ!! 戦争が終わっちまうわよ!! いーち!」


 かつては自分自身がやられた罵声を“後輩”に浴びせシゴいていく。

 結局、教官以外に動けた人間はいなかった。


「誰が休んでいいと許可を出しまして!? もしかして数も数えられませんかしら!?」


「無理です……動きません……」


 騎士のひとりが泣いていた。アリシアを睨み付けていたうちのひとりだ。

 当然、泣こうがなんだろうがこれは訓練だ。甘えた言葉は許さない。


「情けないと思わないの!? もうヘロヘロで腕立てができませんって!? 戦場でもそう言うつもり!? 死ぬまで戦うのがあんたら騎士団の仕事でしょうが!!」


 一切躊躇はしない。どれだけ厳しくされようが、きちんと能力を身に着ければ生き残れる可能性も高まる。

 女でありながら戦いたいと声を上げた連中だ。見どころはある。そんな彼女たちをみすみす死なせたくない。そう思うがゆえに、アリシアは声が枯れんばかりに喉を震わせながら新兵たちを怒鳴り散らしていった。


 そして、この瞬間が、南大陸に海兵隊の魂が伝わり始めた瞬間でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る