第183話 最高のタイミングで横合いから殴りつける


「怯むな! ここは一度本隊に合流するぞ!」


 声とラッパが鳴らされる。

 遊撃兵団が追撃に動くよりも早く南海軍が根を上げたのだ。


「モタモタするな! 転進急げ!」


 転進と言えば聞こえはいいが、壊滅的な被害を受ける前に本隊でそれを薄めるつもりだった。何よりも指揮官が一番怯んでいた。


「おいおい、冗談だろ……?」

「あんな得体の知れない敵とまだ戦えってのか!? 仲間がどれだけ死んだと思ってやがる!」

「様子見でいいからひとまず撤退させてくれよ!」


 その場で処刑されたくないため真っ向から逆らいはしないが、兵たちの士気は著しく低下していた。

 迫撃砲弾を受けながらも、近付きさえすれば降り注ぐ“爆裂魔法”を封じられると彼らは信じた。なんとか突破しようと死ぬ気で吶喊を仕掛けたが、それは一斉射撃を受け一瞬で気ではなく現実の光景に変えられた。


「先ほどの伝令では本体と左翼は押しているとの話だ! ここで我々だけが無残にやられるわけにはいかん!」


 要するに責任を取りたくないんだな。兵士たちはそう考えた。

 しかし、一方でいつまでもこんな場所にいたくない。結局各部隊の隊長でもない彼らは考えるのをやめて指示に従うことにした。モタモタしていてはまたあの攻撃が降って来かねない。


 敵が潰走を始めた後も、遊撃兵団は少しでも討ち取るための射撃を続けていた。

 M1903の射程であれば、肉弾戦を挑もうと接近していた敵が踵を返して逃げていく行為など「殺してください」と言っているようなものだ。

 もっとも、量産が間に合わなかったことと、工廠に与えられた予算の関係で光学照準器を使ってはおらず、すぐに限界が訪れた。


射撃中止Cease fire射撃中止Cease fire! 弾の無駄だ!」


 命中率が悪い。各指揮官は自身の興奮を抑え、無駄な弾薬の消費を止めていた。


「おい、命令だぞ。やめとけやめとけ。あんなに遠くちゃもう当たらねぇよ」

「ちぇ。銃の性能はずっと良くなったのにな」

「ひひひ、扱う方の性能が付いてってないんだよ」

「ははっ、違いねぇ。この距離でも肉眼でれるなら偵察兵スカウトにスカウトされるだろうぜ」


 ひとまず区切りがついたと兵士たちは軽口を叩き合う。

 ライフルを引っ込めて新たな挿弾子クリップを弾倉に叩き込んで息を吐き出した。

 ここからが本当の戦いだ。すでに兵士として成熟しつつある彼らはその気配を感じ取っていた。


「さて。これから追撃戦と洒落込みたいけど、罠の気配はなさそうかしら?」


 慎重を期しているつもりだが、怖気付いたように思われないだろうか? そう考えながらアリシアは幕僚たちに意見を仰ぐ。


「問題ないかと。迫撃砲モーターを受けてまで我々を罠に誘い込めるのだとしたら、とんでもない指揮官がいることになります」


 准士官としてメイナードが意見を述べた。

 長年上級曹長サージェント・メジャーとして新任少尉の率いる部隊の補佐をやってきた経験があるから、こうしてアリシアの支援も難なくこなせるのだ。


「ふふ、まったくね。そんな相手となんてやり合いたくないわ。わたしたちはともかく、他がやられてしまいそうだもの。おうちへ帰りたくなっちゃうわ」


「ははは、まさしく。その時は尻尾を巻いて逃げ帰りましょう」


 あまり気負わなくていい。メイナードが彼らしい豪快な笑みを浮かべて声をかけた。

 呼応するように話を聞いていた兵たちの間から笑い声が上がる。諸先輩方の見様見真似で雰囲気作りを試みたが、なかなかどうして成果は悪くなさそうだ。


「ヘインズ准尉の言う通りです。もっとも出稼ぎ組としては戦果を上げねばなりません。油断はできませんが、勝つためにはリスクを取ることも必要でしょう」


 言葉を引き継ぐ形でアベルがさらなる発破をかける。

 誰かが強制するわけでもなく、皆で戦う意志を高めようとして結果する。


「もちろんよ。自分は戦場に行かないのにクソ偉そうに命令だけする地位に居座るバカにはなりたくないわ。――周囲に警戒しながら中央へ進むわよ。進行方向に対して左右と後方には特に警戒して」


「イエス・マァム!」


 敵に新たな動きが見られないのを確認し、兵団は塹壕から出て前進を開始する。


「いよいよお待ちかねの積極攻勢だ! 興奮してションベンを漏らすなよ!」


 兵卒を前に小隊長が檄を飛ばす。


「マジかよ、さっき済ませておけばよかった」

「案外漏らしたら敵が喜ぶかもしれねぇぞ」

「そんな変態嗜好の持ち主は御免だぜ。女のだったら俺も歓迎だけどな」

「最低。あんたはクソを漏らさないようにね。死ぬまでからかわれるわよ」


 男女関係なく兵士たちは死地に飛び込む前の軽口を叩き合う。


「ギャーギャー騒ぐな、発情した猿ども! ピクニックじゃねぇぞ! 進め!」


「「「イェッサー!」」」


 かくして兵団は敵のケツを蹴り飛ばすべく前進を開始した。

 部隊ごとの役目を完全に分けている遊撃兵団は鎧を必要としない装備の質も加わり兵士はかなり身軽になっている。機動力も壊走していった南海軍の比ではなく、すぐに距離を詰めていった。


「見ろよ! 連中馬鹿正直に本隊に合流しようとしているぞ!」


 味方に加わろうと動く敵集団を横切るように南海の騎馬隊がアトラスの本体にぶつかろうとしていた。まさかの脇がガラ空き状態である。

 機動力が高すぎてこちらの動きがまだ正確に伝わっていないのだ。


 密集隊形でいてくれる敵など、物量で押し潰されない限りはどこに撃っても当たる的でしかない。


「ヒュー! こりゃ七面鳥撃ちができちまうぜ」


 海兵隊出身の軍曹が双眼鏡を覗き込みながら叫んだ。


「なんです、軍曹。そのおぞましい名前のモンスターは?」


「あー、名前だけだよ。実際に頭が七個あるとかじゃないぞ。顔の色がコロコロ変わるってんでそう言われてるんだ」


 たしかに字面だけ聞いたら化物だよな。


「良かった。おぞましい魔物はいなかったんだ……」


「あ。でも、頭が三つある犬だか狼だかわからん魔物は大昔に魔王の軍勢にいたらしいですよ」

「マジかよ、この世界にはケルベロスがいやがるのか……」


 まさしくファンタジー世界の話だ。

 魔法は存在しているし見たこともあるが、空を飛ぶクジラのように大きな竜にはついぜ出会ってないから油断していた。この大陸には翼竜ワイバーンもいるようだし、もう少し気を引き締めなければならないかもしれない。


「ロケットランチャーが効いてくれたらいいけど、最低でも戦車砲か対戦車ミサイルで殺せるといいな……」


「うーん、感覚がおかしい。殺せない心配はしないんですね」


「そん時は問答無用で終わりだからな。心配するだけ無駄さ。そんなことよりもうすぐ接敵だぞ」


 すべてはこの戦いで勝って生き残ってからの話だ。

 すくなくとも今は気にしなくても良さそうな化物よりも、目の前で隙だらけの横腹を晒している敵をやっつけなければいけない。


「各自自由射撃! 味方には当てるな! 敵にはたっぷりサービスしてケツの穴を増やしてやれ! もちろん自分テメーのは増やすなよ!?」


「「「イェッサー!!」」」


 かくして――血みどろの第二ラウンドが始まった。










【ご連絡】

おかげさまで書籍版2巻が出せます。詳しくは近況ノートをどうぞ(笑)


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