第182話 ただ鉄量のみがすべてを解決する


「な、なんだこれは!」


 最初に声を上げたのは果たして誰だったのか。

 予想だにしなかった事態への混乱の叫び声と悲鳴は、流行病のように周囲へと瞬く間に伝播していく。


「敵はあんな遠くから攻撃ができるのか!?」

「話が違う! 蛮族ではなかったのか!」

「待て行くな! 空から何か降っ――」


 混乱の声も長くは続かなかった。

 観測射撃に続き、効力射として撃ち込まれた81mm迫撃砲弾の爆発音にすべてが飲み込まれた。

 肉体は炸薬の咆吼と共に高速で飛散した破片に引きちぎられ、兵士たちの肉体は周囲の土砂と混じり合うように撹拌され人間としての生を終わらせていった。


「誰が名付けた、ハンバーガー・フィールド。悪趣味の極みだぜ……」


 双眼鏡を覗き込みながら迫撃砲分隊長が小さく呻く。

 南大陸に魔法ではなく“科学”によって生み出された地獄絵図が初めて顕現した瞬間だった。


「ゲッコー、こちら司令部HQ。砲撃評価求む。敵への損害はどうだ?」


 双眼鏡越しにある程度の効果を確認しつつも、アベルは無線機に向けて問いかけた。

 UAVを飛ばしてはいるが、情報によれば敵は翼竜ワイバーンを実用化させている。辺境の戦いと侮っているこちらにそれを配備はしていなくとも、対空監視の手段を保有している恐れがあった。そのため、手探り感は否めないが、目立たぬよう高高度を飛行させていた。


『HQ、こちらゲッコー。警戒に回ってるUAVよりもまだまだ頼りになりますよ』


 狙撃チームを連れて前線へと出て行ったエイドリアンから返答があった。


「そうだな。スカウト・スナイパーの有難みを実感してるよ」


 実のところ、UAVには敵の増援が来ていないか監視させているため手が回らないのだ。

 “人手不足”とはいえ、やはり前線からの観測に勝るものはない。

 

『――続けます。敵は依然前進を継続。とはいえ程よく混乱してますね』


 着弾観測の報告はアベルの予想通りのものだった。

 しかし、軍事行動のためにはどれだけ感覚でわかっていても確固たるデータが必要なのだ。


『ついでに小うるさいのも確認。いつでも狩れます、“収穫”に移りましょうか?』


 誰よりも早くに射撃態勢の整った狙撃手は早速出番を要求してくる。

 数百メートル先の標的を狙い撃つなど予想すらしていない世界なのだから、無防備な指揮官を潰して潰走させる作戦が最もリスクが少ない。

 ただ勝てば良いだけなら迷わずそれを選ぶべきだ。


「ゲッコー、まだ撃ってはダメよ』


 ここでアベルに代わってアリシアが指示を出す。


『敵の数もそれなりに減らしておきたいし、こちらの歩兵部隊の出番も欲しいわ。――キース中尉、迫撃砲はもっと退路を断つように圧迫して」


『Rog.』


 総指揮官は安易な方法を選ばなかった。

 敵がいなくなるまで我武者羅に戦う祖国の防衛戦争ではないのだ。短期的に勝利しても長期的に勝てる道筋を見い出せなければ、介入してまで戦う意味がない。


『後方に迫撃砲を撃ち込んで前進せざるを得なくするとは……。なんともえげつないことを思いつくもんだな……』

『大尉、さりげなく失礼ですよ』


 エイドリアンの観測手を務めるラウラの声が聞こえてきた。なにげに彼女が一番失礼ではなかろうか。冷徹で余計なことは毒しか吐かなかったラウラの姿はどこへやらだ。

 だが、この軽口を叩けるだけの余裕が勝利をもたらす。


「アンゴールの時もそうだったけれど侵略者にかける情けなんてないの。“包囲網”を作ったなら敵の動きはこちらがコントロールできるわ。やるわよ」


 事実、敵軍は砲弾に押し出されるようにこちらへ突き進んでくる。

 指揮官が後退を許さないのもあるのだろうが、およそ人間らしい死に方ができないとあらば、まともな判断を下せる人間なら前に進むしかない。


『敵、迫撃砲最小射程を割り込みました。ここからは銃兵に』


 ひと通りの役目を終えた迫撃砲小隊から通信が入る。


「了解。キース中尉、皆の引率ご苦労さまでした。――よし、そろそろ仕上げよ! 総員、迎撃準備!」


 アリシアの号令を受け、塹壕内から迫撃砲に代わってスプリングフィールドM1903の銃口が一斉に敵を向く。一糸乱れぬ動きは「待ってました」と言わんばかりだった。


「あとは大隊長の指示でやって」


 最後は必要なところに任せる。

 マックスの抜けた穴を一刻も早くギルベルトに継承させなければならない。


「代行殿からの命令があったぞ! 貴様ら、迫撃砲小隊にいいとこ持って行かれままでいいのか!」


 良い意味で騎士道はどこへやら。ギルベルトは漲る投資を双眸に宿らせ叫んだ。


「「「サーノーサー!!」」」


「ならチンタラしてないで銃兵魂を見せてやれ! 俺たちが誰よりも勇敢に敵と真っ先にブチ当たるんだってな! しくじったら騎兵隊AH-1Zに持ってかれるぞ、わかったか!!」


「「「イエッサー!!」」」


「総員、白兵戦の用意もしておけ! オシメよりも銃剣ベイオネットを忘れるな!」


「「「ウーラー!!」」」


 事実、皆この時のために血反吐を吐くような訓練を重ねてきたのだ。銃の機種転換訓練もパスし、今や世界最新鋭の武器M1903を擁している。

 ランダルキア戦役の時とは何もかもが異なり、いくつかの実戦を潜り抜けた彼らに、今や躊躇といった感情は存在しない。


「食い破れぇっ! 活路はここにしかない!」


 追い詰められた敵は死にもの狂いだった。

 後方にいては空から降ってくる謎の攻撃に身体をバラバラにされる。

 蛮族相手の楽な戦いと考えた油断がないとは言わないが、兵として戦場に出てきた以上、百歩譲って死ぬのはわかる。

 だが、“大地の肥料”にされるのだけはごめんだった。遺族の下に帰るべき死体すら残らないのだ。そんなものは絶対にいやだ。


「敵も必死。これも織り込み済みですか?」


「ええ、もちろん。わたしはすべての犠牲を背負う覚悟だわ」


「ならば――最早言いますまい」


「撃てぇっ!!」


 幾重にも重なる銃声がすべてを飲み込んだ。


 尚、遊撃兵団が採用しているM1903では、最初から1938年式の弾薬である.30 M2普通弾を用いており、.30 M1普通弾ではあまりに長すぎた最大射程をあらかじめ抑え、その上で初速は申し分ないレベルに仕上げている。

 ゆえに、敵は大口径ライフル弾の威力をまともに喰らうこととなった。


 これで訓練を重ねた兵士は1分で15発の発射速度をやってのける。轟然と火を噴く銃が都合300近くあれば、永劫にも感じられる短い時間の中で4,500発の弾丸が飛んで来る。


「たばっ!?」

「インシン!」

「か、母さん……」

「怯むな! あとすこしなんだ!」

「いやだ! いやだ!」


 すぐ隣を走る仲間の頭が吹き飛び、腸を引き裂かれ、あるいは肉と一緒に砕けた足が二度と言うことを聞かなくなる中で、どれだけ兵士が正気を保てただろうか。


 答えは放たれた銃声の数だけが教えてくれた。


「敵、壊走します!」


「もう少ししたら追撃に移るわよ! 敵の動きは逐次報告! 蹂躙されるはずだったアトラスが、初戦で強大な敵を退けたという事実が必要なの! もうすこし付き合ってちょうだい!」


「「「イエス・マァム!!」」」


 強大な南海は蛮地の平定に本腰を入れて――辺境どころか未開の地に向ける程度の勢力しか送り込んでいなかった。今までもそうしてきたように容易く勝てるはずだった。


 ところが戦場の一部とはいえ、現実は正反対の状況を生み出している。

 誰も知らぬ間に致命的な誤差マリーンがひっそりと紛れ込んでいたのは言うまでもない。


 世の中には自分たちの常識では計り知れない存在があることを無視したツケが、今まさに襲いかかろうとしていた。

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